芒種

第32候 カマキリあらわる

6月6日 晴れ


昔よく遊んでいたゲームを中古ショップでみつけた。あんなに当たり前で身近なものだったのに、今はもうソフトも本体もプレミアがついて、手のつけられない値段になっていた。なんだかすこし寂しい気持ち。


頑張ったこと:バイトでの力仕事

よかったこと:まかないのサンドイッチがおいしかった

悪かったこと:突然虫が飛んできて変な声が出た



・・・



喫茶店のホールスタッフの業務はとても多い。


お客さんの対応をして、注文を取って、商品を運んで、お皿を下げて、おひやが途切れないよう、店内を常に観察して、夕刊や雑誌の新刊が届けばそれを入れ替えて、店内の掃除をして、お会計をする。


作業は同じようでいて、常に求められることは変わる。周りをみながら優先順位を考えて動かなければならないから身体からだだけではなく頭も使う。


ついでに店の外の掃除もやらなければいけない。大きな街路樹の近くでは、風が吹くとカサカサカラカラと落ち葉がたくさん落ちてくる。天気と時間を見計らわないと、せっかく掃除しても無駄になってしまうことだってある。



「掃除と水やりしてきます」

「はぁい。よろしくねぇ」



通りがけざまに声をかけ、箒を持って外に出た。


すうっと外の空気を吸い込むと、スッキリして心地いい。いくら好きな香りであっても、いた珈琲コーヒー豆の香りをずっと嗅いでいるとさすがに疲れてしまう。飲んでもいないカフェインが、脳内に満ちているような感覚。爽やかな風によって脳の空気が入れ替えられていく。


こうして外に出られる掃除は、気分転換にもなるから大切な業務だ。



ホースの先端を庭先にある水栓にガチャリとはめる。勢いがつきすぎないように蛇口をゆっくりとひねり、しゅるしゅるとホースを伸ばして、花壇に向かって放物線を描くように水を振りまく。ホースの先を少し潰すとさらに広く水が広がって散っていった。


今日はとてもいい天気だ。放物線のなかで小さな虹が生まれたり、太陽の光を浴びて葉露はつゆがミラーボールみたいにきらきら光る。それが見ていて楽しい。


虹は意識的に作ることができる小さな奇跡だ。



サボりと怪しまれない程度にしっかりと楽しんでから、駐車場に散らばった落ち葉をゴミ袋に詰め、まとめてバックヤードに片付ける。ふっと息を吐いて作業を完了させたとき、ふと家のポトスに水やりを忘れていることに気がついてしまった。



昨日はしていない。

おとといはしたっけ。

あれ?



一度気になってしまえばもう気が気ではない。


あがりまで1時間半。いつもならなんとも思わないような時間が早く過ぎてほしくてたまらない。ああ、早く帰りたい。


少し元気をなくしているかもしれないポトスのことを考えていたら、新しいお客さんにおひやを持っていくのを忘れてしまい、少しだけ怒られてしまった。

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