第25候 たてば芍薬、笑えば牡丹

4月30日 くもりのち晴れ


早めに起きたからスーパーに行けた。朝市で魚がやけに安くて沢山買い込んでしまった。財布の整理をしていたら使っていない3000円分の図書カードをみつけた。ラッキー。本屋に行けるようになったら、これで好きなものを買おう。


良かったこと:綺麗な花を買った

悪かったこと:迷惑メールが大量にくるようになった



・・・



いつものスーパーの帰り道、また花屋に寄った。そろそろポトスにあげている栄養剤がなくなってきた頃だった。店先の季節の花コーナーは、菜の花がたっぷり刺されていたあの頃とは景色がガラリと変わって、大ぶりなピンク色の花がたくさん活けられている。1本1本がブーケになりそうなくらいのボリュームだ。


牡丹ぼたんの時期だからねえ」


花を眺めていると、店主のおばあさんが近くに寄ってきてにこにこと話しかけてきた。これが牡丹というのか。いかんせん植物の知識にはうといのでおばあさんがぺらぺらと喋る牡丹の豆知識を、よくわからないままぼんやりと聞いていた。


「たてば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合ゆりのよう…そんな言葉もあるけど、今の若い人はそんなことはあまり聞き馴染みがないかもしらんね」

「まあ…そうですね」


可愛いとか綺麗とかはあっても、なかなか花に例えるなどキザっぽくてできない。花言葉自体は素敵だと思うんだけどなかなか覚えようとまではしたことがない。


「でもフリルみたいでデカくて綺麗ですね」

「そう、豪華でしょう。もともとは中国の花なんだけんど、昔から百花王ひゃっかおうってね、花の王様って呼ばれてるんよ。花言葉は女王の気品なんていってね」

「そりゃすごい」


おばあさんは、中でもひときわ大きく鮮やかな一本を、そっと水切りしながら持ち上げた。


「持って帰るでしょ?」

「えっ…あ、じゃあ」


最初から買わせる気だったな、と思いながらも、数百円ならいいかと思い直しそのままレジへ着いていった。


「ポトスの栄養剤が欲しくて、あとは…バジルの種ってありますか?」

「バジル?種はないけどポットで育てられる苗ならあんよ」

「それってどのくらい収穫できますか」


「まあしっかり水やってれば半年くらいはいけるんでないかな。夏やけん、日当たりいいところでちゃんと水やれば何回でも。種でもいいけどそしたら大きめのプランターが必要やけんね、あとは土がそこにあるものと敷いておく小石がね」

「あ、その、苗のほう、ください」


またセールストークがはじまりそうだったので、制するようにカウンター奥のポットを指差した。


「はいはい。バジルはいいわよ。あなた自分で料理はする?」

「まあ…人並みには」

「パスタを茹でてね、トマトソースなんかを作って、そのうえに一枚ちぎってかけて食べるとそりゃあ美味しいわよ」

「なるほど、やってみます」

「ポットはこのままだと土がこぼれるから、鉢かコップかなにかで受け皿にしたってね、もしなければねえ、そこにいろんなサイズの鉢が」

「えっとあの、多分家にあります、ありがとうございます」



花とバジルを丁寧に包んでもらって店を出て家路についた。うーん。なかなか商魂しょうこんたくましいおばあさんだったな。栄養剤と種だけを買って帰るつもりが、なんだかんだ大荷物になってしまった。


まあいいか。家の中に季節の植物があるというのもなんだか風流でいい。それに立派に咲き誇る牡丹の花は、元気いっぱいに笑う桃葉みたいだ。牡丹の花に、桃葉と名前をつけてみようか。


一瞬そんなことを考えたけれど、切り花の性質上、1週間もすれば萎びて枯れてしまうことを思い出して、やめた。



ポトスに栄養剤をさし、バジルは戸棚にしまったきりだったお気に入りのマグカップにポットごと突っ込んで水をやった。苗とはいえ風が吹くと立派なバジルの匂いがする。日に当ててやると、ごきげんそうにちらちらと葉っぱを揺らしている。


なんだか可愛いじゃないか。どっちかというとこっちのほうが桃葉っぽいぞ。このバジルに、桃葉という名前をつけてみようか。


いや、そういえば食べるんだったなと思い出して、やめておくことにした。

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