第4候 キジの産声、高らかに鳴け

1月15日 雨のちみぞれ雪


バイトの面接に行った。本店から誰か来てるんじゃないかとすこし緊張したけど、まったく知らない人だった。でもいい人だった。今週中には連絡するとのこと。結果はなんとなく想像がつくけど、こういう時間はすごくモヤモヤする。


良かったこと:証明写真の写りが良かった

頑張ったこと:ちゃんと面接に行けた



・・・



「千歳!おめでとう~!!」

「もう、早いよ。まだ決まってないんだから」

「え、でも受かるでしょ」

「…ん…だから、わかんないってば」


口ではそう言ってみせるものの、実は好感触だったことはわかっている。口角が少し持ち上がったこと、目ざとい桃葉は見逃さなかったにちがいない。


「桃葉、僕に決めさせてくれてありがとうね」

「なにが?」

「面接をさ、受けろとか言わなかったでしょ。ひとりでうじうじ悩んでるあいだも絶対急かしたりはしなかったじゃない」

「だって千歳の人生だもん、千歳が決めなきゃ。バイトなんてそんなに重要じゃないって考えてる人いるけどさ、人によっては大切な選択の可能性だってあるから」

「お金のためだけのときもあるけどね」

「そういうときもあるだろうけど、今回の千歳はお金だけが目的じゃなくて、そこに時間を使いにいきたいんでしょ。なにかいいことないかなって期待して、わざわざあんなにめんどくさい履歴書まで書いて、ちゃんと時間も守って面接に行ったじゃない。千歳にとっての大事な時間を費やすつもりでいるのなら、それに水さすようなことはしないよ」



桃葉の距離感はとてもちょうどいい。


桃葉は桃葉の時間を生きる。僕は僕の人生を生きる。一緒に暮らしているようで、おなじ時間を生きているようで、おなじ人生は生きていない。


人間関係においてこの部分を忘れてしまえば、束縛や強要が発生する。親でも夫婦でも友達でも、相手は同じ時間を生きているだけで、おなじ人生を歩んではいないのに。なにかを共有することは、決してすべてを共有しようとするための免罪符ではないのに。



結局、自分自身の決定権はいつも自分の手元にしかない。


いまにも生まれてこようとする雛みたいだ。内側から殻を破る力はこの手元にしかない。自らの存在を伝えるためには、殻を打ち破るしかない。非力のあまり強靭な壁を打ち破れなかったり、どうせ穴など開けられないと嘴を外へ向けて突き立てることすら諦めてしまったら、もはや世界の誰も助けてはくれない。僕の言葉に気づいてもくれない。


そういう意味では、たしかにこのあいだ桃葉が言ったように、頑張っていることは自己申告したほうが得なのかもしれない。水面下での努力が必ずしも報われるわけではないし、そしてその努力が正義というわけでもない。


「今度、社割でコーヒー奢ってあげようか」

「ソフトスパークリングティーがいいなあ」

「それは多分、割引外だなあ」

「ちぇ」


外の雨は、気付けばやわらかな雪になっていた。もし受かったら…。もし受かったらの話だけど、お給料であそこの珈琲を買おう。いつもの激安珈琲の陳腐な味から卒業することを楽しみにしていよう。



いつでも電話に出られるよう、スマホはいつもより近くに置いた。

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