第48話 The Channel

 小角おづぬ千方ちかたに縁のある妖達が、挙って都心の上空に集まり、睨み合っていた。


「千方、戦は人だけでなく、妖や他の生物の命を奪うだけだぞ。それにこの地をもっと汚す事になる。朝廷の末裔も日ノ本には居るが、彼等はきっとうまく逃げるだろうよ。犠牲になるのは、何も知らん庶民だ。戦で生まれるのは痛みと恨みだけ。人間も、もうよう分かっておる」

「ならぬ、、、、汚れた世にしたのだ。皆同罪だ!」

「千方、我はそちが好きじゃ。そして喧嘩は嫌いじゃ。喧嘩は、勝とうが、負けようが、シコリが残るだけで、お互いに、なーんも良い事がない」

 小角おづぬの言葉を聞いて、千方の脳裏に昔の記憶が蘇った。


 小角おづぬと千方の兄、千嘉良ちからは、親交が深く、千方は幼少の頃より、小角おづぬを良く知っていたのだ。


「どうした、千方、友と喧嘩でもしたか?」

「妖を悪く言ったのだ」

「そうか、それで千方は怒ってしまったのか? 千方は誠に妖想いじゃな。だが、その友と千方の面立ちは同じか?」

「え? 違うに決まっておる」

「そうだな。では心の内も違うと思わんか?」

「でも、奴は妖の事を何も分かっておらん」

「では、千方は友を良く分かっておるのか? 何故妖が嫌いか尋ねたか? 友自身や身内が、妖に傷付けられるような、怖い目に合ったかもしれんぞ。人間が、良心を持った者ばかりで無いように、妖にも悪さをするのも居る」

「でも」

「千方の胸の内も、声を荒げずに伝えられたか?」

「言うておらん」

「千方とその者が仲違いをして、この先、辛い目に合うのは妖じゃぞ。人の心は変えられん。だが双方の考えを、混ぜ合わせる事は出来る。負の感情を抱かず、お互いに歩み寄らねばな。千方には、それが出来る勇気がある。大丈夫。我は信じておるぞ」

小角おづぬ、、、、分かった。わも歩寄ってみる。妖が、わのせいで、もっと忌まれたら嫌なのでな」

 千方は、いつも優しく諭してくれる、小角おづぬが大好きだったのだ。


「えええい、何を迷っておるのだ! 時は熟した。今こそ人間共に裁きを!」

 妖の罵声に千方は我に返った。そして心の中に、小角おづぬとは争いたくないと強く願う自分と、兄を殺された憎悪が葛藤していた。


「ね~ 小角おづぬさん。この妖さん達、地獄には遊びに行けないの?」

「玄、どういう意味じゃ? ここに居る誰もが、我の法力で地獄に送れるぞ」

「送るってそれって、やっつけたらって話?」

「まぁそうだな。ここに居る妖は、黄泉の国など行きたくないでな」

「そうなんだ」

「何故じゃ?」

「いや~、立ち話も何だし、それに、こんなに沢山の妖が、都心の上空に、浮かんでるのも怖いよね。だから、俺のカフェで、話し合ったらどうかと思って。コーヒーやマフィン食べながらさ」

「玄! それは名案じゃ」


小角おづぬ、さっきから何を玄と話しているのだ」

「お~丸、聞いてくれ。玄がな、皆を玄のカフェとやらに、招待したいと申しておる。素晴らしい誘いだと思わぬか?」

「なるほど、それは面白い。黄泉の国を見せる良い機会にもなる」

「千方よ、我の身体の持ち主、玄と名乗るのだが、この者が皆を、茶屋に招きたいと申しておる。そこで、茶でもしばかないか?」


「え! 今、小角さん、茶をしばくって言った? そんな言葉何で知ってんの? もう死語だけどね」

「ほほほ、我も長きに渡り、単に祠に鎮座していた訳ではないぞ。若者の願いを聞くのと同時に、新しい日ノ本の言葉も学んだのだ」

「新しくはないけど、、、、」

「他には、チョベリグー ナウイ なども知っておるぞ」

『あははは、俺の身体で、ドヤ顔してるよ』

「ドヤ顔とは何だ?」

「そっか、心の声も聞こえちゃうんだったね」


「何やら、随分と楽しそうだな」

 睨み合っている小角おづぬ組と千方組の間に、1人の男性が舞い降りて来た。

「おお、千嘉良ちから、甦れたか。久しいの。また逢えて本当に嬉しいぞ」

小角おづぬ、そなたが呼び寄せてくれたお蔭だ。感謝するぞ。こうしてまた、千方に逢えるとは、思うておらんかった」

「千嘉良? 兄上? 兄上!」

「おお千方、久しゅうの。おや、どうしたその汚れた魂は。何があったのだ」

「兄上!」

 隠形がうっかり解けそうになるほどに、千方は兄との再会に歓喜した。

 そして兄の元に駆け寄った。

 年の離れた兄は、常に千方の憧れであり、尊敬に値する人物であった。

 そのため、彼を処刑された時、まだ幼かった千方は、自身から湧き出る憎悪をコントロール出来ず、獄卒を呼び寄せてしまったのだ。

 兄の千嘉良は、法術で千方の歩んだ時を読み取った。


「そうであったか、千方。辛い思いをさせてしまい、済まんかった。よく頑張ったな」

 千嘉良は、優しく千方の頭を撫ぜた。

「兄上~」

 千方は兄の懐に入り込み、子供のように泣きじゃくった。


「千嘉良よ。甦った早々に悪いのだがな、今から地獄に行かんか? 我の身体の持ち主、玄がな地獄で茶屋を、こしらえてくれてな。そこで旨い物を食いながら、話合えば良いと、招待してくれた。どうじゃ。茶をしばこうではないか」

『小角さん、また言ってる。かわいい。意味通じてるし!』


「ほ~ それは是非訪ねてみたいものよ。積る話もあるでな。千方、そなたも来るだろう? 他の妖もどうじゃ? そう、怒らんとも良いではないか。旨い物を御馳走になろうぞ」

 千嘉良も妖を守ろうとした人間の1人であり、人間に恨みを持つモノの中には、千嘉良が処刑された事への復讐心から来るモノも多かったのだ。

「千嘉良」

「おお、猫鬼みょうきではないか」


『頭が猫の妖って猫鬼って言うんだ』

「ああ、人間に病をもたらすと疑われてな、よう虐められたのだよ。可哀想なやつだ」

小角おづぬさん、そうなんだ」


「では、我の法術で黄泉路を拓き、皆をカフェへと招待するぞ。どうだ」

「おい、小角おづぬ。ここには、お前以外に法術師が2人も居る。それに俺様と閻魔も忘れるな。法術を使い果たして、玄と心中するつもりか?」

「丸、そちは賢いの~」

小角おづぬ殿、も助太刀いたす。大嶽丸を黄泉に送るなど、この上ない喜び」

「お前に法力はないだろうが」

 田村麿の言葉を聞いて、大嶽丸は苦笑いをした。

「千嘉良と千方。そち等にも頼めるかな」

「承知した。千方も良いな」

 反人間派の妖達の間では、意義を唱えるモノも居たが、千嘉良と千方が説得すると、一時休戦として、皆で地獄カフェへ出向くことになったのだ。


「こんなに沢山のお客さん連れて行ったら、勇達驚くだろうな~ ごめ――ん!」

 勇達には申し訳ないと感じながらも、これで平和が訪れる事を強く祈った。


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