蹄跡の5
B2級の馬にクビ差まで迫った。相手が力を抑えて流していたわけでもない。1000mでも古馬B級の基準以上でタイムが出ている。
「ノドカすごい!」
カンナがアキノドカを褒め、木芽がニンジンを持ってくる。延師がちょっと不安がりながらつぶやく。
「これで全部、何もかも出し切ったとか無いよな~?」
競走馬は時に自身の能力以上の力を発揮して走る場合もある。大駆けとも言い、そうした馬はその後、振るわないことの方が多い。
「その辺は、今後…見守るしかないわね」
木芽も心配そうに見ている。新馬以下相当の能力検査は余裕でクリアできる走りを見せてくれて光明は見えたが、そもそも競走能力が枯れてしまっては元も子もない。
「ノドカ、今日が肝心なんだよ!」
翌日の調教、相手は3歳でC級と昨日から実力が落ちた相手だ。ここで、延師は一計を案じた。
「昨日は追走になったら頑張れたんだよなあ~」
今日も胸を借りる立場ではあるが、3歳馬に前からスタートしてほしいとお願いした。
「2歳新馬相手に…舐めとるのかと言いたいが」
相手は本多師。昨日の調教、アキノドカの目覚ましい走りを見た相手なので、渋々と言う態で承諾してくれた。
「よーい、ドン!」
3馬身手前からスタートした3歳馬。C級と言えども力差のある相手のはずだが…?
「おおお!」
今日もアキノドカは集中して走り、前を追いかける。700mを走って3馬身差が完全に詰まった。
「抜いたぁ~!」
「むう!」
「すごいわ、ノドカ!」
残り200mで首の長さほど前に出たが、そこでアキノドカはソラを使った。つまり、よそ見をし、まじめに走らなくなったのだ。
「ノドカー!」
カンナがやっちゃった!という声を上げるのと時を同じくして調教相手が再度、盛り返した。1/2馬身差を付けた辺りがゴールだった。
「ソラ使うか~!」
延師はアキノドカのことで何度目になるかわからないが頭を抱えた。前に馬を置けば集中して追走でき、能力以上に走れるが、一度抜いて前に目標がいなくなると露骨に力を抜く。ありがちでありながら、矯正が一番難しいパターンだ。
「後ろが見えないから引っ張られはしないし…けど、前に何かいないと気は抜けちゃうわね」
木芽も苦笑いしている。やっと力を出せたと思ったら次の大きな課題が見えて来た。なかなか味のある馬だ。
「まあ、先生。新馬が年上の馬に一時は上回ってるんです。アキノドカですっけ?強いですよ」
「先生、あんやと存じみ…でも、これじゃあ勝てねえ~!」
延師はまだ頭を抱えている。勝たせたいんだよお~!と唸り続ける彼の姿に、アキノドカの愛され具合を推し量れた。
9月4日、能力検査の日を迎えた。ここはもう、運次第だ。巡り合わせによっては1頭きりの試験もあり得、そうなるとアキノドカはほぼ間違いなく凡走する。ペースを引っ張ってくれるように、相手がある程度の実力馬であることも条件として欠かせない。今回は相手がおり、恵まれた。しかも、である。
「サンアンドレアスぅ~!?」
前田師は2歳馬の試験距離が1400mになるこの時期を待っていたのだ。2歳重賞のタイトルには興味が無い。まずは石川ダービー。そこから逆算して、今からのデビューでも間に合う素質だ。
「相手…面白い馬やな」
師はアキノドカの非凡さを聞き及び、知っていた。この時期の2歳新馬で古馬B級の馬にクビ差迫ったのは素晴らしい。その内、重賞級にも顔を出してくるかも知れないと見ていた。そして、血統も目を引く。
「ハルウララ…」
この日、初めてアキノドカの母が衆目に明かされた。父ダンスインザダークはともかく、母ハルウララは関係者間で大いに話題となる。地方馬にとって何より大切な113走を走り抜いた頑丈さは折り紙付きだ。近年最後と言えるアイドルホースでもある。
「ちょっと勝ちよると、ウチの馬も食われかねんな」
サンアンドレアスの石川ダービーは全国紙に載らないだろうが、アキノドカの1勝は全国紙の片隅には載るかもしれない。いや、相乗効果であるいはサンアンドレアスにもスポットが当たるか?
「延先生。面白いもん隠しとりましたね」
「いやあ、生産者がね、あまり
「マスコミは競馬に関係ないところで騒ぐさかいね…」
前田師も頷く。強ければ騒がれるが、競馬の成績以上に、マスコミ受けするか否かに重点が置かれている。頑張った馬が報われるよう報じられるわけではない。
「あの馬も、騎手も。苦労するやろ…」
「はい。何とか守らんなん…」
苦しそうに延師が弟子と馬を見守っているのを見て、これならばちょっと騒がれたくらいで人馬がつぶれることも無いと安心する前田師。もうすぐ試験が発走するので、自分も馬の様子に注目し始めた。
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