穀雨

第23候 夏を背にたち空をみる

4月20日 晴れ


衣替えと掃除をしたら1日終わってしまい、買い物に行きそびれた。懐かしいものをたくさん見つけたのでそれを部屋に飾るために数時間かかった。すごく疲れたけど結構いい日だった。


良かったこと:部屋が綺麗になったこと

悪かったこと:晩御飯を食べ損ねた



・・・



無造作に積みかさねて放置していた冬服を、ようやく片付ける気になった。適当なダンボールの中にぎゅうぎゅうとコートやニットを詰め込んで、押し入れに放り込む。もともと荷物はあまりもたずにこの家に転がり込んだのに、いつのまにか部屋は生活用品や趣味のものであふれていた。


多分だいたいなんでもある。たまに乾電池や輪ゴムがないけど、生活するのに困らない程度にものはある。物持ちが良すぎる人は、まず足元にものをおかないということから気をつけないと、本当に足の踏み場がなくなってしまうということをネットの記事で知った。


だったら縦に積めば良いのかと思ってシルバーラックを購入したら、その収納力に甘えてどんどん物を増やすようになった。ひとり暮らしするには困ることのない間取りの家にこんなに沢山ものがあるというのは考えものだとはおもうけれど、僕は絶対にミニマリストにはなれないだろう。好きなものが手の届く範囲にだいたいあるということが幸せだし、多少ガチャついていても、それで満たされるのだから、いいんだ。



押し入れの奥から「部屋着など」と書かれているダンボールを引っぱり出した。



自分の性格をかんがみるに「など」と書かれているからには、本当に目的のアイテム以外のものが大量に入っている。しかも実際なにが入っているのかなんてことは、季節がひとつ過ぎれば忘れるので、結局全部出して見返すしかない。そのうえ途中で懐かしいものを掘り出してしまえば、不思議と時間が飛ぶように過ぎていくんだ。いつもそう。



「あ」



箱を開けて最初に引っ張り出したのは、よれよれになった薄手ジャージだった。高校生のときに体操着として着ていたものだ。みんなはダサいと言っていたけれど、僕にとっては赤いラインで刺繍がいれられた紺色のジャージがひそかにお気に入りだったのだ。少しホコリっぽくて、思わずけほけほとせた。


ジャージの袖が巻きつくようにして芋づる式に出てきたのは大きな巾着きんんちゃく。巾着からガチャンガチャンと音がする。少し苦戦しながら絡まった紐を解き、巾着をあけて覗き込んで中身をみた。



古臭い文庫本、ぐしゃぐしゃになった数学のテスト用紙、ゴミ、MDディスク、卒業記念にもらった量産性のボールペン、友達にもらった手紙の束、ゴミ、生徒手帳、校章のピンバッジ、なぜここに入ってるかわからないゴムベルト、匂いつきの消しゴムのカケラ、部活を引退するとき後輩にもらった寄せ書きの小さな色紙、当時流行ったミニゲームのぬいぐるみ、多分ゴミ、切り離されていないままのプリクラのシート、青色ラメ入りのスーパーボール…



覗き込んだまま、ふと思う。



もしかしたらこれは四次元ポケットかもしれない。探れば探るだけ、あらゆるものが出てきそうでこわい。思いもよらないほど、細かいものが大量に入っているんだ。僕が思うんだからそうに違いない。過去の自分の杜撰ずさんさを信じたほうがいいとおもう。



慎重に手紙の束と、色紙を取りだしてみる。ずっと出していなかったから外側は綺麗なままだ。だけど開いてみるとボールペンでカラフルに書いてもらったはずの言葉たちは、薄くなっていて読み取りづらい。かすれていった思い出の言葉たちが、少しだけはかない。


「先輩」「おつかれさまでした」「ずっと」「頑張って」「ありがとう」「尊敬」などの言葉がところどころ残っているおかげで、文脈を繋げれば、まだ何がかいてあるかはわかる。なのに、そのメッセージをかいてくれた後輩の名前までは思い出せなかった。


こうやって記憶も文字も掠れていく。


自分にとっても、そして青春を共にした後輩にとってもきっとそうだろう。寂しいけれど、時間とはそういうものだ。でも。モノは風化していっても僕にとって大切なものだということは変わらない。文字を少しずつ指先でなぞりながらメッセージを解読していたら、やはり時間があっというまに過ぎ去ってしまっていた。



「替えのきくものはあとでいい」

「連れていきたい思い出だけを連れていきな」



実家から逃げ出すとき、手伝ってくれた人がそういってくれた。だからって、なんでこんなものを、と思うようなものばかりを持ってきた。


大事なアルバムも、お金も、よく着ていた服も持ってこなかった。せっかく勉強して取った資格の証明書も卒業証書も、当時の銀行印だって全部置いてきてしまったのに、こんなものばかり持ち出してきたんだ。それは僕にとって、これがとても大切なものだったからに他ならない。


それでも、好きだった校歌のメロディだけは

どうやっても、思い出せなかった。

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