第28候 タケノコ、空へ伸びゆく

5月15日 晴れ


バイト研修日。合格認定書をもらえて嬉しかった。紅茶の淹れ方を少しずつ勉強しはじめたけど思ってるより複雑で繊細な技術みたい。先輩はあんな感じなのにあんな繊細なことができるのは意外だ。この日記は絶対に死ぬまで先輩にだけは見せないようにしよう。


頑張ったこと:朝早めに起きてちゃんとマニュアルを読んで復習したこと



・・・



開店してから1ヶ月半。

今日は月に2回の定休日。


ホールスタッフの研修は最終段階になり実技テストが行われた。基本的にキッチンとホールは仕事がきちんと分かれているけれど、特にランチタイムにサンドイッチの注文が何度も重なって入ると、珈琲の提供が遅れてしまう。だから最低限のメニューはホールスタッフも覚える必要がある。


それに自分で作れるようになれば、もしキッチンスタッフがミスをしても、途中で気付くことができてトラブルを防げるから一石二鳥。



オーナーがお客さん役になって、接客、席への案内、オーダーの取り方と細やかな要望を時々出しては、それに対応できるかどうかをみていた。キッチンの社員さんはスタッフから伝達を受けた通りにドリンクメニューを作ってカウンターにどんどん並べていく。客層、滞在時間の想定、年齢。そういうものにあわせて考えれば運ぶ順番だって変わる。


僕はこういうケースバイケースな接客が案外得意なのだ。もともと気が散りやすかったり周りの物事が目につきすぎるような発達障害の特徴だって、うまく使えば「気がつく接客術」に変えられるから悪いことじゃない。


朝のうちに、なんとなくで認識していた部分の知識を整理してから行ったおかげで、筆記も問題なかった。それでも実技は緊張で少しだけ手先が震えてしまったけど、僕にしては上出来だろう。そういえば2号店にいたときはとにかく必死だったな。こういうテストも何度か受けたけれど、一発で受かった覚えなんてない。



自分のテストが終わってからは、後輩2人のテストをヒヤヒヤしながら見守った。マニュアルをみなくても食器のセットを準備できるか、接客、レジ打ち、珈琲の知識、オーダー機の扱い、厨房のモノ探し、クローズ作業の順番…やらなければならないことはとても多い。


結果的に2人とも残念ながらクリアには満たなかったけれど半分以上自力でできている。1ヶ月半でこれだけ出来るならきっと大丈夫だ。


ひとりは技術がまだ未熟でイレギュラーに弱かった。しかし勉強が得意なのか記憶力もよく、知識を問われるテストはほとんど満点だった。


もうひとりは技術はしっかり身についていて接客も物怖じしない。その代わり知識においてはうっかり忘れが多く、カフェラテとカフェオレの違いを答えるのにかなりの時間を要した。


こういうのをニコイチって呼ぶのだろうか。まるでひとつを割ったように得意と不得意を分け合う2人は、友達というよりも双子みたいだ。



「それじゃあ来月またテストしよう。今日できたところは磨いていって、できなかったことは何度でも海宝かいほうさんに聞いていいから、とりあえずやってみようね」


そうそう、わからないことは…って…


「え、わ、私ですか」

「そうでしょう?」


屈託くったくのないオーナーの笑顔につられ笑いしてしまった。まあ…思えば最初からそんなもんだったし、今更どうこうということもないか。いつの間にか自分が、この場所で中核人物になってしまっているみたいだ。


『あんた、あの子らにとっては随分いい先輩になってきてるんじゃないかな』


先輩の言葉を思い出した。

そうなれるといいなと思う。

僕はどんな先輩になっていくんだろう。



暗い表情で唇を噛んでいる2人を、先輩らしく励ましたかったけれど、気の利いた言葉が出てこなかったので、ぽんぽんと背中を叩いてあげた。


もちろん、優しく、優しくだ。

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