第19候 雷鳴、はじまりを呼ぶ
3月30日 雷のち晴れ
外に出るのがめんどくさくて、配送サービスを探してみたけど、手数料がめちゃくちゃ高かったから諦めてコンビニへ行った。出来合いのものだけどそれでもちゃんと食べただけえらいとおもった。明日のために今日は早く寝る。遅刻したら先輩に殺される気がする。
良かったこと:会計金額が777円だった
悪かったこと:レジ袋買ったら779円になった
・・・
昼過ぎまで気持ちよく眠っていたところを、大きな雷の音で叩き起こされた。
恐る恐る外をみると妙な天気だ。雲間から透き通るような青空が見えるのに、ほとんどは黒くもったりとした雲が広がり、
明日は喫茶店のプレオープンの日だというのに、こんな天気で大丈夫だろうか。机の上には新品の制服と馴染み深い名札、そしていくつかのマニュアル。どれもこれも始まりの日を待つように並べられている。
居酒屋のときは慌ただしい業務をこなすのに精一杯で、何も考えずに接客をしていたけれど、喫茶店では時の流れが、ほんの少しゆっくりになる。ストレスを酒で発散するためにくる人と、その時間を丁寧に珈琲と過ごす人とでは、そりゃ関わる内容も変わるわけで…ここには一体どんなお客さんが来るだろう。
正式な開店日は、あさって4月1日。そしてその前に店周辺の住民に向けてのプレオープン。本部からの視察もあると聞いている。何事もなく進むといいけど。まあ、先輩がいてくれるなら大丈夫だろう。
おなじ会社であっても店舗が違うのだから「あの時と同じように」とはならない。この店らしさが完成するまでは試行錯誤の日々になるだろう。ここの空気はここにしかない。
この店そのものを大切にするためには僕自身が胸に秘めている2号店への執着にも似た愛着は持ち込めないし、持ち込んでは失礼だ。
この間先輩から受け取った解雇通知書は思い出と共に丁寧に折りたたんでしまっておいた。自分が巣立った場所に帰りたくなるのはきっと帰巣本能のようなもので。それが温もりある場所だったなら尚のこと。そして良かった過去を振り返って、再現したくなるのは祈りにも似た感情だ。
今は、これからを。
前を、向いていたい。
あの日々があったから今があるんだと、そんな月並みなことを胸に
いつのまにか外が静かになっていたことに気付いてベランダから空を見上げると、どこまでも澄み渡りそうな青空に虹がひとつ。
空にかかるアーチを見上げて、まるで何かを祝福してるみたいだと都合の良いことを感じたのは僕だけではなかったんだろう。机の上に置いたままのスマホからぽろんぽろんとグループチャットの通知音が賑やかに鳴りはじめた。3号店のみんなもこの虹を見上げているに違いない。
「今の気持ちはどう?」
桃葉の問いは相変わらず色々な意味を含んでいる。あの時と同じように、つい笑みが溢れた。
「明日も少しだけ…いや、結構楽しみかな」
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