蹄跡の21

 南関・大井競馬場では引き続き、出張厩舎でアキノドカの調整が進められている。だが、それはさておき、今日は12月25日、クリスマス。


「カンパーイ!」


 カンナは手塩を連れて、小野厩舎のクリスマス慰労会にお呼ばれしていた。


「カンナちゃん、かわいいなあ!金沢にもちゃんと花が咲いてるんだなあ!」


「えー、先輩!この大井競馬場に咲く可憐なる花はどうなんです!?」


「バッカ、エミリは雑草だろ!」


「はあっ!?酷いですよ!」


 顔なじみの絵美里の他に、厩舎の若いのから温井のような年かさまで4人ばかり。中央には小野灯調教師。お世話になっているのでお酌はしないと。


「小野先生、お酒はいかがですか~?」


「あら、いただくわ。アナタは飲んでるの?」


「先生、私まだ未成年です!?」


「あらー?」


 忘れていたらしい。そう言えばそうだった、と額を叩く。


「未成年はダメねえ?年単位でアウト!」


「そうですよお!私、ここで免許停止は嫌です!」


 あらあらー、とにこやかな小野師に対し、割と真剣なカンナである。そこに声をかけるのは小野厩舎の年長格。


「カンナちゃん、温井の野郎は外来馬用厩舎だよな?」


 先代の小野師に仕えていた厩務員は皆藤。温井とはそれなりに顔見知りで、延出張厩舎の夜宿直も進んで買って出てくれている。


「あ、はい。やっぱり人気が無いのは不安だって…」


「じゃあ、ワシが食い物持って行くわ。酒は無しだがな!」


 ガハハ、と笑ってケーキ2切れとフライドチキンをいくつか皿に収めて、フラっと出て行った。


「素直じゃないのよ。あの2人、元々はどっちも北関東の高崎競馬場の出身でね?競馬場閉鎖の時に、延厩舎と小野厩舎の先代に分かれたってワケ」


「え、そうなんですか!?」


「ええ。私がまだ【ピー】学生とかの時ね。あの頃は、どんどん競馬場が閉鎖になって行ってたなあ」


 北関東は足利や高崎、近場だと新潟、岩手では上山など。2000年代になって閉鎖に追い込まれた地方公営競馬場は枚挙に暇が無い。一番多いのは財政上の問題や、今ならギャンブルという側面を持つために八百長問題などが発端となることもあり得る。金沢競馬も八百長などの噂が取り沙汰されて久しい。


「競馬には後が無いと思ったのよ。だから、オリンピックの選手になりたくて障害馬術やってたの」


「すごいですね」


「女の子でプロの騎手になった子に言われてもね?アナタの努力に比べたら」


 いつの間にか絵美里も近くにいた。小野師と絵美里の視線が交わる。絵美里も馬術家の夢破れてここにいるので、シンパシーがあるのかもしれない。


「私は…何なんでしょうね。競馬とか馬とか、金沢競馬場でしか知らなくて」


 カンナの実家は金沢競馬場から徒歩10分ほどの距離だ。幼稚園児のころから馬を見せてもらって、小学校では競馬場周辺は遊び場みたいになってて、中学生になるころには地方競馬…いや、金沢競馬を志していた。中学2年で両親祖父母に打ち明けた時もそれほど反対はされず、いつの間にか教養センターがっこうにいた。センターでは高校中退だったり卒業だったりの年上男子ばかり。正直、めちゃくちゃかわいがられてここまで来たのだ。


「運が良かったなあ、とは思います」


「そうねえ…金沢も売り上げがイマイチだし、イメージのために女の子は大切にしたいでしょうし」


「中央競馬じゃない方が良かったのかなあ!」


 絵美里は中央競馬の競馬学校・騎手課程を目指していたらしい。年齢制限もあったので焦って高校を中退、受験したが不合格。その年は女子の受け入れが難しかったらしいと後で知った。


「それを教えてくれた関係者が小野先生に口利きしてくれたの。先生は高校は出ときなさい、って通信制に行くのが雇う条件だって」


 懐かしいわね、とワイングラスを傾ける小野師。青春時代を競馬場の閉鎖ラッシュのニュースばかりで過ごした彼女にとって、競馬場で馬に関わるばかりを人生にしてもらいたくない。渡世の手段は多いに越したことは無いと。


「先生は、厩舎員の人生をとても考えておられるんですね!」


「あら、買い被りよ?」


 今度は缶チューハイの缶を傾ける師の目はあくまで醒めている。しかし、その傍らに身体を擦りつけに来た手塩の頭を撫でている姿は実年齢以上に若々しく、年頃の娘らしいかわいらしさすらあった。

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