大寒

第5候 冬の花、香り豊かにほろ苦く

1月20日 雪のち晴れ


寒くて目覚めたら、外が真っ白で感動した。サッシに積もった雪を少しかじったら、むかしよりもまずくて、屋台で食べるフワフワ系のかき氷のほうが美味しいなと思った。気のせいかもしれないけれど、地元で食べた雪よりもキシキシして苦味があって、口溶けが悪い。


良かったこと:二度寝ができたこと

学んだこと:都会の雪はあまり食べない方がいい



・・・



最近ずっと動画を観ながらゲームをしていたから、目を酷使してしまっていた。日毎ひごとに疲れやすくなってきて、稼働時間が減ってきているのがわかる。生活リズムなんてあってないようなもので、気温差で身体も痛い。


目疲れからか、頭も痛い。それに視力も落ちてきている気がする。眼鏡も合わない。レンズの度数を変えるべきだろうか。そうやって自分自身の堕落を外部の要因にすり替えていく考え方が、僕の得意技だ。


でも…せっかくなら久しぶりに街へ出て、眼鏡を見に行こうか。どうせこれから働くのなら動きやすいものが必要だ。もしくは外出用のものを新調して、仕事中は普段のものを使うのもいい。


ついでに服も新しいものがほしい。安くても見栄えのいいコートが買えたらいいな。それに着替えて百貨店に行きたい。高級店フロアを、さもなんでも買えるような顔をして練り歩くのもいい。そうやって自分自身を甘やかす理由を外部の要因にすり替えていく考え方も、やっぱり僕の得意技だ。本当に都合のいい得意技だ。



布団の中からもそもそと顔を出して窓の外を見ると、良い晴れ模様だった。朝方みた降雪量であれば、今頃ほとんど溶けてしまっているだろう。昔みたいに雪で遊ぶことは難しい地域だ。せっかくの雪を楽しむ機会が少ないのは、やはり寂しい。


ふと、地元の景色を思い出した。絶対に戻りたくない場所。だけど自然は豊かで、なにもないぶん、そこにある自由が好きだった。たまには旅行に行こうと思えるくらいになれたらいいけど。


駅に降り立った瞬間に突然心臓が暴れ回り、締め付けるように肌を覆う不安が、恐怖が、容易に想像できてしまう。ひとりで行くのはやはりまだ心許ない。


桃葉がついてきてくれたらいいのに。


「桃葉」

「はぁい」


もそもそと声をかけると、桃葉の声は存外近くから降ってきた。


「一緒に旅行、行かない?」

「わお、珍しい。千歳って一人旅以外は嫌いだと思ってた」


その通りだった。


みたいもの、かけたいお金、行きたい場所。人となにかひとつでも違えば、どうするこうすると議論をしなければならなくなる。せっかく遠出してきたのに。人間関係なんて、最も家に置いていきたい荷物だ。


もし途中で体調を崩しても一日宿で寝ていればいい。思ったよりも楽しくなかったらいつでも帰れる。そのくらい気軽な旅が好きだ。


そのくせ我儘な人間だから、同行した誰かがそんなことを言い出せば、きっと顔に出さないまでも、腹の中は勝手に煮えてしまう。寛容さが圧倒的に足りなくて、誰かとなにかをすることに向かない生き物だ。



「まあ…気分だよ」

「ふーん」

「すぐは無理だけど……年末とかにさ。もっと雪深いところに行きたくなった」


「それって、帰省?」


その言葉が耳に入ってきた瞬間、冷たい水に頭のなかが溺れていって、布団の中にまで冷気が差し込む気配がした。


血液が脳から落ちてくるような気色の悪い寒気。末端から無理やり押し戻される血流の不快感。ああ、今そんな言葉を使って欲しくはなかったと、小さな苦味を噛み潰したような気持ちをそっと仕舞い込む。


「…まさか、旅行だよ」


冷えきった足の指を動かしながら、布団のなかでもごもごと答えた。


桃葉は、何も言わなかった。

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