第13候 草が芽吹いたはずだった

2月28日 曇り


カウンセリングの日


嫌だったこと:カウンセリング

頑張ったこと:カウンセリング



・・・



今年初めてのカウンセリングに行った。クリスマスの日以降どうにも足が向かなかったからようやくといった感じだ。


カウンセリングの先生が嫌いなわけではない。むしろ考え方も方針もしっかりしていて僕には合っている。同じ方向を向いて一緒に考えてくれる。温厚でとっつきやすい人だが生温いだけの人でもない。時にはこちらの急所を突くような問題提起を投げかけ、自力で新しい答えを出せるまで待つ。答えが出なければ共に考える。そういう人だ。


とても信頼している。

それと同じだけ先生の正しさが怖い。


本心から尊敬できる人だからこそ、一言一言がボディブローのように重く響くのだ。反論の余地もない圧倒的な真実を告げられることが、今はただ怖い。緊張と不安に包まれたままいつもの相談室に通され、1時間の対話が始まった。



新年の挨拶を皮切りに、自分から最近のことについて話し始めた。


バイトが決まり開店準備をしていること。買い物も行けて欲しいものが買えたこと。山に行ったり運転したりとよく活動したあとはすぐに眠れること。綺麗な月をみたこと。好きな映画を見て新たな発見があったこと。年が明けてから、自分がどれだけ充実した日々を送っているかを熱を込めて話した。


先生は、良かったねとか頑張ったねとか大変だとか相槌あいづちを挟みながら話を聞いてくれていた。


そして、途中から先生が返そうとしている言葉を敏感びんかんに察していた。だからこそ次から次へ話を続けて、先生が口を開くすきを与えないようにしようとしていたのだ。まるで怒られるのが怖い子供の手口だ。当然先生の方が何枚も上手うわてだったから、間が持たずに黙ってしまった瞬間、刺し抜かれた。



「あがってるね」



あまりにも的確な指摘だった。

違うとすら言えなかった。

急所を穿うがつような威力。

単純明快でいて現実を突きつける一言。



そう指摘されることは、本当は随分前から分かっていたような気がする。昨年、自暴自棄で、他人が嫌いで、生活もすさんで散々だったのに、今年に入ってから急に調子が良くなった。しかも短期間で詰め込むようにあらゆる変化に対応して行動できていた。


以前の自分ではありえないほどの行動力と思考の巡り。それを、いつも通りの私だと思っていたかった。むしろこれは良い変化だと信じたくて堪らなかった。


うまくいってる

よくなってる

元気になってきている

そうだと信じたかった

本当はわかってた


活動時間が増えれば負担も増える。睡眠薬がなくても眠れるのは極限まで身体が疲れているからだ。安心したから眠れるのだと安らかなことを言えるほど軽い睡眠障害ではなかったのに。そういうことにしようとしていた。



先生の指摘が間違っているとは思わない。今、止めてくれて良かったとすら思った。ブレーキをかけなければいずれ自分の臨界点に到達して動けなくなる。そういう認識はあったし、言われるべくして言われた言葉だった。


今までの行動が間違っているということではない。得たものは確実だ。ただ、あがっている状態なのだということを理解しておかなければいけない。自分にとっての無理のない範囲を見失ってしまってはいけない。自分の状況を俯瞰的ふかんてきに受け入れなければならい。


いつも通り、ぐうの音も出ないカウンセリングだった。


最後に先生から桃葉とうまく付き合っていくようにと宿題を出された。独りでいてはならない。されど依存してはいけない。どこまでが共存で、どこからが依存か。その境界線はあまりにも曖昧だ。



少し虚ろな気持ちで家に帰り、夕飯も食べずに机に向かった。日記はほとんど何も書けなかった。書きたいことはたくさんあるはずなのに言葉になって出てこない。心配そうな桃葉の顔を目の端に捉えて、つっけんどんに話しかけた。


「今日カウンセリングだった」

「うん」

「行きたくなかった」

「うん」

「でも行った」

「うん」

「行かなきゃよかった」

「どうして」

「しんどくなること言われるから」


まるで先生が悪者だったかのような言い方をした。そう自覚してしまった途端、罪悪感と虚無感と怒りと悲しみがないまぜになってしまった。僕のやっていることは本当に正しいだろうか。



「こんなのに付き合わせて、振り回してごめんね。こんな話をしても仕方ないのに」

「千歳……」



「自信をつけろとか自己肯定感をあげろとか。みんな言ってる。それがあれば幸せになれるみたいな言い方だ。なんだよその言葉。都合がいいだろ。他人に傷つけられた分を、自力で取り戻せってのがそもそもおかしいんだよ」


「他人が傷つけたんだから、他人が癒せよ。その代わり自分でやった分は自分で責任持つよ。そういうもんだろ。なのにどうして他人は、親は、責任持ってくれないんだよ。お前らが傷つけたんだぞ!傷つけて、苦しんでる人間を手に負えないからって野放しにして、あとは勝手に自分で傷を癒せなんて都合が良すぎるんだよ…!」



突然爆発するように飛び出した言葉の数々は、主張も怒りの矛先もまとまらないまま部屋に虚しく響いた。


桃葉はなにも言えないでいる。


そりゃそうだろう。僕の気持ちがどこにあるのか自分ですらわからないのに何か返せる言葉があろうはずもない。それなのに、いつもの「大丈夫だよ」すら言ってくれない桃葉への理不尽な怒りが溢れ出てどうしようもなくなって。



「どうして何も言わないんだよ!!」



怒鳴ってしまった。



いつも暖かかった桃葉の存在が冬の空気みたいに冷たく感じられる。どちらもそれ以上は何も言わなかった。すべてが不安定で、その日は眠れなかった。

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