第37候 半生、夏を迎える
7月2日 晴れのちくもり
読書 買い物 料理 映画 寝る
良かったこと:美味しいタコを食べた
感心したこと:たくさん喋れる人はすごい
・・・
スーパーにいくと鮮魚コーナーから美味しそうな香りがしていた。試食販売をしている店員が、通りかかるお客に向けて、はつらつとした声で呼びかけている。
カラカラとカートを押しながら僕も「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」という言葉に、まんまと釣られて近寄ってしまった。
すぐさま店員さんが差し出してきた爪楊枝の先にはプリプリとしたタコのぶつ切りが刺さっている。そのまま受け取って口に放りこむ。じゅわりと塩気と醤油が口のなかで溢れだす。ゴリゴリと強い弾力が歯を押し返してくる。
試食コーナーの後ろにはデカデカとしたポップが掲げられ、そこには半夏生と夏バテ防止の言葉が並んでいる。
「今年も半夏生の時期がやってきましたァ!産地直送本日限りのお値段です。安いですよ〜!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、夏バテ防止にタコはいかがですか?夏の風物詩として名高いタコ。タコですよ。疲労回復、肝機能強化、高血圧の改善まで、いいことづくめのタコはいかがですか?滋養強壮にもピッタリのタウリン豊富なタコを販売しております、さあどうぞどうぞ!お近くでお手にとってご覧くださいねェ〜!ああ、お母さん!タコが安いですよ〜!」
きっと今日この場所にたってから何度も何度も繰り返しているような言葉を、矢継ぎ早に繰り出しながら、人を引き寄せ、タコを配って、また同じようなニュアンスのことを繰り返して、宣伝しつづける。
録音した声のようにまったく同じことの繰り返しではなく、周りの状況や近くにきたお客に合わせて言葉を差し込み変えていく。それなりに頭の回転が早くなければ務まらない。まったく大変そうな仕事だなと思いながら、はじに寄って冷蔵棚を覗きこんだ。
確かにいつもよりも安い。
それに美味しかったな。
近くで見ようと、なんの気なしに手を伸ばして、パックを持ち上げた途端に「ありがとうございます!」と声をかけられ、戻すに戻せなくなってしまった。気まずい思いで少しだけ会釈を返す。
諦めてタコをカゴにいれ、ガラガラとカートを押しながら、そっと売り場から離れた。どこまでも届きそうな物販の元気な呼び声が、また宣伝文句を繰り返している。
こういうときに押し負けるのが僕の弱いところだ。とはいえ、試食に釣られてきた時点で、こうなる運命だったんだろう。
ぷりぷりとしたタコの足。ぴっちりと貼った薄手のラップが店内の照明にあてられてきらきら光っていて綺麗だ。まあ、いいか。今日の夕飯は、白米と醤油漬けのタコに決定。練り生姜を混ぜてもいいかも。シンプルだけど美味しそうだ。
気づけばもう7月になっていた。
毎日忙しく過ごしているうちに、なんとか半年生き延びることができていた。意識していないうちに色々な変化を巻き込んで、渦のような日々を過ごしているように思う。
荒れた時もあったけれど、今は周りの人のおかげでなんとか生きていられる。本当に助けられてばかりだ。だけど、蛸壺に引きこもってばかりだったあの頃の自分を思えば、今は環境も状況もまったく違う。もしかしたら、僕自身が少しくらいは変わってきているのかもしれない。
お店から出たとき、せっかちな蝉がもう鳴きはじめていることに気づいた。
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