第33候 土草から蛍火

6月11日 曇りときどき雨


暇だったから押し入れの整理をした。


頑張ったこと:断捨離ができた

つらかったこと:ハウスダスト



・・・



実家から持ち出したもののひとつに大きなCDコンポがある。


8歳のころに親に買ってもらったコンポは、型自体がとても古い。CDだけではなくラジオもMDエムディーも聴けた。使う機会はほとんどなかったけれど、カセットテープだって聴けるようになっている。それにちょっと綺麗なイルミネーションで、スピーカーのフチが音に合わせて光る。


友達からCDを借りてきてはMDに焼いて、家にひとりでいられるときは、それを繰り返し聴いていたっけ。歌詞カードもみないで、何度も何度も刻みこむように覚えた色とりどりのメロディはいつでも思い出せる。


今はインターネットさえあれば大体の音楽は聴けるし、そちらのほうが音質だって断然いい。わざわざMDを聴きかえすことも殆どない。


正直、あっても仕方ないものだ。


実際コンセントには常につないでいるものの、ここ数ヶ月は触ってすらいなかったから、指先でなぞれば埃がつく。はじめは真っ白だったボディーも経年劣化と熱ですっかり焼けて黄ばんでしまった。




実家から逃げたくなったときに相談した友達のお父さんが、車を出してここまで荷物を運ぶ手伝いをしてくれた。はじめて家を借りた時には緊急連絡先として名前も貸してくれた。その人に言われたことがある。


「替えの効くもの、買い直しができるものは持っていかなくていい。大事なモノと大事な思い出だけ持っていきなさい。お金はたしかに大切だけど、それは頑張れば、あとからいくらでも取り戻せるから」


このあいだ発掘した巾着きんちゃくの中身は、すべて取り出し、ゴミも捨てて整理した。思い出に満ちた大切なモノがたくさん入っていた。それは周りからみたらガラクタかもしれないけれど、僕にとっては宝物なんだ。


このコンポもそう。


親が仕事に行っている時間だけが自由だった。そのときずっと聴きつづけていた音楽と、つまらないラジオだけが、僕の心をどこまでだって連れ出してくれた。大好きなアーティストの歌い方はもう脳に焼きついている。あの家のなかで、もっとも幸せな時間を作り出してくれたのが、この黄ばんだコンポだった。



1年半前、実家から逃げた「決行の日」のこと。親が寝静まった時間に、大きなコンポとリュックを抱えて、裏口からい出てきた僕をみて、あのお父さんは驚きはしたけれど、決して笑わないでいてくれた。



だけど、本当は親が関わったものは、すべて捨ててしまいたい。僕がおやつを我慢してでもモノを積極的に買うのには理由がある。自分の生活空間は、自分で手に入れたものだけにしたい。学校の制服は仕方ないとしても、親から与えられたものは、できるだけすべて自力で塗り替えていきたい。



それはようやく訪れた、小さくて強固な反抗心。



実際、こっちにきてからほとんどのものは買い直すことができた。家具も、服も、スマホも、本も、ボールペンの1本に至るまで。


あとはこのコンポだけだった。これはもうどこにも売られていない。中古家電を漁ればあるかもしれないけれど、型番もよくわからないし、それが稼働する補償はない。コイツは見た目こそボロだけど、機能面は完璧に動いてくれる。


掃除のたびに捨てようと思ってはいるけれどできない。良くも悪くも僕にとって希望のすべてだったこいつを、結局、今日も捨てられなかった。


いつかこのコンポがなくてもいいと思えるようになれたなら、今度こそまっさらな「海宝 千歳かいほう ちとせ」になれるとおもう。それは周りからみたらくだらなくても、僕にとっては大事なプライドだ。



ついでに先日見つけたMDを挿入してみたけれど、エラーを起こして吐き出されてしまった。少し錆びてしまったMD側の問題だった。


今度はCDを入れて再生してみると、かつてよりも少しだけかすれた音が、部屋を満たしてくれた。

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