第14話 Yes, Muffins

「マフィンを焼くのは窯の入り口でいいから、スコーンより楽だな」

 俺も勇に同感だ。

「だな~」

「このマフィンの生地でさぁ、パンケーキ作れないか?」

「勇、俺も同じことを考えてた。フライパンと油はある。フライ返しは多分頼めば何とかなる。問題は、鬼サイズのパンケーキをヒックリ返せるかだ」

 俺も勇も2人で共同して巨大パンケーキをヒックリ返すのを想像した。

「……」

「こりゃ大変だ」

「崩れたら最悪だしな」

「さっきのケーキ型の大きさなら出来そうだけど、鬼にとっては一口サイズか」

「一口サイズでいいかも。パンケーキのイメージって大きいのを想像するけど、外国では小さいのを重ねたパンケーキもあるよ。鬼さん達フォークもナイフも使わない、手で食べるしね」

「ジャムを作る時にさ、固まる手前で、火から上げてソースを作ろうぜ」

「勇の発想って、まじシェフなんですけど。うん、ソース作ろう。でもパンケーキと言えば、バターは欠かせない。早く作りたいな。それとカカオ豆も送って貰おう」

 パンケーキについて話し合っている間に、マフィンの良い香りが漂ってきた。

「お、出来たかな?」

 俺達は窯に入り、串を刺して焼き具合を確認した。

「最初に入れたのは、あとちょっとで出来そう、そっちはどう?」

「こっちはまだだな」

 窯から出て来ると遠目に大きい姿が近づいてきた。

「監一さん達、絶対に俺達を何処かから見てるぜ」

 勇はまたキョロキョロと辺りを見廻した。

 監一達は俺達に付きっきりで監視をしなくなった。時々様子を見に来る程度で、俺達への信頼が高まったのだと俺も勇も嬉しかったのだが、良く考えるとスコーンや今回のマフィンといい、焼きあがるタイミングで現れる。

「あははは、一応監視鬼だから、超能力とか使って観察してるかもな。あ、監一さん。匂いで気付いた?」

 監一と監二は、大きく手を挙げると、

「よ、どうだ調子は?」

「旨そうな匂いだな」

「もう少しで出来上がるよ」

「そうか、楽しみだな。耕作地から届いた面白い食材を使ったのか?」

 監一が好奇心に満ちた目で聞いてきた。

「うん、送ってくれたのはステビアで、今回作ったマフィンに入れてみた。それと、そのマフィンを焼くのに必要不可欠だった、型も一緒に転送してくれたんだ」

「玄が監一さん達に1番食べさせたかったマフィンだよ」

 勇が付け加えた。

「そう俺がここで作ってみたかったやつ。今回はプレーンだし、バター使ってないけど、なかなかの出来だと思うよ」

 マフィンが焼けるならケーキも可能だ。それに蜂蜜入りのホィップクリームと苺でショートケーキだって、、、、あ、でも泡立て器ってあるのかな? これもお尋ねリストに付け加えておこう。

「おい、玄! 聞こえてるか?」

「げーん」

 メニュー作りに集中し過ぎたせいか、監一と勇に呼び掛けられているのが、全く耳に届いていなかった。気が付くと、俺の作業場、否、厨房に10鬼ほどが集まっていた。

「ごめん、ごめん。ケーキのことを考えてたら、意識がどっか行ってた。鬼さんが集まってるね、どうしたの?」

「どうしたって、玄大丈夫か? マフィンとやらを食べに来たのだ。皆、茶持参だ」

 監二に突っ込まれた。

「あ、マフィンそうだった。皆ここで食べる気満々なんだ、あははは……」

「テイクアウトもいるぞ。厨房鬼に10個だそうだ」

「お、勇、もう注文聞いてくれたんだ、サンキュ、、、、でもテイクアウトって」

 転送だから違う気がする。トランスアウト?

