第42話 Never Knew
北の地で上杉との攻防を続けていた父、柴田勝家の身を案じた
信長の弔い合戦が勃発し荒れてゆく世で、大嶽丸達は、信長が愛した安土城と田畑を、守るしかなかったのだ。
「どうしたその怪我は」
柴田勝家が無事帰城し、若干安堵していた大嶽丸の前に、大怪我を負った耕作鬼の1人が、夜半近くに現れた。
「安土城が火の海なのだ。親方様の弔い合戦に乗じて、妖を成敗しておる。俺達の寝床も焼き討ちに合い、ほぼ全滅だ」
「なんだと! 卑劣な事を! 光秀か?」
大嶽丸は心を静める如く、大きくため息を付くと、参上した耕作鬼に駆け寄り、治癒の術を施しながら尋ねた。
「いや違う。恐らく秀吉の手の者だ」
「全て奴が仕組んだ罠か、、、、三郎」
大嶽丸は信長を偲ぶように瞼を閉じた。
「ちょっとちょっと待ったぁ! 俺、日本史ってあんまり得意じゃなかったけど、本能寺の変は知ってます!」
「あの時代に小角さんと耕三さんは居たってこと? 耕三さんって幾つなんだ、、、、」
「三郎の時代は最近の話だ」
「最近って、、、、500年近く前なんだけどな~。ごめんなさい、それで信長さんって妖を従えてたって事? だからあんなに強かったの? 自分の事を魔王とかって言ってたようだし」
「魔王? あははは、それは面白い。
否、周囲は三郎を鬼才と恐れ、鬼を使役しておるからだと信じておった。
しかし、あいつは聡明で尚且つ芯の強固な男でな、短命の人間にしておくのは、惜しいくらいだった。
三郎は、民の暮らしを楽にするために、俺様の力を必要とした。戦に巻き込んだり、戦の道具を造らせるなど、一度もなかった。
三郎の力だけで、あそこまで昇り詰めたのだ。大した男だよ」
「信長が生きておったら、この世がどうなっておったかと、想像したもんだな」
「でも信長さんって、凄い戦国武将だけど、反面とても怖い人だって、イメージもある」
「そうじゃな、泰平の世をつくるために、犠牲を払うのを、惜しまない部分はあった。丸はそれでよく口論になっていたな」
耕三の脳裏に過ぎ去った懐かしい場面がかすめた。
「僧侶を焼き討ちにしたと聞いぞ。狂乱したか!」
「あ奴等は、坊主の皮を被った獄卒の軍勢だ。改心せぬ故、生かしてはおけんかったのだ。民のためにならぬからな。そちも知っておるだろ、あ奴等の放蕩三昧ぶりを」
「しかし、女子供までも犠牲するのは合点がいかん。地獄に行っても、閻魔大王に、口利きしてやらんぞ」
「がははは、丸、余はそちが好きだ。ずっと傍に居てくれ」
そして
「小角、またそんな奇妙なモノを連れているのか」
「『田の神だぞ。豊かな実りを、もたらしてやっている己に、そのような物言い許さんぞ』と言ってるよ」
「そうか、それは失敬した。あ~余も妖と話が出来れば、毎日が楽しいだろうよ。
小角は余の希望じゃ。人間と妖が共に暮らせる世が、早く見てみたいの」
そう言って、柔らかい微笑みで妖の事を語る信長が、小角は大好きだった。
「三郎『信長』よ、済まぬが、お前『そち』の理想の世はつくれておらん。まだ蘇るのは嫌か?」
小角と耕三は、信長を偲びながら天に向けて呟いた。
玄は小角と耕三が、どれだけ信長を慕っていたか感じ取れた。
そして『本能寺の変』が全てを変えてしまったのだと悟った。
「秀吉さんって妖嫌いだったの? イメージ的には利用しそうだけど」
信長の後を継いだのは秀吉だ。妖が追い出されたのだとすれば、彼が関係しているに違いない。
「あの者は臆病者なのだ。自身で理解出来ぬモノは脅威と見なす。故にすぐ消そうとする。丸に対しては、目を合わすのも恐れておったな、ははは」
「妖を恐れなかった武将は数少なかった。そのため、見鬼の才があり、俺様や他の妖と反りが合う、三郎や権六、九郎も居ったな、あの者達は、皆の脅威となってしまったのだ」
「九郎って?」
「正式な名は何であったかな? 笛の上手な奴だ。鞍馬で天狗達に囲まれて、暮らしておった」
「源義経と言う名だ。玄も知っておるだろう。我は残念ながら、死んでおったので、逢うてないがな」
「九郎も俺様と馬が合い、非常に頭の切れる男だった。故に妖遣いと疑われ、恐れられた。そして最後は、兄に殺されたようなものだ。人間とは自身の弱さを正そうともせず、時に恐ろしい事をするな」
「義経って、、、、牛若丸!」
耕三さんのお仲間が凄すぎて、開いた口が塞がらない。
そう言えば源義経の首も、偽物説があったりして謎だった気がする。耕三さん、彼にも、空間移動の粉を渡したのかな。
救える命だったのに、彼等の意思を尊重した耕三の胸の内は、計り知れない。
また命乞いよりも、自害を選択する武士の魂が、如何に強固だったか、俺の様に平和ボケしている、現代の人間には、想像すら出来ないだろう。
「小角さん、耕三さん、沢山の友人を失ったんだね」
彼等の心情を表現するには、こんな生温いセリフでは全く足りない。ただ俺の口からは他に出る言葉がなかった。
そんな俺の気持ちを汲み取ったように、耕三は温かい眼差しを、投げかけてくれた。
「三郎の亡き後、全てが変わってしまった」
そして、昔の事だが未だ無念が拭えない胸の内を、吐き出していった。
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