第49話 Purified Bites

 千方ちかたが妖達を必ず人界へ戻すと約束をし、黄泉路よみじに足を踏み入れた。


「久し振りの地獄じゃ。やっと帰れるぞ」

 渋々ながら地獄へ向かう妖に紛れて、閻魔大王だけは大喜びであった。

「何を好き好んで、あの様な場所に帰りたいのだ」

「まぁまぁ、丸がな、我との約束通り、黄泉の国を素晴らしい所にしてくれておるようだぞ」

「俺、畜生界までしか行けてないけど、耕作地は確かに美しい所だよ」


「では、皆、路に入ったか? 黄泉に移動するぞ」

 大嶽丸おおたけまるが、そう声を掛けると、白く何も無かった景色に光線が輝いた。

 しかし移動している感覚は無かったのだ。

「これで動いてるの?」

 人界に訪れる時は、高速スピードで、空を駆け抜けている感じがしたからだ。

 だが、直ぐに俺の雑念が、頭から消え去った。小角おづぬが精神統一しているのだ。

 そして俺自身も若干、瞑想をしているような感覚に陥った。

 初めての体験だが、突如視野が大きく広がり、それは果てしなく続く、何もない「無」の世界。だが、孤独感に襲われるのでは無く、とても満たされた気分になり、心地が良かったのだ。

