第41話 Soul Mate

 小角おづぬの魂が玄の身体から抜け出たが、夢の世界と違い玄の姿が消える事なく、尚且つ意識もハッキリとしていた。

 玄は現れた不思議な白い靄を驚きもせずに、ただ眺めていると、監一を始め猶予地獄の鬼達、そして耕作鬼達が法悦の笑みを浮かべながら姿を現した。

 辺りは小角との再会を喜ぶ活気で満ち溢れており、彼が妖達に愛されているのが玄にも安易に見て取れた。

「丸、千方ちかたの事もう知っておったか。相変わらず明敏じゃな。皆も健勝で何よりだ。こうして再会出来たのも全て武田玄信殿、そなたのお蔭じゃ」

 小角おづぬは玄に神妙な面持ちを向けた。

「小角さんですか?」

 身体を借りている時と異なり直接問い掛けられるようだ。

「ああ、武田玄信殿。そちには申し訳ない事をした。この通り我の傍若無人を許して欲しい」

 ただの靄であったが玄に対して首を垂れ、詫びを入れているのが理解出来た。

「どうして謝るのですか?」

「我はどうしても地獄に来る必要があったのだ。あの爆発事故の日、ヤコが危険を知らせに来てくれた。だが我はそなたを助ける事を選ばず、ヤコまで巻き添えにしてしまった。愚かな我を罵ってくれ。そなたを短命にしたのは、全て我の我儘だ」

 小角の吐露が予想外で息が詰まりそうになり、1つ深呼吸をした。

「ああやって小角おづぬさんとの再会を、心待ちにしていた妖達を見たら、俺なんかが役に立って良かったって思ってます」

「玄殿のお蔭で、皆に飯を食わせる事も出来た。心から恩に着る」

「玄でいいですよ。地獄に来る必要があったって、どうしてですか?」

「あの日、皆を黄泉に送ったことが正しかったのか、自問自答を繰り返していたからだ。玄殿は、信長を知っていると言っておったな?」

「はい」

「では、その辺りから聞かせよう」

 白い靄の小角は、空を見上げると悲し気な表情で過ぎ去った日々について切り出した。


 大嶽丸おおたけまるは安土城に向けて馬を疾駆させていた。地球であっても空間移動は可能であったが、突如出現すると人間が驚くため極力彼等の生活スタイルに合わせていたのだ。

「三郎」

 大嶽丸は、家来を引き連れ今まさに出発しようとする、この城の主、織田信長の名を呼んだ。

「おお、丸ではないか。手土産でも持参したか?」

「出陣すると聞いて駆けつけたのだが、たったこれだけの家臣がお供なのか?」

「問題ない。ハゲネズミが毛利との戦いに苦戦しておるゆえ、加勢してくれと文を寄越してきた。だが恐らくはったりだ。もう勝ちは決まっておるはずだ。余に手柄を取らせたいだけだろう」

「秀吉がそんな事を。しかしこの手勢で道中は大丈夫なのか? よく見ると引き連れておるのは、殆どが小姓ではないか」

「うむ? どうした丸? そちらしくないではないか?」

「ああ今朝から胸騒ぎがするのだ」

「案ずるな。戻ったらチーズと葡萄酒で祝杯だ。丸こそ、田村麿たむらまろに用心せえ。それと小角おづぬを頼むぞ。あれは余の希望だ。では行って来る」

「任せておけ。無事の帰還を祈っておる」

 信長は、大嶽丸に別れを告げると、少数の従者を引き連れ城を後にした。

「蘭丸」

「丸殿、親方様は童がお守りする。案ずるな」

「分かっておる。だが、これを持って行け」

「これは?」

 大嶽丸は懐から包み紙を取り出した。

「万が一だが、何かあれば、これを三郎の身体に振り掛けろ。肉体は一瞬にして消え去ろう。三郎の首だけは死守出来る。あくまで不測の事態が起こったらだ。しかし肝に銘じておいてくれ」

「丸殿、、、、あい分かった。お主の想いしかと受け止めた。では」

 大嶽丸は複雑な心中を隠し切れない面持ちで皆を見送ったのだった。

「三郎、無事でいてくれ。大切な友を失いたくないぞ。九郎のようにな」

 この時ばかりは、三郎に同行したい気持ちに駆られた。だが、妖を戦闘の道具として決して利用せぬ彼の強い意思に背くものだ。実は蘭丸に託した粉で空間移動も可能だ。三郎なら一目で見抜くだろう。しかし自身の命乞いに使用しないと大嶽丸には分かっていた。遠のいて行く三郎の後ろ姿を見つめながら、彼の無事を天に祈るしか他なかったのだ。


くだんを使って、三郎の行く末を占うべきだったか。そうしたとて、三郎は聞き入れんだろうがな」

 三郎の事が気掛かりな大嶽丸は、なかなか寝付けず、真っ黒い闇に一際黄金の輝きを放つ月を眺めていた。

「見事な月だな。三郎も眺めておるだろうか」

 そう呟いた時、何かが空間移動して来る気配を察知し、同時に大嶽丸の背後で微かな物音がした。

「三郎」

 床に血まみれで横たわる織田信長の姿が、大嶽丸の目に飛び込むや否や、彼は信長の上体を腕で抱きかかえた。

「この傷、、、、空間移動するなら自害する前に来い」

 そう告げると治癒の術を施そうと手を信長の身体に掲げようとした。しかしその手は血に染まった信長の手によって遮られた。

「丸、命が尽きる前なら、あの粉を使うて、そちに会えると思た。当りだったな。余は頭が良い、、、、ゴホゴホ、余の身体を鬼火で葬ってくれ」

 信長は、吐血を繰り返しながらも大嶽丸との再会を喜び、子供のような笑顔を大嶽丸に預けた。

「何をぬかす。これしきの傷、俺様には容易く治癒出来る」

「もう、辞世の句を読んだ。信忠も蘭丸も皆、今頃は逝っただろう。余も早く追いつかねばな」

「武士道とやらか、、、、」

 大嶽丸はもどかしさに胸が抉られながらも、信長の生き様を尊重する別の心と葛藤した。

「鬼火で葬れば輪廻転生出来ぬぞ。いいのか」

「ああ、構わん」

「それでは俺様に今後の楽しみがないではないか。そうだな、いつか折を見て、転生出来ぬか天界と話を付けてやる。不死である鬼に生まれ変わると言うのはどうだ?」

「がははは、ゴホゴホ、、、、それは良いの。さすれば丸と共に生きられるな。妖の言葉も分かる。丸、余はそちと出逢えて幸せであった。感謝する」

 涙が溢れ信長の顔面に染まった血を洗い流した。

「俺様もだ。いつかまた必ずお前を見付けだす。覚悟しておけ」

 信長の身体を支える大嶽丸の腕に力がこもり小刻みに震えると、信長はそっと手を大嶽丸の頬に当てた。

「ああ、まためぐり逢いたい、、、、の、、、、」

 呼吸が次第に弱弱しくなる信長の傍らに違う人影が参上した。

「信長! 逝くな。まだ我はそちに妖との平和な世を見せておらんぞ」

 小角は、大嶽丸の頬に添えられていた信長の手が、滑り落ちるのを受け止めると叫んだ。

「小角か、、、、空間移動の術が出来るようになったのか。感心じゃ。余が去った後、そち等に苦労を掛ける事になるやもしれん。すまぬな。妖と人間の架け橋になってくれ、、、、小角、大嶽丸、頼んだ、、、、ぞ」

 息絶える寸前まで妖と人間が共に暮らせる世を夢見ていた信長は、明智光秀の謀反によってこの世から去った。



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