蹄跡の28
郡の宣言通り、48.4秒のラップタイムで800mを通過した。早めのペースである。
「ノドカは元気そうだけど…」
態度は元気だが、脚には来ている可能性がある。前にクミノシンフォニーを置いた今もまだまだヒヒン、ヒヒンとうるさいが。
「ノドカ、うるさい」
「ヒヒン!」
だって!と言わんばかりにアキノドカは嘶きを上げる。嬉しいのはわかるが、人間が喋り通しで走れるわけが無いのと同様、ヒンヒン啼きながら走られるわけが無い。何とか黙らせたい。
「仕方ないなあ…」
カンナは急に手綱をぎゅっと締めた。
「ヒヒン♪グヒッ!?」
左右に首を振りながら調子よく嘶いていたアキノドカ。急に頭を抑えられ、変な声を出して並んだ2頭から2馬身ほど下がる。
「ブヒン!」
「だって、ノドカったら全然、人の話聞かないじゃん!」
さすがにこの時ばかりは愛馬が何を言っているのか察したカンナ。かわいそうだと思うが、厳しく接する。
「厳しいねえ、あいつ」
「そうね、でもイイ感じに息を入れられるかも」
自分たちは手綱をほとんどブラブラに緩めて走らせている。馬の良いように走らせてはいるが、弥生は少し不安でもあった。これでは1200mも走り切れるかどうか?
「さあ、息も入った!行くぜえ!」
「ええっ!?」
郡はクミノシンフォニーにムチを入れた。首をグッと伸ばして残り600mをスパートする体勢だ。
「そんな、いつの間に!」
「ちょーっとだけな、ちょーっとだけペースを緩めてたのよ!さあ、行くぜえ!?」
「くっ!」
遅れて弥生もムチを入れるが、その外をフッと1頭が駆けて行った。
「アキノドカ!」
「クミノシンフォニーが前に行ったから、どうしても…!」
走りのテンポを崩されながらも一応は息が入ったアキノドカ。お目当てのクミノシンフォニーが前に出て行くので、それはもう脇目も振らず追いかけていく。これにはもう、カンナも苦笑い。
「正解なのよ…!」
弥生は余裕の態度は崩さないが冷や汗はかく。鞍上の反応通り偶然なのだろうか、馬が理解しているのか。ここは勝負どころだ。一早く出て行ったクミノシンフォニーを一瞬とは言え徹底マークした形のアキノドカと、反応が遅れたダルメシアンでは息も入れられた分、前者の方が分がある。
「あ、じゃあ行ってきますね!」
「待ちなさい!」
こうなってはうかうかしていられない。後ろも前を追いかけてきている。直に追いつかれる。
「来たな来たな来たな!」
郡もこの大挙して押し寄せた馬群に大歓喜。受けて立つと手綱を扱く。レースは残り400m、最後の直線を前に白熱の度合いを増している。
「流れが速い…でも!」
葉月水無とドクトルハリマは最後方から。前の馬群に詰め寄せている他の馬が大挙して上がって行っても、程々、話されない程度について行くのみ。
「ドクトルにはドクトルの形があるの」
園田800mの新馬戦を終始、最後方で差し切ったことに端を発し、JRA認定戦・アッパートライ、重賞・兵庫若駒賞まで後方一気で勝ってきた。前走JpnⅠ全日本2歳優駿。ここも追い込んで4着は立派だった。
「次は頂点を獲れるのよ。きっと、あなたは」
素質・実績共にナツサヤカの今頃よりも圧倒的に上だ。
「比べるのは違うんだけど…」
ナツサヤカの能力開花は4歳以降、ドクトルハリマは今から開花している。それだけの話だ。
「さあ、そろそろね」
残り600mのハロン棒。前回の川崎では450m付近から。遅すぎたと先輩騎手は悔やんでいた。
「あなたはここから。行きなさい!」
喝とばかりに一ムチ。それで十分だった。
≪姫路の心はいつも最後方から!上がって来た!ドクトルハリマ!現在7番手!≫
「うぎぎ…!」
「オラオラオラァ!おネーチャン方、気合が足んねーぞおおおおお!」
あなたがあり過ぎるんです!とも言う余裕が無いカンナと弥生。女性だから追う体力が無い、などある訳もない。しかし、まだ経験の少ないカンナ、第2子を産んで復帰初年度の弥生。効率的に体力を使う知識に乏しい。常に超全力だ。
「大変そうだね、女の子2人で」
吉田も上がって来た。6番人気ラテンジョオー。名前の通り、父はイタリア産馬という。
「吉田さん!この人うるさいんですけど!」
同郷の先輩の登場に、カンナは今まで我慢していた事実をぶちまける。
「そうよ!貴方から何か言ってあげて!?」
弥生も久々の郡節にちょっと耐えかねていたらしい。辛抱堪らず言ってしまう。
「あー、郡さ。ちょっとは女の子相手に加減できん?」
「できるかい!俺ぁ死ぬまでこうなんでぇ!」
「だそうだ…」
呆れながらも、しれっと併せ馬に加わった。残り300m。
≪前4頭!抜きつ抜かれずのせめぎ合い!後ろは手遅れか!≫
400m地点から1頭が外に構えていたことを、実況もまだ知らなかった。
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