第43話 Tolerance

 城内の渡廊下に、突如として登場した大嶽丸おおたけまるは、勝家に詰め寄った。

「決裂したとは、どういう事だ?」

「済まぬ、儂の力不足だ。信長様の弔い合戦で、手柄を上げた秀吉に、皆が加担してな。織田家の家督は、三法師様が継承される」

「3男坊の信孝ではないのか! 信忠が生きておれば、、、、全て秀吉の仕組んだ通りか」

「ああ、そして恐らく次の手は、儂を葬り去ることだろう。奴にとっては、目の上のたん瘤だからな。今や、織田家は秀吉に、乗っ取られたようなものだ」

 この言葉通り、柴田勝家は羽柴秀吉との対立を、高める事となる。


「この地が戦場になるのも、そう遠い日ではない。丸、今の内に小角おづぬと瑠璃を連れて逃げてくれ。妖も出来る限り集めろ。

万が一、秀吉がこの世を治める事にでもなれば、全ての妖は討伐されるだろう」

「権六、お前は俺様が守る。一緒に来い。これ以上、友を失いたくはない」

「丸、その言葉だけで十分だ。お主も知っての通り、儂は根っからの侍だ。

最後は自分で飾りたい。市も儂と共に城に残ると申してくれておるでな、ははは」

 勝家は心のはにかみが、隠し切れず頬を赤く染めていた。

「爺が、こんな時に惚気話か、余裕だな」


『勝家よ、長く想いを寄せていた市の方と、やっと夫婦めおとになれたと言うのに、俺様は武士道の前には、何と無力なのだ』

 大嶽丸は唇を噛み締め、心で嘆いた。


「瑠璃、そこに隠れておるのだろう。出て来なさい」

「お父上。大嶽丸様」

「この娘、儂の言う事を聞かず、ここに残ると申しておる。丸と行くのが嫌なのか?」

「その様な事はありません。ただ私は、お父上に育てていただいた御恩に、報いたいだけです。大嶽丸様、どうか小角おづぬ様を宜しくお願いいたします。

私の微力な法力ですが、お父上の御役に立つかもしれません。

私はここに残ります」

「瑠璃姫、、、、」

 大嶽丸は、瑠璃姫の瞳の奥に光る、強い決意を汲み取り、彼女の美しい姿を、胸の奥深くに刻み込んだ。


 親友であった、織田信長と柴田勝家を失った、悲しい過去を語る耕三と小角おづぬは、時折話を止め、胸の奥から噴き出す痛みに、耐えかねる仕草を見せた。

 玄は友を失う怖さを改めて感じ取っていた。

 そして瑠璃姫とは、耕三の想い人だったのかもしれない。そう考えると更に切なくなった。


 勝家との決戦に、勝利を治めた秀吉の勢いは日ごとに増し、朝廷をも巻き込み、妖討伐を指示した。

 天下に平安をもたらすには、妖が存在しない世が、好ましいと、強く信じていたのだ。

 そのため、大嶽丸達は、山の奥深くに移り住むと、結界を張り身を潜める生活を、強いられた。


「秀吉め、信長がこよなく愛した妖を、これほどまでに憎んでおったとは」

小角おづぬ、どうするつもりだ」

「奥州に隠れておったモノも、全て祓われたようだ。助けに行けなかった、、、、我の力不足だ、、、、皆、許してくれ」

 水鏡の術で、世の動向を偵察していた小角おづぬは、虚脱感で失心しそうになる自分と戦っていた。


「秀吉の勢を皆殺しにしたいか? 俺様達なら容易いことよ」

「心の動揺が隠せぬようでは、まだまだ我も修行が足らぬな。

そうだな、その手もある。だがそれでは、人間の中に住む、妖に対する恐怖を、巨大化するだけだ。信長や父上、死んでいった者達も、我等の力を利用せんかった。その遺志に背くことになろう。死んでから彼等に、小言を言われるのは嫌だ」

