蹄跡の14

 カンナは退避所に戻ってきた。検量して、何もなければ晴れて重賞ジョッキーとしてウィナーズサークルで式典だ。

「カンナ、ノドカ!良くやったわねえっ!」

 鞍から降りたカンナに木芽が抱きついてきた。頭ひとつ高いので、胸に埋まる形になる。

「木芽、アカン!」

「騎手がタップしているから!」

 カンナは助けて、と木芽の二の腕をペシペシ叩いている。される本人は気づいていないが。

「カンナ、もうダメだと思ったの!なのに、後ろから!」

「川が流れてました…向こうに去年死んだじっちゃまが…」

「三途の川だぁ~」

 タップすること2分ほど、やっと解放されたカンナには亡き祖父もおめでとうと言いに来ていたらしい。

「いや、しかし。霜月騎手、よくやった。お手柄だ。ハルウララ産駒として、初重賞制覇だな!」

「あ、そうなんですか?」

「うむ、初だ。姉のナツサヤカは先日3歳B級を勝ったが、まだそこまでだ」

「すごいっし、ノドカ!」

 カンナは隣のアキノドカの鼻先に軽くタッチする。アキノドカもわからないながら、ヒヒン♪と喜んでいる。

「アキノドカ、本当に良かったなあ…」

 暮内オーナーはハルウララの保護に携わった1人として、彼女のサラブレッドに生まれた血を評価していた。113戦を大きな怪我も無く走った体の強さは間違いなく評価に値すると。後はスピード、絶対能力に何か一押し欲しいと、たまたまサンデーサイレンス産駒のダンスインザダークの権利を持っていたので付けた結果がアキノドカだった。

「私が信じたものは、間違いではなかった…」

 サンデーサイレンス産駒には少ない沈着冷静な父の血は、頑強な母の血と混じって温厚さに化けた。今日の決め手は人懐こさ。

「そうなんだな?霜月騎手」

「はい!ノドカがあんなに別の馬に惹かれない馬だったら…今日も勝ててないです!」

「そうかあ、良くやったなあ、カンナ~!」

 師も初めての弟子が出世して嬉しい。自分の思いもよらぬ活躍。

「良かったなあ~」

 延師の目はウルウルしていた。既に妻はボロボロ泣いている。


 金沢競馬場のウィナーズサークルの周りにはJBCも終わった当地にしては多くの観客が注視していた。係員たちは心なしか、異様にニコニコしている。

「まあ…ノドカが勝ったら、注目が集まるからなあ~」

「ウム…なるべく見世物にはなって欲しくないのだが…」

 大人2人が深刻な顔をしている中、カンナはアキノドカの手綱を力いっぱい曳いていた。彼女は周りに人がたくさんいて、興奮している。

「ノドカぁ!落ち着いてえええええ!」

「カンナ、そっちは放しちゃダメよ!?こっちも頑張るから!」

 厩務員なので、木芽も頑張って曳いている。だが、所詮は女2人の力なので限界が見えて来た。

「奥さん、カンナ!大丈夫かいな!」

「タツさん!」

 延厩舎一番の、馬を宥めるのが上手い若い衆がやって来た。

「カンナ、ノドカの矯正馬具は解いたんか!?」

「してますよ!しててこれなの!」

「しゃあーない、覆面被せるぞ!」

 タツ、立浪竜也という名の彼もアキノドカの性質は知っている。視界さえ奪ってしまえば落ち着くという意見だった。

「でもタツ!いつまでも覆面させとけないわよ!?」

「言うて奥さん!とにかく今でしょ!?今、大人しくならなきゃずーっとこうです!」

 そうして歓声に応え、愛想を振りまくアキノドカに、驚かないように敢えて覆面を見せつけながらタツが近づく。

「被せるで!?被せるからな、ノドカ!」

 言い聞かせるように何度も宣言し、そおーっと覆面を頭に乗せて、アキノドカの視界を奪った。

「ヒヒン…」

 スン、と一気にテンションが下がって行くのを隣にいたタツは感じた。全力で引っ張っていたカンナと木芽は勢い余ってつんのめる。2人してこけた。

「もう、ノドカ!」

「いい加減にせんか…」

 したたか打ったお尻を押さえ、カンナは立ち上がる。木芽もそんな感じらしい。腰を撫でている。そこに声がかかる。

「えー、では、写真撮影ですが…」

「大丈夫です、シャッターの直前に取ります」

 アキノドカに掛けられた覆面にカメラマンが戸惑っている。しかし、彼もプロだった。

「じゃあ、3,2,1の2で取ってくださいね!」

 そう言ってシャッターが切られた。結局、アキノドカは視界が戻った瞬間、すごい勢いで横を向いてファンに愛想を振りまき始めた。3回撮り直してそんな感じだったので、ついに諦められた。

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