第10話 First Baking

 コーヒー豆等の乾燥が一段落したので、俺の作業場に戻って来た。

 勿論コンも一緒だ。

 耕作地からはパイナップルとジャムの材料が、そして大きな器も幾つか届いており中には小麦粉と鬼団子の材料と思しき酵母などがそれぞれの器に入っていた。水を汲むためだろう大きいバケツも置いてあった。

「おおおお、ココナッツオイルに牛乳だ! これが重曹、、、、確か鉱石があるとか言ってたな。でも現世にあるのと同じだ。

ワイン酵母か~ これも混ぜたらベーキングパウダーが無くても膨らむだろう」

「あれ? もしかしてこれオーブントレイかな? 必要なんだけどこんなに大きいと不便だ。監一さん、この鉄の板みたいなの半分に出来ない?」

「容易いことだ」

 そう言うと俺の前にあった数枚の板が消えた。

「サンキュー」

「じゃあ、俺早速またジャムを作るよ。窯ってどの辺? ジャムを作る鍋の近くだといいけど」

「ああ、確か向こうの方だ」

 そう告げると材料を全て鍋の近くに転送してくれた。

 鬼団子の材料でパン以外に何が焼けるかな? 

 マフィンが焼きたいけど型が無いと難しい。木材以外の器がないか今度聞いてみよう。バターもクリームも今日はないし。

 あれこれと頭に浮かんだが針修行中に考える事にした。

「じゃあ、鍋の近くでね」

 針山の修行を始めようと思った時、監一に掴まれた。一瞬にして、俺とコンは鍋近くに移動していた。

「あれ? ここまでの修行はいいの?」

「お前、窯業もあるだろ。ジャム業とで十分だ」

「やったー、、、、あっ」

 と言って直ぐ俺は口を押えた。修行の身だ。やったーはさすがに駄目だろう、あははは。

「じゃあ早速ジャムだ」

 前に設置したデカ包丁では作業が捗らなかったので、耕作鬼から借りた収穫包丁でパイナップルの皮を剥き、前と同じ手順でジャムを完成させた。初めて作ったパイナップルジャムだが、苺よりも更に甘味があって味見係りの監一には好評だった。

「鬼ってもしかして甘党?」

 コンもフワフワの尾っぽを振りながら俺の身体を舐めていた。

「あははは、コンくすぐったいよ~ 狐もそんなに尾を振るんだ~」

「さてさて、次はスコーンを作ってみようかな。でもさすがにサトウキビじゃ難しいな。パイナップルジャムを混ぜたら生地に甘味が無くても大丈夫だろうか」

 と考えていると黄金に輝く液体が目に飛び込んだ。ちょっと指を入れて舐めてみる。

「なななななんと、こっこここここれは! ハニーだ~」

「ハニー?」

 あははは、監一の響くような太い声で『ハニー』と呼ばれると

気恥ずかしい、、、、って何考えてんだ俺!

「蜂蜜じゃん!」

「さよう、蜂蜜だ。耕作地に蜂が巣を作っておって時々採取するようだ」

「砂糖代わりに完璧。美味しくなるよ~ それに前に話したクリームだって砂糖が無くても蜂蜜で代用すれば旨いはず」

 スコーンにパイナップルジャムを加え無くてもいいだろう。

「じゃあ、窯に連れて行ってくれる? 窯を確認してから作業はあっちでする」

「承知した」

 俺は服を掴みコンを抱えると監一に転送して貰い、見た目かまくらのオーブン前に到着してした。

「でかいな。これに入るのか~ とほほ」

 だが、今更ひるんでいられない。

「随分と使ってなかったんだよね?」

 その割には余熱完了状態だ。

「これは火起こしが不要だ。下に流れる溶岩で熱しられておる」

 温泉街にピッタリだな~ 

「じゃあ、火加減ってどうしたらいいんだろう?」

「厨房の窯も同じじゃが、厨房鬼は煙突を付けておったの」

「なるほど、、、、とりあえずどんな温度か確認してみる」

 と偉そうに言ったもののどうやって? 思案していると

「これを使えば簡単じゃないのか?」

 監一に温度計のような物を渡された。

「修行場で使うのだ。人間が燃え尽きてしまっては困るからな」

「お、おおおおお すっげ~ 地獄にもあるなんて」

 考えてみれば俺、ここには何も無いと馬鹿にしていたのかもしれない。元々鬼達は人間の世界に居たんだ、それにここにも人間界があるんだし、他にも必要とする道具があるかもな。それに空間転移が出来る鬼の方が文明が進んでいる可能性もある。しかも俺様耕三が居るんだ。あいつに頼んだらエスプレッソマシーンも出来るかも! 食事が質素なのは欲がないのか、それとも単に拘りがないからかな?