 小角おづぬは頭の後ろに手を添え、苦笑いをつくって見せた。


「そうだな」

「我の法力で黄泉路よみじを拓く。丸、済まんが、この地が妖達にとって、優しい世になるまで、黄泉よみの国で暮らしてはくれんか?」

「それでは小角おづぬが共に、来れないではないか」

「敵方にも多数陰陽師がおる。黄泉に入る途中で、路を閉ざされでもすれば、二進も三進も行かんぞ。それじゃダメだろうが。誰かがこちらに残らねばな。

幸い、我は黄泉に行けん。故に路を守るのに適任だろ」

「なら俺様も共に残るとする。小角おづぬの様な小童だけでは荷が重い」

「こら、子供扱いするな。もう元服の年だぞ。あははは」

「そうだったな」

「丸、そちには黄泉での暮らしを、豊かにすると言う大役がある。それは丸にしか出来ぬ。妖達の住処を、この現世の様に、美しい所にしてやってくれ。

でなけれ、妖をこの地から追い遣ったようで心苦しい」

小角おづぬ、、、、」

「頼む、丸、そちだけが頼りだ。義賢ぎけんや青の様に、友が目の前で祓われるのをもう見たく! そち等にこれ以上、人間を傷つけて欲しくないのだ!」

 肩を震わせ少年の様に、泣きじゃくる小角おづぬは、頭を深々と下げた。瞬く間に、彼の足元にある乾いた地面が、涙で潤っていった。

 丸は優しく小角おづぬの肩に手を添えた。

 輪廻を繰り返し妖を守ろうとする小角だが、今世ではまだ十代の若僧だ。こんなに若くして、逝かせてしまう彼の定を憎んだ。

 昔、自分や妖と関わらなければ普通に暮らせたかもしれないのだと。

「承知した。小角おづぬとはまた暫しのお別れだな」


『俺様もお前がまた、葬られるのを、見たく無いのだがな』

 丸は、この言葉を心の内に留め置いた。


「なぁ~丸。最後に海を見に行こうぞ。黄泉には海がないだろう。さすがのそちも海は創造出来ん。妖達の眼に残しておいてやりたい」

 目を真っ赤にさせた小角は、顔を上げると、若干安堵した面持ちで、丸に語り掛けた。

「ああ、そうしよう」

 陽の光に照らされ、キラキラと輝く大海原の景色と磯の香りは、現世の思い出として、妖の脳の最も深く、誰にも邪魔されぬ場所に焼き付いた。


小角おづぬ、大嶽丸、もうそこまで、追っ手が来ておる!」

「義覚、そちも早く黄泉へ急ぐのだ! さ、早く!」

「小角、俺は残る。お主を守る」

「ならぬ! 祓われたのでは、義賢の様にもう会えぬではないか。頼む、黄泉で待って居てくれ。いつかまた逢おうぞ! ヤコ、青、達者でな。そち等と遊べて我は楽しかった。さぁ! 急げ! 丸に続くのだ!」


「ノウマク サンマンダボダナン アビラウンケンソワカ」 

「妖共を逃がすな!」

「急急如律令!」

 敵方の陰陽師達が束になり、無数の護符を黄泉路の入り口に放った。


南無神変大菩薩なむじんべんだいぼさつ 」

 小角は結界を強化するのと同時に、途絶える事なく降り注がれる護符を水技で効果不能にさせた。


「入口を閉ざすぞ。皆、達者で! 丸、頼んだぞ!

 

  天・元・行・躰・神・変・神・通・力」


 小角おづぬは、両手で九字を切ると真言を唱えた。


「オンギャクギャクエン ノウバソクアランキャ ソワカ!」

 空中に出現していた黄泉への扉が、瞬く間に閉ざされ、その場に閃光が走った。そして光が落ち着くと、そこには何もなかった如く、以前の景色を取り戻していた。


 敵の陰陽師が放つ、止む事のない術により、小角おづぬが築いた結界にヒビが入り始め、その隙間に無数の矢が射られた。

「う」

 無事、黄泉路を塞ぐ事に成功した小角の肩を、1本の矢が射抜く。

「打ち方止め! その者は生かしておけ」

 先頭に立ち、指示を出していた1人の武将が声を掛けると、兵は弓を引く手を緩めた。すると後方から大将らしき男が現れる。

「妖を逃がしたか! 忌々しい妖遣いめ。その者を殺すな。妖遣いの最後が、どうなるか、さらし者にしてくれようぞ」 

 大将は騎乗したまま、取り押さえられた小角に近づくと、上から声掛けた。

「鬼共は助けにも来んのか。やはり薄情よな。あの様な異形を庇った事を、後悔させてやる。連れて行け!」

 しょっぴかれながら、小角おづぬは、満足した面持ちで天を仰いだ。

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