第46話 Departure

 小角おづぬは、他の陰陽師と違い、妖を使役しない。

 そのため長きに渡り、時を共に生きて来た耕三でさえ、契約を交わしていない。

 これは耕三が、他の陰陽師に仕える事を、阻止出来ないと言う事だ。


ちぎりか、、、、ないない」

 小角おづぬが右手を顔の前でヒラヒラとさせた。

「…… 相変わらずだな、フッ」

 耕三は、呆れた態度を小角おづぬに示しながらも、口元は緩んでいた。


「…… あの~ 小角さん、俺の身体が必要だったら、使ってくれて良いよ」

「だが、万が一、我が人界で葬られた場合、玄、そちはもう輪廻出来ぬ。

人生終わりだ」

『小角さんの一言一言に、重みがあるのかないのか、どっちだよ~』


「もう生まれ変われないって事? 地獄にも戻れないの?」

「ああ」

「今、この瞬間に出来る事をする! だったよね。先の事を心配しても仕方ないよ。俺、大丈夫だから。身体使って」

「なんか、その言い方、やらしいな、、、、でも玄、ほんまにいいんか? 

僕、よう分らんけど、これで玄とは、お別れかもしれんってことやろ? 何か寂しいで」

 義晴と茜が、寂し気な表情をにじませた。


「うわ――」

「きゃ――」

「うお―― びっくりした! 俺が蘇った時も、こんな感じだったんだ。ビビるな。勇!」

「勇が生き返った!」

「本当だ、勇君だぁ!」

 俺達3人は、未だ意識がハッキリとせず、虚ろな勇の視界に飛び込んだ。

「良かった! 本当に良かった! 俺を守ってくれてサンキューな、

俺のヒーロー!」

 俺は、安堵の心が抑えきれず、横たわっている勇の肩に頭を沈めた。

 すると、俺の頭を勇が、トントンと叩いてくれた。


「玄君は本当に泣き虫なんだから、、、、勇君、お帰り」

「勇! 玄の頭、邪魔。僕も抱き付きたいのに! 勇の身体が消えかけた時は、昔、病院で見送った事を、思い出してもうたわ。もう、あんな苦しい気持ちになるん、嫌やからな! ホンマに生き返ってくれて良かった、、、、」

