蹄跡の34
船橋競馬場の12レースともなると、20時50分発走。しっかり夜中のナイトレースである。照明が煌々と点灯されているが、それでも視界が悪い。
「末脚に懸けるレースって、勝算も薄いし積極性に欠けるし、おとろし…」
金沢はとにかく、直線が短い。ラストまで236mというのは、例えば東京競馬場の外回りだと526mなので半分もない。もちろん馬もカーブを走るより直線を走る方が速くなるので、仕掛けどころはバックとホームの
「左回りで308mなんて、なんて長いんやろ」
金沢比にして70m長い直線は、追い込み勢にも十分勝機がある。金沢でも追い込み馬が勝つ機会はあるのだから。
「前には…」
夜長紅葉がいる。さっきからチラチラと様子を見てくる彼女は、どちらかというと前に打って出たいようだ。
「なら、うちにこだわらんで前に行けあいいじー」
ブツブツ言っていると、また紅葉が覗き込んでいる。レースは残り700~600m地点まで来ている。
「じゃあ、行く?」
軽く脚を絞めると、馬もやる気になって首をより強く前へ振り始める。鞭を2,3度振るうと、前進を開始した。
≪前は8番、吉田寛太のシーズニングと9番、谷堂のクミノオーシャンが競り合っている!1番2番人気馬で決まるのでしょうか!?≫
直線前、最後のコーナーに入るところでも、1番人気と2番人気馬が先行勢を占めている。谷堂の馬が1番人気だが、2番人気である吉田の8番シーズニングがクビ差前。内を回る分、カーブでシーズニングが前に出ている。
≪さあ~そこに上がって来たのは後方勢!1番安納、ワルドナドが追い付いてきた!≫
中団を進んできたベテランの安納騎手が優勝を奪取すべく前を追う。しかし、それを許す程、前を行く2人の騎手は甘くない。
≪追い込みは届くのでしょうか!おっと、さらに後ろから!≫
直線を向いて50m、先に動いたカンナのタツノファンタストがワルドナドに並びかけた。そのすぐ後ろには紅葉のパンチパンチパンチが続く。
≪金沢から参戦の霜月騎手!4番タツノファンタストを追ってやって来た!2年目の夜長も続く!安納ワルドナド、厳しいか!?≫
「おい、来てるぞ!」
「まさかやな…」
吉田と安藤も驚いている。彼らは後ろの差し脚が活きないように、絶妙に前有利のラップを刻んできたはずだったのだ。
≪残り150m!直線半ばで追い込み勢が逃げる先行勢に追いついた!その差1馬身!≫
タツノファンタストは1完歩ごとに先行勢2頭に迫って行く。パンチパンチパンチも離れない。
≪逃げ粘る先行勢!追い込み勢は届くのでしょうか!≫
「これはアカン」
「うむ」
吉田・谷堂両名は勢いの優劣を認め、大人しく2着争いに切り替えた。後ろのパンチパンチパンチには気づいていない。
「もっと、外!」
紅葉はほとんど逸走しながら、外に進路を取る。斜めに走ることに利点はあまり無いが、敢えて言えば外の方が有利な馬場であることもある。今日は雨も降っておらず、良馬場。ダートでの良馬場というのは土がフカフカで脚抜きの悪い馬場であるということ。しかし、今日の大外は違う。
「今日の外は、重くらいはある!」
使用状況で馬場状態は変わる。紅葉は今日の3レースという乗鞍の中でそれを掴んでいた。
「紅葉ちゃん、大外…!?」
カンナは見ていた。前は抜ける、後ろが怖いとパンチパンチパンチの頭の向き、紅葉の挙動、一々見ないでいられる余裕が無かった。
船橋1600m戦、この距離はマイル戦とも言われるが、それも残り50m。先行勢が逃げ粘る中、馬場の中ほどを進んできたカンナのタツノファンタスト。大外からさらに好気配のパンチパンチパンチが迫る。しかし、このレースはマイル戦だった。
≪最後は離れた入線です!これは写真判定です!≫
着順掲示板には安納騎手のワルドナドの1番が先に出た。5着である。1着から4着は何も出ていない。勝敗は採決委員による写真判定に持ち込まれた。
「なんで4着…?」
「安納さんじゃないよな…?」
最後の最後までその姿が見えなかった吉田と谷堂には、パンチパンチパンチが迫って抜いていたことなど知りようがない。
「ナムナムナム…」
ただ1人、事態を理解していたカンナは仏に祈る。その向こうでは、紅葉が地団太を踏んでいた。
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