「じゃあ、マフィンを取り出そう。もう焼き上がってるはずだ」

「おう」

 俺と勇は、窯に入り次々と焼きあがったマフィンを取り出した途端、俺の厨房に甘くて香ばしい風が漂った。鬼達はその香りを楽しむように目を閉じていた。

 初の地獄マフィンはなかなかの出来だ。重曹と天然酵母でこれだけ、フンワリとさせれるなんて、やっぱ、俺、天才。

 恍惚していると、ニヤニヤと笑う鬼に見られているのを察知した。

「ゴホンゴホン、、、、じゃあ、早速味見をして貰おう」

 俺と勇は、岩のテーブルセットで行儀よく座って待っている鬼達にマフィンを配り、厨房と耕作地にも送った。

 やはり鬼は甘党のようで、マフィン用に取り置きしておいた、パッションフルーツジャムを合わせると歓声が上がるほどの大好評だった。

「こんなに喜んでくれるって、やっぱいいな」

 勇が俺の横で呟いていた。


「監二、どうしてやつらが、ここに居るのだ」

「あ、大王が皆、平等にと、お達しを出されたのだ。どの地獄の鬼もここに食べに来れるようだ。知らなかったか?」

「聞いてはいたが、まさか奴等まで同等とは、なんてことだ」

 監一は、怪訝な顔で立ち上がると、玄に歩み寄った。

「え、監一さん、もう食べたの? お替り?」

 俺が、いつものように予め冷ましておいたマフィンをコンに与えていると、後ろから監一が怖い顔をして現れた。

 こんな厳しい表情の監一を見たのは初めてかもしれない。

「監一さん? どうした?」

 勇も監一のただならぬ様子を感じ取って尋ねた。

「あそこに、1つ目の鬼が居るだろ。あまり凝視するな」

 俺と勇は、何気ない素振りで監一が示唆する鬼を探した。

 監一の言葉通りそこには1つ目の鬼が2鬼、岩に腰掛けマフィンを食べていた。

 マフィンを他の鬼と同様、旨そう食べてくれているが、監一が懸念するように彼等が放つ雰囲気は澱んでいるようだ。

「監一さん、あの鬼さん達がどうしたの? マフィンを旨そうに食べてくれてるようだけど、クレーム?」

「くれ? 奴等は獄卒じゃ、奴等の人間への怨恨は恐ろしいほど深く、未だに人を喰らう。気を付けろ。そしてどのような難癖を付けられても無視しろ、関わり合うな。分かったな」

 監一が心から俺達を心配してくれているのが汲取れた。

「分かった。教えてくれて有難う」

「俺、喧嘩っ早い方だから、十分に気を付ける」

 監一の危惧とは裏腹に、獄卒は平穏を保ったまま俺の厨房を後にした。今回は何事も無かったが、また俺達の作った物を食べに来るだろう。

「ご機嫌な様子で帰ってくれて良かったな」

「でも確かにおっかない雰囲気だったな。今後も気を付けようぜ」

 俺と勇は肝に銘じた。


 転移は俺しか駄目だと監一が言うので、残念だが勇にはジャムの作業をして貰い、俺とコンだけコーヒー豆の乾燥場に到着していた。

「さてと、どんな具合に乾燥してるかな」

 コーヒー豆、ドライマンゴー、ドライトマト、全て完璧な仕上がりだった。俺は全部を各々別の麻袋に詰めると、勇の元に急いだ。

「コーヒーが出来るぞーー。それにこのドライマンゴー絶対に旨いはず」

「お、玄、お帰り。早かったな。トマトもドライにしたんだっけ?」

「そう、でも鬼って甘党なんだよな」

「何を作ろうと思ってたんだ?」

「まだチーズないけど、ほうれん草と合わせてキッシュかマフィン」

「めっちゃ旨そうじゃん。作ってみようぜ。甘党とかじゃなくて、どれも食べた事のない味だから旨いって言ってくれてるのかもよ」

「だな~ じゃあやってみるか」

 話の途中で、勇を見るとパンツ一丁だった。

「今からジャム鍋? 俺も手伝うよ」

 2人で手際よくジャムを仕上げると今回のジャムも貯蔵しておくため、涼しい環境に転送して貰った。俺達は少しずつだがジャムを蓄えているのだ。人手が増えない限り毎日ジャムが作れるとは限らないからだ。出来上がったジャムを食べたそうにしていた監一に、保管しておく理由を説明すると、鬼長に人員追加の依頼をしてくれると言ってくれた。

 またコーヒー豆もキュアリングと呼ばれる寝かせる工程を、俺の厨房では温度と湿度が高過ぎる可能性があるので、耕作地近くに送って貰った。

「さて、コーヒー豆の下準備が終わったらミルが必要だぞ。それにドリップコーヒーにするのか? エスプレッソは無理だろう」

 そうなのだ。残念ながら耕三と話す機会がなくコーヒー豆が乾燥してしまった。しかし監一にお願いして、俺がエスプレッソマシーンとドリップコーヒーを描写した案を耕三に送って貰っていた。

「ミルは小麦粉とかを挽いてるので代用出来ると思う」

「なるほど」

「あと、俺が描いた例の絵を監一さんから耕三さんに渡して貰ったから、、、、そろそろ返事があるといいけど」

「あ、あの絵?」

 勇が俺の絵を頭に思い浮かべ、噴き出していた。

「なんだよ~ 木の板に炭で絵を描くって無茶苦茶難しかっただろ。勇の方が酷かったじゃないか」

「はいはい、そうでした」

「俺にも玄の絵の意味が分からなったが、それを耕三は受け取っているはずだ。あれから、もう随分と経つな。やはりゴミと間違えられたか?」

「あははははは、玄ごめん、でも腹いて~ あはははは」

 勇は、堪えていた笑いが一期に解放されたようだ。

「もう! 監一さんもゴミって、、、、酷い」

 俺は少しメゲそうになった。あれでもコーヒーのために、皆の笑顔のために、一生懸命気持ちを込めて描いたんだ!

「すまんすまん。絵は俺にも描けん」

「ふん、慰めにならないよ」

「とりあえず、耕三と連絡を取ってみよう」

 監一が無言になった。

「今回の交信は長いな」

 俺と、笑いが治まった勇が静かに待っていると、

「おい、久し振りだな。スコーンもマフィンも旨かったぞ」

 久々に俺様耕三が現れた。

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