蹄跡の20

 その日の昼、金沢と大井間でのビデオ会議アプリを用いた連絡ミーティング。カンナは自説を延師に伝えてみた。


「併せ馬が強い~?」


「はい、めっちゃ強いはずです。根性というか…性格上、そんじょそこらの馬に負けるはずがありません」


 カンナが見出したアキノドカの強み、それは競り合いでの強さだった。脚さえ残っていれば、どれだけ強い相手にも迫ってつばぜり合いまで持ち込める。脚を残すために後ろから行くのは仕方なく、後方から脚を伸ばして前の馬を捉えれば…どんな強い相手でも競り合いまでは持って行けると。


「確かに、今日も大井で200万稼いだ馬と競ってましたからなあ。最後まで流しただけやけど、ちゃんと本気で走ればわかりまへんで?」


「なるほどなあ~」


「もうちょっと体を動かして、明後日辺りに本気で走って…ノドカの真髄が見れるかもしれませんよ!」


「そこんとこどうなんや~?温井さん~?」


「予定通りやれそうですよ。しっかり体は動かせたんで。明日は角馬場で動いて、本気の追い切り1本やっちまいましょう」


「そうですか~!じゃあ、いっぺん、試してみよかあ~!」


「やったあ!」


 次の日は手塩を角馬場に連れ込んで、アキノドカに追いかけ回させてみた。さぞやとんでもないデッドヒートが展開されるかと思いきや、そうでもない。


「これじゃあ、逆に運動にならないな」


 手塩がポテポテと歩いて、その後をアキノドカが一完歩ずつ追いかける。たまに手塩が振り返るので、アキノドカが鼻先を近づけてイチャイチャ。手綱を握って下馬しているカンナは微笑ましくそれを見ているだけなのだが。


「こりゃあ、完全に加減を覚えたな。ノドカの奴ァ」


 温井も舌を巻いていた。たった3日で、轢き殺しかねなかった状態から驚くべき進歩だ。このまま、人馬にベタベタしに行く気性難も解消されるかもしれないとあっては、喜ぶべき進歩だった。


「手塩センセイ様様!ねー!」


 抱きかかえた手塩のお腹をなでなで。手塩ご本人はにゃーご、とご満悦でされるがままになっている。その日の夜は更なる効果を狙って、手塩もアキノドカの馬房に放牧されることになった。




「…というのが昨日の状況です」


「へえ…手塩ちゃんすごいねえ」


 手塩とハイタッチ。今日も調教パートナーは小野厩舎の絵美里とコウタイハヤテである。


「じゃあ、今日は2馬身後ろから発馬、なるべくその形を維持して、最後2ハロンは競る感じで行けやな」


「はーい!」


「競り合いをするための練習って、あまり無いよね?」


「そうだよね。けど、やったこと無いからやっとかないと」


 幸い、絵美里によるとコウヤイハヤテは先行タイプらしい。ちゃんとペースを刻むタイプなので、こういう練習相手にはうってつけではあると。


「じゃあ、位置に付くよ?」


「お願いしまーす」


 数メートル離れて、2頭が位置に付く。この時点でもアキノドカは割と落ち着いており、近いところにいるコウタイハヤテに引き寄せられない。


「落ち着いてるねえ、ノドカ」


 すごくソワソワしてはいるが、あくまでも手綱越しのカンナの意思に従っている。合図が出て、カンナが促すと、程々に駆け出していく。コウタイハヤテとはしっかり2馬身差を保って追走している。


「安定してるう!」


 今日はメンコやブリンカーなと、矯正馬具を着けていないが、とてもまじめに走っている。矯正馬具を着けないのもカンナの発案だった。気性が改善されているなら、むしろ邪魔だと言うのだ。


「良いよー、ノドカ!もうメンコは卒業だ!」


 残り600mの辺りから促し始め、待ってましたとばかりにペースを上げる。別に興味が無くなっただけかとも思ったが、追いかけられる時はやっぱり嬉しそうではある。


「むっ!」


「追い比べに付き合ってもらうよ!」


 アキノドカはコウタイハヤテの方に目線をとても集中させている。とても走りづらそうだ。


「プレッシャーすごいね?」


「でしょ?」


 やがて、プレッシャーからかコウタイハヤテが根負けすると、ゴールの目印を先に駆け抜けたのはアキノドカだった。


「すごいね、一昨日とは別の馬みたい!」


「でしょ、これが金沢の重賞馬なんだよ!」


 ね、ノドカ!とカンナは胸を張り、アキノドカはヒヒン!と頷く。温井も喜色満面で飛んできた。


「お前ら、すごいな!タイムも大井の2歳馬で4番目やぞ!」


「え、すごい!」


 カンナたちは馬場を借りている立場のため、調教時間は自由ではなく、いつも指定される。今日は調教場の時間の終わり際だったため、他の馬の情報も見られる。


「これは本番も期待してまうな!」


 温井からすれば自分の手柄になるため、嬉しくてたまらない。大井生活最初の週はかなり上手く行っていた。

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