蹄跡の51

 アキノドカの調教は順調に消化されていた。その一方、カンナの成績はパッとしなかった。


「おい、カンナ~!まだ1勝ってどういうことやあ~!」


「だってぇー!」


 カンナは最初の金沢開催の3日間で、15鞍と次の2日の開催で5鞍に乗ったが1勝しかしていなかった。しかし、その1勝は価値あるものだった。


「まあ~ドンケツ人気を勝たせたのは偉い~が、それなら2番人気でも勝てぇ~!」


 唯一の勝ち鞍は延厩舎の馬で、カンナも調教に乗っていたドントクライ号によるものだった。C1クラスを見事に差し切り勝ちしている。


「センスはあるんや~センスは~!」


 師はカンナの騎乗センスを認めている。特に、最後まで諦めずに進路を見定めるところに、光るものを感じていた。


「諦めないのは大事やで~!馬にとっちゃ、食うか食われるかや~!最後まで諦めんな~!」


 かと言って、2,3週間程度で訪れる次のレースも走れるように、体力調整もしなければいけない。勝てればいいが、全力を出させて勝てない彼女の騎乗の騎乗は中途半端さも孕む。金沢でも、「霜月の乗った馬は疲れて帰って来る」と、敬遠され始めていた。


「適度に手を抜くか~、勝つまで扱き上げるか~、どっちかにせんかい~!」


「うぐっ」


 南関で、紅葉にも言われたことだ。勝たせてやれ、勝たせてやれないならせめて能力を発揮させてやれ…彼女もそのやり方を貫いて、最近は芽を出しつつある。


「次は、B級の馬を任せるからなあ~!勝てばA級や~!勝たせろよお~!」


「は、はい!」


 なんだかんだで弟子の成長を信じる延師は、カンナに期待馬を預ける。彼にだって、使いたいベテラン騎手はいるが、弟子の成長が大事だ。


「カンナ、焦るな~、焦るなよお~」


 カンナはまだ19歳。騎手としてひよっこも良いところだ。焦ることは無いのだ。そのことを、師は念じて続けている。




 4月の金沢競馬場の最初の開催。日曜美の開催は、陽気の良さでそれなりの観客が集まった。


「カンナちゃーん!」


 パドックでは、カンナ程度の騎手でも歓声を浴びる。競馬場に来て1年ちょっと、彼女はご当地唯一の女性騎手として金沢競馬のアイドルの地位を確立していた。アキノドカの主戦として、大井の重賞に挑戦した記憶も新しい。


「ははは…」


 実力が伴わないのがなんとも言えないが、それは仕方ない。彼女はこれからなのだ。


「相変わらず人気やなあ」


 3年先輩の清住騎手がカンナをからかう。彼の馬は今日の1番人気。冬期休養を挟みつつ、C1 級から3連勝してここに臨んでいる。


「先輩、からかわないでください!」


 カンナは断固、これは過剰人気だと言い張っている。彼女の馬は、通常、2つぐらいは人気が上がる傾向にある。今日も2番人気に推されていた。


「ええやんか、それだけファンの期待を背負える騎手になれや」


「言われなくてもなりますよ!」


 頬を膨らませて、カンナは口答えする。その様子が面白いのか、先輩騎手たちはカンナにちょっかいをかける訳だが…


「ま、頑張れや」




 実際のレースでは、清住騎手は自分の先程の発言を後悔していた。


「突っつきすぎやったな…」


 カンナは清住のステイブリッジを徹底マークしていた。逃げる彼の馬に、半馬身差でピッタリとくっ付いてくる。


「霜月!どこまで付いて来るんや!?」


「先輩が諦めるまでですよ!」


 鞍上同士で会話ができる程度に近くにいる。逃げ馬にとってこれ程、辛い展開は無かった。レースは1500mある。3連勝してきたコースより100m長い。無理は禁物だ…


「そこっ!」


 そんなことが頭を過った清住の外を、カンナが突いて行った。ペースが上がり始める。


「なっ!?」


 まだ第3コーナー前だ。1500mという距離を考えても、まだ仕掛けどころではないと清住は油断していた。


≪バッシレウス!外から伸びる!内のステイブリッジはちょっと苦しいか!?≫


 コーナーで膨らみながらも加速したカンナのバッシレウスに、清住は対応できなかった。競走結果は、人気とは逆の結果となっていた。


「霜月…やりやがったな…」


「いえいえ、馬が良かったんですよ」


 検量室での応酬。まだ負けたわけではない。金沢のシーズンは、まだ始まったばかりだ。


「次は負けねえぞ」


「望むところですよ!」


 勝って、敗けて、また勝って。そうやって、競馬のシーズンは回っていくのだ。

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