第12話 First Buddy

 監二が連れて来たのは鬼ではなかった。

「その方は? もしかして人間?」

「お、監二ご苦労。玄そうだ、人間だ。玄に補助が必要だろうと鬼長が言ってくださったのだ」

「補助? 鬼さん飯作り係の? うわぁ、それは助かる」

 連れて来られたその人間は、今一つ話が見えていないようで呆然と突っ立っていた。

 そりゃそうだよね。絶対に他の地獄に連行されたと思って心底ビビってるはずだ。。

「お気の毒に」

 俺が勝手に彼の心中を察していると、監一が俺の事を紹介してくれた。

「こいつが玄だ。色々と旨い物を俺達に提供してくれている。玄の手伝いをして貰いたい」

「……???」

「だよね~ ビックリでしょ?」

 そう告げながら彼をよく見ると見覚えがある人だった。

 そうだ、地獄に来た当初、修行の場で要領が分からず戸惑っている俺に色々と教えてくれた人だ。

「あの~ 俺、武田玄信です。玄と呼ばれてます。覚えてるか分からないけど、俺がここに来た最初の頃、修行場で色々と助けて貰いました。ここでもまたよろしくお願いします」

 俺が普通に話し掛けると彼の緊張が少し解けたのか顔の強張りが緩んだ。

「あ、俺の名前は澤元勇さわもといさむ、ケビンってミドルネームもあるんだ。一応ハーフなんで。ケビン、勇どちらでも好きな方で呼んでくれていいよ。そうだよね、やっぱ鍋業の前でウロウロしていた人だよね」

 あははは、随分前の話だが、その通りです。

「その節はどうも」

「で、俺がここに連れて来られたのは、玄君の手伝いをするためなんだよね? でも、何をするの? 玄君はあの鬼さんのご飯をここで作ってるの?」

 勇は俺達の事を見ている(勇にとっては睨まれている)監一と監二に、臆しながら俺に話掛けてきた。そう言えば地獄で私語をしている人間って見ない。

「玄でいいよ。俺も勇って呼ぶから。え~と、そう俺、鬼さん達の飯を作ることになって、ここで修行をしているんだ」

 今までの経緯を端折って教えた。

「さすが地獄だからなかなか厳しそうだけど、どうせ修行するならこっちの方がマシそうかな。俺、役に立つか分からないけど頑張るよ。宜しく」

 勇が右手を差し出した。俺はその右手に握手しながら、

「こちらこそ宜しく」

 と告げた。

 そんな俺達を監一と監二はニッコリしながら眺めていた。俺もGOODと親指を立てて返した。

「あと、こちらは監一さんと監二さん、俺の監視役。でも色々と手伝ってもくれるよ。それとこいつがコン」

 と言い掛けたが、コンは何故か監二の足元に隠れていた。

「あれ、コンどうした?」

「やはり人間は嫌のようだぞ。玄、お前だけ特別だと言うことだ」

「え? そうなの?」

 複雑な気持ちを抱えながら、俺は勇と一緒に鬼の食事を作る事となった。


 コンは相変わらず勇の傍には近寄らなったが、俺にとって勇のヘルプは有難かった。

 勇自身が、料理の経験など全くないと語っていたわりに、鬼の飯作りは随分と捗った。特にスコーンは混ぜる作業や窯業などを分担する事で、2人共死ぬことなく焼き上げる事が可能になったのだ。

「ここも大変だけど、あんなに監一さん達が喜んでくれるなら、なんか遣り甲斐あるな」

「そうなんだよ~」

 俺達は出来上がったスコーンを食べながら休憩していた。

 俺は勇と反りが合った。勇は窯業など厳しい作業でも嫌な顔を1つせず俺と交代してくれるし、紛れもなく働き者で気遣いも出来る奴だった。容貌は色白で華奢であり、体力仕事は期待していなかった俺にとって嬉しい誤算であり、勇は俺よりも長身なので助けて貰うことも幾度とあったのだ。

「しかし窯業は辛いな~ ここって最恐じゃね? 俺まだ背中が痛い」

「そうなんだよな。俺なんて窯業のせいで、1度地獄で危篤になったんだぜ。身体の半分が燃えてたらしい」

「うわ~ それ怖えな」

「でもそれ以外はここは地獄の中の天国だよ。こうやって勇ってバディが出来てさ、本当にラッキーなんだと思う。しかも地獄スコーンが食べれるなんてね。我ながら本当に旨いよ、これ」

「ホントだ。玄のおこぼれを貰ってる俺なんて、もっとラッキーじゃん。監一さん達も最初の印象と違って全然良い奴だしな。コンちゃんが懐いてくれないのが残念だけど。俺、動物と触れ合った事ないからかなぁ~」

「だな~ なんでだろう? 監一さんから聞いたんだけど、コン達って妖狐で昔人間に裏切られた苦い経験があるから、人間の事を凄く憎んでるんだって。実は鬼やここに居る皆、大昔は人間の世界に住んでたみたい。でも人間に追い出されたらしい」

