第50話 Keep the Promises

 初めての空間転移を経験し、興奮冷めやらぬ勇達の目前に、耕作地が広がった。

「うお~ 超すげ~ あの世の世界じゃないみたいだぜ」

「ほんまや。日本の田舎みたいやな。あっでも、空気が違うで、なんやろ柔らかいって言うんやろか」

 義晴の言葉に誘われて、皆で大きく深呼吸をしてみた。

「本当だわ。マイナスイオンが一杯なのかも。お肌にも良さそう」

「茜、もう死んでんだから、肌には関係ないだろうが?」

「女は、死んでも綺麗でいたいの!」

 俺達のくだらない会話をよそに、妖達は皆、久し振りの浄化された環境に、魂が磨かれるのを感じ取り、涙を流すモノも居た。


「丸殿、とても心地の良い場所であるな。戦の無い倭国の様だ」

 千嘉良は遠くを眺めながら、言葉を掛けた。

「ああ、そうだな。だが残念ながら、ここに住んで居る妖の数は、あの頃とは比にならん。生きている人間も、ここには居ない。冥界だ。当り前だな、ははは」

 耕三は冗談めかしていたが、その言葉はどこか寂し気であった。

「丸は、人間と共存出来る国を、つくりたかったのじゃ」

「さ、ここは序の口だ。上に行くぞ。最後に取っておきの場所がある。実は先程完成したのだ。小角おづぬ達の法力のお蔭でな」

「お! それは楽しみだ」

「玄、お前達も行くぞ。青が迎えに来ている。お前達は青に乗れ」


 ここまで耕三の手に引っ張られて、やって来た勇は、少し残念がっていたが、龍に乗れるのには感動していた。

 黄泉ツアーは、耕作地を眼下に、ゆっくりと進んで行くと、やがて畜生界が見えてきた。

 前に訪れた時は、上空から観察出来なかったが、広大な牧草や林が広がっていた。そしてそこには、家畜だけでなく、鹿や猪などの野生動物も暮らしていて、その殆どが、人間に殺された動物らしい。

 畜生界や地獄等にある人間の修行場は、黄泉側とは、区別された世界であるため、耕作地の上空からは見えなかった。

 上に昇るにつれて、空から眺める景色に、生活感が出て来た。

 以前、教えて貰ったチーズ工場は、かなり大きい建物で、他にも沢山の工場や倉庫等もあり、更に上に行くと、家屋などの建物も見えた。

 そして果樹園やブドウ畑も広がっており、酒蔵やワイナリ―だろうか、洋風の建築物もあった。

 まるで地球の様な景色が広がっていたが、異なる点は、車や電車などの動く乗り物は無く、そのためか道路が見えなかった。当然、デパートや商業施設も存在せず、とても質素だが長閑な街並みとも言える。


「え? あれ? お城!」

 突然、長閑さに一際目立つ建物が2つ聳え立っていた。

「ほほ~ 丸、あれは安土城と北ノ庄城か?」

「ああ、未だ、主は不在だがな」

 織田信長と柴田勝家の城を再現しているのだ。耕三の彼等に対する想いが、ここでも垣間見られた。

 その城を通り過ぎると、今度は上昇せずに横に進んで行った。

 流石に、このメンバーでは、人間界や天界には入れて貰えないのだろう。

 畜生界を超えたあたりで、進行方向が変わったのだ。


「さぁ~ そろそろだぞ」

「取って置きと申していた場所か」

「ああ。下に降りるぞ」

 皆は、耕三に続き下降して行く。

 青に乗って居る俺は、以前の体験から龍は、着地が苦手だと思い出し、勇達にしっかりと掴まるように声を掛け、無事に下に降り立つ事が出来た。


「丸、もしや、この香りは!」

「ああ、かなり困難だったがな。なんとか上手くいったようだな」

 突然、妖達は、何かに引き寄せられるように、同じ方向に走り出した。

「妖さん達どうしたんだろう」

「俺達も走ろうぜ」

「おお」

 先程まで、裸足が捉えていた草原を歩いている感覚が、急に砂場に変わったのだ。

「砂?」

「もしかして、これってビーチ?」

 俺達は、妖を追っている足を速めると、子供の様に海ではしゃぐ妖達が、視界に飛び込んで来た。

「わ―― 海だ」

 俺達も、海に飛び込んだ。

「これ、本物の海よ。しょっぱいもん」

「まじで、すげ――な! 耕三さんが造ったのかよ」


 海に入り大喜びの俺達や妖と違い、千方達は、浜辺から皆の楽しむ様子を眺めていた。

「大嶽丸。汝は何者だ。これは神業だぞ」

「その通りだ。黄泉国に海を創造してしまうとはな」

「いやいや、創造したのでは無い。この先は人界と続いており、浄化した海を引いているだけだ。空も雲も人界のものだ」

「ほ~ どういうことだ?」

「黄泉路を造る時に放った、小角おづぬ達の法力をちょっと拝借して、結界をつくった。地球を少し大きくして黄泉と繋ぎ、結界で区切ったと言った感じだな。人界からは入る事も見られる事も無い。こちらからも、ここからは人界に行けん」