 ブツブツと呟きながら窯の中の温度を計ってみた。

「150度 低温だな? 入口付近だからかな?」

 勇気を出してオーブンの中に入ってみた。

 カフェで働いていた時、自身がケーキのようにオーブンの中に入る事になるなんて、全く想像していなかった。あの時の自分に教えてやりたい。

「うわ~ さすが沸点より高い」

 身体が焼け付くような熱さである。

「奥の方だと200度 鬼団子を焼くのにはちょうど良い温度だ。ここのって厨房のよりも温度が低いのかも。煙突要らないと思う。もし可能なら窯の入り口閉めれる方がいいな」

「なるほど、確か昔は蓋があったはずだ。探しておく」

「お、いいね。サンキュー じゃあ鉄板が届くまでにスコーンの生地を作ろうと思うけど、監一さんは休憩いいの?」

「玄はどうだ?」

「オーブン、、、、窯に生地を入れてしまったら焼き上がるまで少し時間あるから、その時休憩するよ。コンに少し出来上がったスコーン上げてもいい? あと俺も味見していい?」

「じゃあ食事はその時でいいか? 味見なら構わんだろう」

 俺はガッツポーズ! そして俺の横にくっついているコンの頭を撫でた。

「では、その生地とやらの作り方を見てから休憩所に行くとする」

「了解」

 ジャムと同じだ、器が大きいのでまた俺の身体で材料を混ぜるしかない。粉の入っていた器にパンツ一丁の俺が入ると、

「監一さんが残ってくれて良かった~ 悪いんだけど、そのココナッツオイル、ヤシ油を少しずつこの粉に入れて欲しい。次に蜂蜜や牛乳も少しずつ加えて欲しい。だまにならないように俺がその都度混ぜないといけないから、1人じゃ無理なんだよ~ 手伝って貰っていい?」

「そう言うことなら良いだろう」

「じゅあ、先ずヤシ油からお願い」

「ココナッツオイルか?」

「あははは、それは横文字でオッケーなんだ。そう! ココナッツオイルを少しずつ入れて」

「こうか」

 監一はココナッツオイルを粉のてっぺんに振りかけた。

「うわ~ 常夏のビーチに居るみたい」

「ビーチ?」

 監一は呟いていたが俺は粉を混ぜるのに息を切らし始めた。ビーチ気分が一変、砂地獄に落ちた状態に変わっていたのだ。

「じゃあ次に蜂蜜を少し入れて」

 監一が蜂蜜を投入した。

 べとべと感が凄くて混ぜ辛い。そして牛乳を加えられるとコンクリート詰めだ。更に酵母を混ぜると匂いでホロ酔い気分になり、ますますコンクリートに沈められそうになった。

「やっべ~」

「何か言ったか?」

 俺はフラフラ状態になり応えられなかった。生地作りは想像以上に肉体労働だったのだ。

 最後に生地を器の外から取りやすいように片側半分に集め、それによじ登ってコンクリート地獄から脱出した。

 器から出ると川で身体を綺麗にし、再び生地の入っている器に戻ると先程よりも随分縮小化されたオーブントレイが届いていた。

「ははは、まだかなり大きいな。でも持てない事ないし。かなりの数を焼くんだもんね。案外便利かも」

 そう思いながら生地をトレイに並べていった。耕作鬼用に普通の大きさと、鬼の一口サイズも作った。

「出来た。じゃあこれを窯に入れよっと。スコーンは高温だよなって事は奥に入るのか…… コンと鬼のためだ頑張れ俺!」

 気合を入れてトレイを先ず1枚入れた。全部で8枚あったトレイを全部オーブンに収めた時には俺の身体は焼け焦げ水に飛び込むと湯気が出た。でも不思議と地獄のパンツは燃えないらしい……鬼のパンツだからだろうか?

「最強の修行だ」

 スコーンが出来上がるのは楽しみだが、反面またオーブンに入る必要があると思うと苦痛だ。トホホ

 少しめげそうな俺の足に生暖かい感触がした。

「コン! 慰めてくれてるのか! サンキューな~ 俺頑張るよ」

 俺はコンを抱き上げると顔をすり寄せた。

「休憩するか?」

「あ、うん。スコーンって結構早く焼きあがるから、ちゃっちゃと食事する」

 監一が渡してくれる今日の食事を受け取った。

 食事を掻き込みながら、時折スコーンの焼き具合をチェックした。

「酵母でスコーンって初めてやってみたけど、上手く出来そうだ」

 再びオーブンの中に入り順番にトレイを取り出した。勿論鍋掴みなど無い、、、、いやそんなのはあってもお願い出来ないだろう。なので素手で熱しられたトレイを持つしかない。手の皮がトレイにくっ付くのを剥がしながら、次のトレイを取り出す。最後の1枚をオーブンから引き揚げた頃には手の皮膚の再生も追いつかず骨が剥き出し状態になっていた。

「自分の手でも、これはグロい」

 でもスコーンの焼き上がりには満足だった。

「ふっくら膨れているし、外はカリっとしている。地獄スコーン第1号、大成功だ」

 予想していたよりも見た目は上手く出来ていた。

「次は、いよいよ味見だ~」

 最初に取り出したトレイから1つだけコン用に予め冷ましておいたスコーンを手に取り、コンに与えた。すると、パクっと食べてくれた。

「あれれれれれ、、、、、、俺どうしちゃったんだ~」

 視界が急に暗くなり俺は地面に倒れ込んだ。

「玄」

「クーンクーン」

 監一とコンが心配してくれる声が遠くに聞こえたが、やがてそれも俺の耳には届かなくなった。

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