「そうなんだ。人間に追い出されたかぁ~ ここに来て最初の頃はいつか絶対に鬼に喰われると思ってたもんな。金棒持って人間を食べるイメージじゃん? でも違ってた。デカイしまだ怖いけど喰われる気はしなくなった。鬼達と一緒に暮らしてたってどんなだろう。でもあんなに大食いだと食料が一遍になくなりそうだな。それに建物や道路とか大きくするって大変だぜ」

「昔は俺達とあまり変わらないサイズだったらしいよ」

「へ――そうなんだ。想像出来ないな」

「畑のある所にも鬼が居るんだけど、そこの奴等はノッポの鬼って感じだよ。農業してるからか体格はかなりいいけどな。しかもイケメンが居るんだよ」

「へ――ますます想像出来ないな」

 勇は色々と頭にイメージしているようだった。

「そのイケメン、耕三って俺が名付けたんだけど、エンジニアでサンエンティストらしい。現世に居たら絶対に黄色い声援浴びてただろうな。羨ましい」

「マジで、そんな凄いのが居るんだな」

 あ、そうだ忘れた耕作鬼って神様だった、、、、勇に話してもいいのかな?

「どうした?」

「いやなんでもない。違う事考えてた、あははは」

「なぁ~玄、お前そんなに悪い奴じゃないようだけど、なんで地獄?」

 通常ならここで修行する人間は、お互いに地獄に送られた理由を話し合う事はまずない。まるで禁句のように誰も尋ねないし語る事を拒んでいる気がした。

 本心は興味あるのだろうけど。

「え? バイトしてたカフェで、ガス爆発を起こしちゃってね。何人か犠牲になったみたい。俺って被疑者らしい」

「マジで? でもそれって事故じゃないのか?」

「まぁ~ 最初はそう思ったけど他の従業員がガス臭いって心配してたのに、俺忙しさにかまけて無視したし、店の事も結構任されるようになってたからね。やっぱ俺の過失だよ」

「そっか~」

「で、勇は何で?」

「俺? こう見えて悪党なんだ」

「……」

 そう聞かされて俺の頭の中に殺人鬼勇がインプットされた。

「嘘だよ、そんな風に見えるか~ 心外だな~」

「え? 違うの? ここ地獄だしさ、極悪人がうじゃうじゃ居そうだし。そういうジョークは洒落にならん」

「あははは。だな~ ごめんごめん。俺、幼い時からずっと病弱でさ。皆みたく遊んだり出来なくて性格が捻くれちゃってね。荒んでた時期もあって親には随分と迷惑掛けたからだろうな」

「そんなぁ~ それこそ勇にはどうしようも出来ない事じゃん。それに病気で1番苦しんだのは勇本人なのに」

 貪欲な人間は大半が地獄に送られると聞く。でも勇のように生まれながらにして病弱で、早死にを余儀なくされたなら、直ぐに転生して健康な身体を持つ新しい人生を得られても構わないと思う。現世では病気で苦しんだのに、死んでからもまた地獄で辛い思いをするなんて気の毒だ。

「治療が嫌になってさ、心配してくれてる皆に毒舌をたっぷりと吐いたしな。学校もせめて中学までは、ちゃんと通うべきだったのに、引き籠って殆ど行ってない。いつも死の恐怖に怯えながらも、早く楽になりたいと願ってた。親にも俺の世話や、医療費の支払いから解放してやりたかったし。でも皆に生きろって励まされるだよな。それはそれで辛かった。だって俺自身とっくに精気を失ってたし、生きる屍だったのにな。自殺みたいなもんだよ。だから地獄でしょ」

「勇、、、、俺だって同じ境遇だったらきっと生きる気力を失ってたと思う。皆に迷惑掛けてまで生きていたくないって。でも家族や周りの人達は、勇の事を失うのは絶対に怖かったと思う。彼等の気持ちも理解出来るよ。ごめん、こんなんじゃなんの励ましにもならないけど」

「すまん、しみっぽくなったな。それに玄が気を遣う事ない。俺なんかよりもっと厳しい闘病生活を送ってた奴だって、しっかり生きてたのを知ってる。俺は駄目男だったんだ」

「そんな~」

「俺さ、生きてる時にスポーツとか出来なかったからさ、実はここでこんなに思い切り動けるの嬉しいんだぜ。回復力やべぇくらい凄いしな。それに誰かのために何かをしてあげた経験もないし。スコーンを焼いて鬼が喜んでくれるのって結構心にくる。玄、有難うな。死んでからでもこんな気持ちを味わえて嬉しい」

 勇はそう言うとウィンクをした。

 俺みたいに何の苦労もせず生きてきた奴に感謝するなんて。能天気な健常者を見て不公平な思いを沢山抱いてきたはずだ。

「勇って何歳?」

 一見、俺と同じ位だろうが、精神年齢が高そうだ。

二十歳はたち。あっでも、21の誕生日の3日前に死んだから、俺は21かも」

「死んでからも歳数えるのか~」

「変か? だな~ あははは」

「はははは、、、、俺も二十歳、タメだな」

 現世でも勇は俺の友人だったように感じた。

「勇と同時に生まれ変わって、現世でも友達になりたいよ」

「だな~」

 そんなことを呟く俺を、勇は優しい微笑みとともに応えてくれた。

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