「丸、、、、そちは真の友よ。我の無茶な望みを、ここまで叶えてくれるとは」

「俺様も、あの日、お前と見た海が、あの景色が、忘れられなかっただけだ」

 耕三と小角おづぬの脳裏には、最後に人界で見た、キラキラと陽の光に輝く海が蘇った。

 そして涼しい潮風に揺られながら、目の前にある海と、その光景が重なっていった。


「大嶽丸、は、そなたを誤解していたようだ。今までの無礼をお許しいただきたい」

 田村麿は、耕三に対して頭を深々と下げた。

「俺様も、小角おづぬに出会う前は、祓われても文句が言えん、ただの鬼だった。麿に憎まれるのも当たり前だ。気にするな」

「大嶽丸」

「1000年も掛ったが、仲直りじゃな。良かった良かった」

 小角おづぬ達の輪に和やかな空気が漂い始めた。


「余は、余は、間違っていたのだ。獄卒を呼びよせ、人界を奪還しようとは。妖達は、ここで十分幸せではないか!」

「千方、そなたは、いつも妖想いであり、我の死を悼んでくれたのだ。誰もそなたを責めはせぬ」

「兄上、だが、余は獄卒に、陽の光、空の青さ、月の輝きを見せてしもうた。そして奴等と妖達に人界を取り戻す夢を、抱かせてしまったのだ。小角おづぬ、余が獄卒に会う事は可能だろうか?」

「千方、あいつ等に会ってどうする? 話が通じる相手ではないぞ」

「大嶽丸、分かっておる。だが詫びねばならぬ」

「千方が、心から語り掛ければ、分かってくれるやもしれん。兄も助力する」

「千方よ。我も妖達に問うてみる。心配するのは、皆の心の内を聞いてからでよい。だが、獄卒は別だ。会うのは危険だと思うがな」

「それでも、余が招いた災いだ。余が何とかせねば」

「あいつ等の居る、阿鼻には行けないぞ。ここに呼びたいのか?」

「金鬼だけで良い。玄殿の茶屋に呼べぬか? 皆に危害は与えん」

「あいつ等は、既に玄のカフェで大暴れしたのだ。勇と名乗る者は、魂を失いかけた。玄が承知するかどうか?」


 海から上がっていた俺は、小角おづぬ達の会話が気掛かりで、彼等の輪に接近していた。

 そして何故か俺の名が、呼ばれているのが耳に届いた。

「耕三さん、どうしたの? 俺の名前が聞こえたような」

 突然現れた俺の顔を皆に凝視され、一瞬怯んだ。

「あ、ごめん。聞いちゃまずい会話だったのかな、、、、あははは」

 詫びを入れ、その場を立ち去ろうとした時、耕三に呼び止められた。

「玄、千方がな獄卒に謝罪したいので、お前のカフェに金鬼を招きたいと言っている。だが俺様は、勇の事もあるし心配なのだ。どう思う?」

「また大暴れされちゃうなら嫌だな。それにまだあの時の恐怖が、勇の心に残ってると思う」

「だろうな」

「玄殿、、、、」

 千方が肩を落とし、落胆している様子が見て取れた。

「どうして謝る必要があるの?」


 耕三達は、今までの経緯を玄に話して聞かせた。すると途中、勇達も会話に入って来た。

「そっか、、、、確かに一度見てしまった夢を諦めるのって、たとえ獄卒でも辛いかもな」

「そやけど、またカフェに来るのは怖いで」

「俺もあんな目に合ったし、あの獄卒が、玄を狙った時の顔が、今でも忘れられない。あいつ等は、本当に鬼だ」

「私も怖いけど、、、、でも千方さんの気持ちも、考えてあげないと」

 その場に重い空気が流れ、暫く皆の口から言葉を奪った。


「お前達は、ここに残っていればいい。後で迎えに来る」

「耕三さん、俺は行くよ。カフェで集まるなら、獄卒にも何か食べさせて上げたいからさ。奴等にとっては、きっと最後になるだろう」

「玄殿、、、、かたじけない。余の我儘を許して欲しい」

「いいよ。獄卒は、俺達人間の一番醜い部分の塊みたいなもんだろ。だったら奴らを生み出した、俺達人間にも非があるんだからさ」

「玄が行くなら、俺も手伝うぜ」

「勇、有難う。でもやっぱ危険だし、大勢だと耕三さんが守るのも大変だしさ。俺だけ行くよ。あっでも、どれくらいの妖達が来る? まさかまた大人数?」

「人間に不満を持つ妖達も、金鬼に会う良い機会なのでな、同行させるが、また飯を食わさんでも良い」

 小角が玄に応えた。


「玄殿、はもう一度、ケーキを所望しても良いか?」

「麿さん、大丈夫だよ。千方さん達だけなら、俺だけでなんとかなる。任せて」

「勇、お前達は残れ。その方が良い」

「耕三さん、、、、分かった。玄、無事で居ろよ。俺が一緒じゃないんだから、背後に気を付けろよ」

「だな~ サンキュー勇。義晴、茜先輩も心配しないで、俺、大丈夫だから」

「玄、尊敬するで。あの獄卒にまた会いたいやなんて」

「会いたい訳ではないよ、あははは」

「玄君、気を付けてね。私、待ってるから」

「うん」

「閻魔、お前も一緒に来い。獄卒に違う沙汰を出すだろうからな」

「丸、承知した」

 俺達は、皆に別れを告げると、反人間派の妖15程を伴い、再び地獄カフェに戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る