 暫くすると、地獄への到着を知らせる如く、空気が熱くなって来た。

「そろそろだな」

 小角おづぬはそう告げると目を開けた。

「え? あ、ここ。地獄カフェの入り口! うひょ――」

 俺の視界に義晴が描いた、地獄カフェの看板が、飛び込んで来たのだ。

「これは、なかなかの芸術であるな」

 義晴の絵が、誰の目にも素晴らしいのだと証明された。


「玄、皆を招き入れても良いか?」

「うん、多分。営業時間内なのか、分からないけど。俺が準備するよ」

「では、皆のモノ入らせて貰うぞ。粗相のないように」

『あはは、小角さん、お父さんみたい』

「そうか?」

 小角おづぬ、大嶽丸、田村麿、千方、千嘉良、閻魔大王、彼等に加え、妖、総勢30程が、地獄カフェへ入店した。


「玄君?」

 ちょうどオープン前だったようだ。茜がカウンターに、焼き上がったマフィンを置いていた。

「玄君、無事に帰ってこれたのね! 良かった」

 そう言うと、玄に駆け寄ろうとしたが、彼の背後にある大勢の影が、目に飛び込み足を止めた。

「その方達は?」

 茜が少し戸惑っていると、彼女の背後から男2人が現れた。

「玄? やべ―― 玄じゃないか! お帰り!」

「ほんやま! 玄、無事や! 良かった~」

 運んで来た料理をカウンターに置くや、勇と義晴は玄の身体に抱き付いた。

 玄の後ろに控えている妖達が、彼等の瞳には映っていないようだ。

「お―― これは、なかなか良いの。男子おのこに抱き付かれるのは、初めてじゃ」

「え? 玄じゃないのか?」

「まだ、小角おづぬさん?」

 玄に抱き付いたまま、勇と義晴が固まった。

「おい、小角、もう玄に返してやれ」

「ははは、あの女子おなごにも、抱き付いて欲しかったがな」

 白い靄が、玄の身体から飛び出した。

「勇、義晴、それから茜先輩、只今! 無事に帰ってこれたよ」

「玄!」

「玄や! ホンマもんや!」

「玄君」

 男2人の歓喜の声に重なりながら、茜が足音を立てて駆け寄った。


「でさぁ、この団体様はどなた? 闘いに行ったんじゃなかったっけ?」

「営業してきたん?」

「あははは、ごめんごめん。突然、こんなに沢山連れて来ちゃってさ」

 勇達との簡単な会話を終わらせると、耕三達に振り返った。

「すみません。お待たせしました。皆さん、どうぞお好きな席に座ってください」

 地獄カフェの看板や、内部を見回していた妖達に声を掛けると、興味津々な様子で、ずらずらとカフェに入店した。


「千方さんと千嘉良さん、それから麿さん、でしたよね。地獄カフェにようこそ。どうぞ、こちらにお座りください」

 俺は、彼等をカウンターに一番近いテーブルに案内した。会話を少しでも聞き取れるように、俺の作業台の近くにしたのだ。

「あ、閻魔大王、再びお目に掛かります、、、、」

 やはり、閻魔大王を目の前にすると、緊張のせいか足が竦んでしまった。

「儂はここに来るのは初めてだ」

「あの~ 千方さん達とお座りになられますか?」

「そうだな、丸もこちらに座るか?」

「ああ、だが、玄、何か手伝う事はあるか?」

「我も何か役に立ちたいが、魂だけでは物が掴めん」

「え? ってことは小角おづぬさんは、食べれないの?」

「それは大丈夫だ。お供え物と同じで、真心と魂をいただく。味は分かるぞ」

「どんなのか想像出来ないけど、、、、味わえるなら良かった」

「耕三さん、小角おづぬさん、有難う。席に座ってくれていいよ。俺達だけで大丈夫だから」

「わかった」

「承知した」


 耕三に、今日のカフェは貸し切りだと、地獄に通達して貰うと、俺は再び勇達と向き合った。そして、皆と目を合わせると気合を入れた。

「玄、先ずは注文取ろうぜ」

「おう!」

 俺は一息を入れると、お決まりの掛け声と共に右腕を上げた。

「じゃ、エイエイオー」

「あははは、玄のこれ、久し振りだな」

「ほんまや、でも恋しかったで」

「玄君、またこうやって一緒に仕事出来るの、本当に嬉しい!」

「じゃ、皆でもう一回」

「エイエイオー!」

「あははは」

 俺達の和やかな様子を、千方達が不思議な面持ちで眺めていたのだ。


 千方、千嘉良と、人界に住む妖達は、マフィンやコーヒー等、どれも今までに聞いた事も見た事もない様子だった。

 そのため、皆でシェアをして貰えるように、各テーブルに一品ずつ全てを並べる事にし、コーヒーもラテを提供した。

 田村麿だけは、女子に転生しているからか、身体の持ち主が、食した経験があるようだった。そして、どうも甘党らしく、マフィンとケーキを皆に勧めていた。


「これは、、、、この味は、、、、」

「ああ、素材の魂が、何て有難いのだ」

「旨い!」

「浄化されたケーキを、口にするのは初めてだ」

 カフェ内は、時折ポツリと口から漏れる感想以外は、静まりかえり、不思議な満足感に溢れていた。

 食事を口に運ぶ度に、妖達は目を閉じ、ゆっくりしっかりと味わい、喉を通した後は、口元を緩ませていたのだ。

 彼等の様子を、玄達も静かに見守っていると、千嘉良が穏やな声音で質問を投げかけた。

「これらの素材は何処から来るのだ?」

「黄泉に住む耕作鬼が育てておる」

「丸と申したな。素晴らしいではないか。他には何があるのだ?」

「千嘉良殿はご存知ないかもしれませんが、昔の倭国には無かった、南蛮からの品や南国の果樹等もある」

「昔、我等が出会った、妖好きの友等が愛した物をな、彼等が蘇った時にしょくせるよう、丸が長年に渡り、黄泉で育ててくれたそうだ」

「黄泉を案内するぞ。どうだ」

「是非、拝見したい。千方に麿、皆も一緒に黄泉を見てみようぞ」

 腹が満たされた妖達は、若干怒りが鎮まった様子で、千嘉良の誘いに同意した。

「玄に勇達も共に来るか?」

「え? 耕三さんいいの?」

「閻魔、構わんな」

「丸が連れて行くと申しておる。文句など言えんわ」

 耕三の采配で、地獄カフェメンバーも、黄泉の国ツアーに参加する事となった。












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