蹄跡の55
カンナは初めて弥富に移転した名古屋競馬場にやって来た。
「うわあ、施設が新しいや」
正確にはスクーリングで来場したことはあるが、レースに騎乗する目的を持って来たのはこれが始めてだ。金沢競馬場のコースに比して直線が長く、カーブもスパイラルカーブが採用され、コーナーでの減速が少なくなっている。
「広いコース…」
「園田や金沢とは大違いね」
「あ、水無さん」
葉月水無も東海クイーンカップに参戦するらしい。昨日、レース前に騎手が待機する調整ルームで鉢合わせて知ったのだ。
「今回、東海クイーンカップに挑戦する馬は地元東海の名古屋・笠松所属馬が5頭、船橋から1頭、園田から2頭、金沢から1頭よ。9頭立てね」
例年は12頭とフルゲートになることも少なくないが、今年は比較的少頭数となる。船橋から4連勝で重賞戴冠を狙う馬がいるからだ。
「郡騎手のテッサロニキオーブは浦和とはいえ地方競馬における1500mの3歳レコードを持っている馬よ」
「おっかないじー」
浦和競馬場は南関東の左回りの競馬場で右回りの名古屋競馬場とは勝手が違うだろうが、右回りの大井でも1秒差をつけて快勝している馬だ。左回り専門というわけではないだろう。
「地元の馬も園部騎手の実績馬マデリン、笠松の名手・山辺竜二騎手の重賞馬ポルトフランスと充実しているわ」
「なるほどー」
「…もしかして、何も知らずに望んでる?」
カンナの反応に水無はふと疑問を漏らす。ギクッ!としたカンナはそんなことはおくびにも出さずに答える。
「そ、そんなこと…あるわけないじゃないですかあ!?」
「…知らなかったのね」
知っているふりはできなかった。今時、馬の最新情報はネットにいくらでも転がっている。スマートフォンでササッとみられる手間をなぜ惜しむのか…水無がそんなことを滔々と語っている間にも、11時ごろから始まったレースは順調に進んでいた。
≪園部騎手、本日3勝目!≫
「おっしゃああああ!」
メインレースに向けて7レースで3勝を挙げた園部に、同じく2勝を挙げた山辺はそれ以外のレースも掲示板に入っており、好調と言って差し支えないだろう。その他のレースも東海クイーンカップに騎乗する騎手たちが勝ち星を分け合っていた。
「ああ、もう本番…」
「カンナ~今日は作戦は特に無いからなあ~」
「流れに乗って、目標を決めて追いかけるですよね!」
「そうやあ~」
東京2歳優駿牝馬をあわや1着まで行ったアキノドカも他の馬からすればマーク対象なのだが、彼女自体が場合によっては最後方を進むかもしれない馬なので、彼女へのマークは難しい塩梅だった。他にも有力馬はいる。
≪発走しました!好発はマデリン!しかしハナは主張しない模様です!≫
マデリンが良いスタートを切ったが、行き脚がつかないのか、位置を下げた。ポルトフランスも発馬は良かったが、同枠のマデリンの様子を見て前に行こうとはしない。8枠と大外枠に配されたテッサロニキオーブも無理せず中団に構えた。
≪有力馬が軒並み中団以降に位置してますね~≫
≪そうですねえ、互いに牽制し合っている形です。この状況を他馬がどう利してくるかですね≫
逃げたのは葉月水無騎乗、1番ドクトリアーナ。発馬は五分だったが、枠順の利を活かして単騎逃げの形に持ち込んだ。
≪1枠1番ドクトリアーナ、1馬身を付けて逃げています。2番手に8番トルネードナナコ、内から並んでカンタベリーピーク…≫
馬群の隊列ができた中で、アキノドカが位置するのは最後方だった。
「本当に一番後ろだ…」
戦前、後方追走もあると言われていたものの、いざ後方に位置してみると逃げ馬までが遠い。不安になることこの上ない。しかし、アキノドカがテッサロニキオーブに釣られてしまったので仕方ない。ちょっと走ったらメインスタンド前に出るため、そちらにも気を取られる。
「ヒヒン、ヒヒン♪」
「そうだよねえ、嬉しいよねえ…」
それがアキノドカなので仕方ないのだが、もうちょっとレースにも集中して欲しい。矯正馬具をてんこ盛りにしてこれなのだから、もうどうしようもない…と腹を括るしかなくなるカンナなのだった。
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