蹄跡の13

 南関からの1番人気・クラウディアが前~中団の2頭を抜いた。それに追随してアキノドカも進出を開始している。前にいた2頭はクラウディアに抜かれたことで戦意を失ったらしい。ずるずると後退していく。

「行くよ、行くよ!ノドカ!」

 アキノドカ鞍上のカンナは愛馬を叱咤する。ムチはあまり使わない。ムチを振るうのに使う力があるなら、馬を推すことに使った方が断然良い。腕で脚で、腰で背筋で、とにかく全身使って馬を推すことだけに力を尽くす。ずっと研究して来た。

 クラウディアはコーナーを回りながら、デイジーデイジーを捉えた。併せる形になり、ペースがさらに上がる。

「回転数が上がればこっちのものだ!」

 カンナはその併せ馬に付き合わないつもりだった。彼女は、アキノドカが進むべき道を既に見出していた。

「外に膨らんでいる!?」

「カンナ、何してんだ~!?」

「カンナ!」

 カンナは直線の入口において、大外の、ラチ柵手前まで大きく外に出していた。周りに馬はいない。左手には重賞開催ということで金沢の割には多く集まった観客たち。

≪南関からの侵略者、クラウディア!セッツナッツヒッツを捉える!デイジーデイジーは苦しいか!?≫

「くっ、さすがに吉田騎手…!」

「お嬢ちゃん、まだ遠征は早いよ。調子に乗ったな!」

 地元の金沢所属ながら、南関にも遠征し有力馬を任される吉田。とりあえず手ごろな重賞を勝って箔をつけるだけのレースだ。何のことは無い、それだけのレース。


「すごい、すごいよノドカ!」

 アキノドカは直線最初の100m程を今までにない脚を使って駆けた。後方待機に懸けたアキノドカにはこんな力があったのか、とカンナは感動すらしている。そして、自分が選んだ道が間違っていないことも合わせて認識した。大外を進んだことで、脱落していく馬たちに気を取られない、加速が緩まない。残り100m、アキノドカは無人の野を、彼女の力だけで進む。

≪外、アキノドカがいます!≫

 実況も大外で伸びてくる鹿毛の馬体を認めたらしい。観客たちの騒ぎに得心行った解説は『こりゃあ、予想外れだ』と独りごちる。

「ノドカ、伸びてるのか~!?」

「伸びてるでしょ!ホラ、ホラ!」

「大外から、あれほど伸びるのか…!」

 見守る陣営関係者たちも興奮している。カンナの騎乗ミスにどうやって折り合いを付けようかと考えていたが、それも吹っ飛んだ。

「外?いえ、違う。もっと、外…!」

「外が何だ…って…?」

 内で競り合う2騎の鞍上もアキノドカが駆け上がって来る姿を認めた。最後の100m、時間にして10秒程度の間に、アキノドカはラップタイムで上り3ハロン最速を初めて計測し、ゴール板に駆け込んだ。


「勝った」

 カンナは安心から、それまで握り締めていたムチを取り落としそうになった。落としたら不正が疑われてコトなので、慌てて握り直す。

「すげえな、霜月ちゃん」

 クラウディアで2着に敗れ去った吉田が馬を寄せて来た。

「少頭数だから馬ごみは捌きやすいけどな。でも、最後方から一気できるのはなかなかいない。ここは地方で金沢だからな」

 吉田は手を差し出した。

「見直したぜ、おめでとう」

「あ、ありがとうございます…」

 地方のトップジョッキーにそう言われたことが現実とは思えず、カンナは夢心地で応えた。

「おめでとう」

 3着の園田・セッツナッツヒッツ、葉月水無も近寄って来た。

「妹さんの力、見せてもらったわ。追い込み馬だったのね?」

「え、はい、みたいです…」

 そう、と言うや否や、検量室の方へ引き上げて行った。カンナは観客席を見る。金沢にしては埋まった方の席で、観客たちの悲喜こもごもが垣間見える。

「ノドカ、やったよ。ノドカのことを万年2着ヒモだって思ってた人たちを見返した。応援してくれた人に恩返しできた」

 慣れない挙動で、とにかく何かしてみようと、カンナはムチを掲げて見せた。観客数の割には大きな拍手が返って来た。

「ノドカ、またこの風景は見れるんだ。私が努力する限り、ノドカが元気でいてくれれば、きっとまた」

 まだ2年目の騎手人生において早めの重賞初制覇。その時の情景を一生忘れないだろうと、カンナは思った。また来る。アキノドカに、自分にそう言い聞かせて、帰りを待つ人々がいる特別な場所ウィナーズサークルへ向けて行くことにした。

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