第27候 土をほぐして、出たものは

5月10日 くもり


とても疲れたのでおやすみの日にした。


良かったこと:たっぷり寝た

頑張ったこと:たっぷり寝た

やりたいこと:まだまだ寝たい



・・・



ベッドのなかで小さく呻きながら伸びをする。ひょこと鼻から上だけ出して片手間にスマホで時間を確認してまた呻く。疲れすぎて身体もうまく動かず、布団から抜け出せない。


これは五月病ごがつびょうなんてものでもなく、実際はただの筋肉痛だ。久しぶりに原付に長時間乗ったから覚悟はしていたけれど、これほどとは。それに筋肉痛がはじまったのが旅の翌日だったから、ちょっと血の気が引く思いだった。


4日たっても鈍痛はひかず、そのうえ喫茶店の全体清掃も入っていたことで、完全に身体は白旗をあげたらしい。


もともと疲れは少しずつ蓄積ちくせきしていたけれど、それが津波のように押し寄せているような感覚。思考の隅にある「歳」という言葉を追い払いながら、目を細めて窓の外で少し傾いた太陽を眺めた。



今日は「お休み」の日だ。もともとバイト以外に大して用事はない。生活リズムもバラバラだし、いつなにをしなければいけない、ということもほとんどない。惰性で一日中寝ていることだって別に珍しいことでもない。


ただ、これまでは悔しい気持ちで「仕方なく休む」ということが多かった。今日がいつもと違うのは「休みたいから休もう」と自分で選んだということ。身体の疲れを感じても「まだやれる」と信じて活動し結局、体調を崩す。それはこれまで何回も繰り返してきたことだ。



そのうえで朝起きたときに思ったんだ。今日は頑張らなくていい日。頑張っちゃいけない日。そうやって自分の体調に少しずつ気付けるようになってきていることを、きっと先生や桃葉なら「えらい」って言ってくれるだろう。


「桃葉、今の僕、えらいかな」


ぼんやりとした頭から零れ落ちたようなひとことだった。枕元にはキャスター付きの机。そしてさっき走り書きした日記。日記と呼べるのかも怪しいほどのレベルだ。桃葉はこれじゃダメっていうかな。きっと、大丈夫っていってくれるよね。


「桃葉ァ…」


ああ、わかってはいた。あまりこういうことを考えてしまうと、せっかく具体的な想像ができるようになってきた存在を「思考のかたまり」として処理しようとしてしまいそうで少し怖い。僕は自分自身が理屈っぽい自覚はある。それに先生と話したばかりだから余計に気まずい。どこかでちゃんと線引きをしないといけないのはわかってるんだ……



暖かい布団のなかでは、難しいことを考えてもまとまらない。



ポトスの土の香り、元気に育っているバジルの香り、だいぶ弱々しくなってきた牡丹ぼたんが王花としての矜恃きょうじを最後まで保つように振りまいている香り。洗濯したばかりの服に染み付いた柔軟剤の香り。


窓から入ってきた初夏の優しい風が、そういうものを巻き込みながら部屋のなかで軽やかに踊っている。暖かくて、心地良い…。そうして強い眠気にのまれていく直前、桃葉の姿が浮かび上がるようにみえた。


「ちゃんと自分でわかってるくせに」


桃葉が笑う。可愛らしい唇が動く。

聴こえてきたいつもの優しい言葉。


それはなんだか不思議なことに、

僕とおなじ声だったような気がする。

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