「皆、サンキュ―。また逢えて嬉しいぜ」

「勇、、、、実は、治癒したの耕三さんじゃない。小角おづぬさんが助けてくれた」

「な~んだ、、、、なんてな。俺、殆ど死んでたんだろ? 耕三さんに、治癒して貰うなら、意識ある時がいいぜ」

 勇がウィンクをして応えると、俺達の輪に笑いが起こった。


 勇も、やはり全身に重みを感じ、直ぐには起き上がれなかった。

 そのため今までの経緯と、これからの動向を、横になったままで聞いていた。

「玄、、、、やっぱすげえ奴だったんだな。魂が違うって思ってたぜ」

「ほんまか!」

「その靄みたいな人が小角おづぬさん? 俺、助けて貰ったみたいで、有難うございます」

「無事に蘇って良かった。礼を言うのは我の方。玄の身体を、守護してくれた事、恩に着る」

「俺、初めて誰かを守って、初めて自分を褒める事が出来た。だから気分が凄く良いんです」

「勇、、、、」

「そして俺の助けた玄が、地球の人を助ける。スケールが凄すぎて、想像出来ないけど、かっこいいじゃん! 玄なら皆を笑顔に出来る。俺、信じてるから。

俺もカフェを頑張って守るよ。誰かに必要とされるって、まじで心地いい。

玄、有難うな」

「俺さぁ、絶対にここに帰って来れる気がする。だから、それまでカフェの事、頼んだぞ」

「おう」

 勇は横たわったまま伸ばした腕の先で、親指を立てた。

「勇、サンキュ―」


「玄君と、また離れるのは寂しいけど、その決断、玄君らしい。地獄カフェの事は、心配しないで」

 茜は、声を震わせながら言葉にしていた。

「茜先輩、俺、、、、実は、、、、」

 現世で、果たせなかった茜への想いを、告げようかと思ったが、ギャラリーに囲まれている事に気付き、再び想いを飲み込んだ。

「玄君?」

「あ、いや、うん、俺らしいと思う。カフェの事をお願いします」

「うん、任せて」


「玄、、、、死にかけたり、居なくなったり、忙しい奴やな。

地獄でやけど、玄と友達になれて嬉しかった。カフェの手伝い出来て、ホンマに楽しかった。

勇やないけど、僕も誰かのために一生懸命になれて、最高の気分や。ありがとうな。

あ―くそ―! 皆、男前な事、言うてたけど、僕はアカン、悲しいわ、寂しすぎる!」

 そう言うと、義晴は玄の肩に腕を回し、項垂れた。

「義晴、、、、小角おづぬさん凄い法術師だし、絶対にまた逢えるって! それまでカフェの事を頼んだぞ」

「分かってる、頼まれたる、、、、玄、、、、帰ってきてや」

「うん、人間守って、ヒーローになって帰ってくる! って、まぁ全て小角おづぬさんに、掛ってるんだけど、あははは」

 俺は、握り拳をつくると、皆と自分自身に強く誓った後、頭の後ろを掻いた。


「あらら、大役だな。我も踏ん張って玄を守らねばな」

「借りものの身体だ、忘れるなよ。俺様も玄にまた、ここで会いたいからな」

 玄達が、お互いに別れの言葉を交わしているのを、眺めていた耕三と小角おづぬが、再び殺気を感じ取った。


「玄、そろそろかねばならぬ。いか?」

「あ、小角おづぬさん分かりました。じゃあな、行って来るよ」

 玄が、勇達に最後の別れを告げ、手を振ると、小角おづぬが身体に入り込んだ。

「この身体、必ず守ってみせる。皆しばしのお別れだ」

 玄の身体を通じて、小角おづぬが皆に約束をした。

「カフェを頼んだぞ」

「うん、任せて、耕三さん。小角おづぬさん、玄の事を宜しくお願いします」

 勇の言葉が終わるころには、2人の姿はもうカフェには無かった。


 夢の時と同じく、身体のコントロールは、小角おづぬに奪われていたが、俺の意識はちゃんとしていた。

 しかし今回も小角おづぬと会話が出来ないのかと、疑問を抱き問い掛けてみた。

「玄、何だ?」

「あ! 今回は俺の声が、聞こえてるんだ。やった!」

「ああ、ただあまり返答は、してやれんかもしれん。我はそんなに頭が良くない。混乱するでな、あははは」

「そっか~ 大変な時だと邪魔になるから、黙ってるよ」

「何かあれば、遠慮せず問うて来て構わん。そちの意見も、必要になるやもしれんでな」

「分かった」


 視界は、雲の中を猛スピードで、飛行しているようだった。

『やっぱ小角おづぬさんも耕三さんも凄いよな。かっこ良過ぎる。千方さんってどんな人なんだろう』


 耕三と小角おづぬが一旦停止した。雲が眼下にありとんでもなく高い所に、浮かんでいるのだと分かった。

『げげげ、俺、高所恐怖所なんだった! ここって飛行機みたいに、高度ブラブラメートルとかだよね、、、、ひえ~』

 怯えているのを小角おづぬに感ずかれないように、平常心を保つ努力をしていると、目の前に誰かの影が見えた。


「久し振りだな、千方ちかた。そちは霊魂のままか。器は借りておらんのか」

小角おづぬか、、、、凝りもせず、また余を止めに来たか。汝は何故その様な器に入ったのだ」

「現生を経験したかったのでな。地獄にも遊びに行きたかったのだ」

「戯けた事を。大嶽丸ではないか。なんじまだ小角のモノでは、ないようだな。余のモノになれ。悪いようにはせんぞ」

「千方、相変わらず俺様が欲しいか。残念だが、俺様は誰のモノにもならぬ」

「なぁ~ 千方よ、そちが眠っている間に、この世は随分と変わってしまったぞ。朝廷のように、横暴な者はもうらん」

 小角は、話し終わるや否や、千方の腕を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る