第9話 The Myth

 監一に問い掛けられたあやかし。本や漫画に登場するが架空の生物だ。

「うん、聞いた事はある。でも実物を見たことないし、俺だけじゃなくて殆どの人間が妖は存在しないと思ってるよ。でも、妖は実在していて大昔には人間と共存していたって事?」

「そうじゃな、俺のような大きな鬼も昔は耕作鬼くらいだった。角や牙も大半は持っておらず、あったとしても今よりもずっと小さかった。力は人間より数倍勝っており、特殊な能力も持ち合わせていたが、人間は俺達を怖がる事は無かった。しかし時代と共に人間達に世を支配する欲が出てきてな、領地争いに妖、特に鬼や龍の能力を利用しようと俺達の争奪戦が起こった。そしていつしか人間の戦に巻き込まれるようになり、人間に使役した鬼や龍同士の闘いを強いられたのだ。しかし殺生を好まない妖達は反旗を翻し、、、、とは言え、闘いが好きでない俺達は結局身を隠して生活するしかなかった。だが鬼や龍の中にも血の気の多きモノもおってな、人間を殺めたモノは俺のように図体だけでなく角に牙も巨大化し、人間に見付かり易くなってな次々に殺さる羽目になった。やがて人間は妖を忌み嫌うようになり、お伽噺等で妖は恐ろしく成敗する生き物だと説くようになってな。人間界で生き辛くなった俺等はここ黄泉の国で暮らすようになったのじゃ」

 淡々と昔話をする監一を見つめながら、人間は何て身勝手な生き物なんだと憤りを感じた。耕三の言った通り今でもその傲慢さは変わっていない。

 確かに俺達は小さい頃から『鬼』は恐ろしいモノで『桃太郎』や『一寸法師』などにあるように成敗される対象であり、鬼を倒した者は英雄と称えられる。幼少期から洗脳されているって事か? 俺が無言でいると、

「嫌な話を聞かせてすまんかったな」

「そんな~、俺は人間の身勝手さに腹が立っただけ。監一さん達鬼が悪い事をした訳でもないのに追い出すなんて、、、、ごめんなさい。俺に謝られても人間が過去にしたことの何の足しにもならないし、第一俺みたいな罪人に頭下げられても全く罪滅ぼしにならないけど、本当にごめんなさい」

 そう言うと俺は正座をして頭を下げた。

「おい、よせ。謝罪が欲しくて話した訳ではない。それに妖も悪い事を全くしなかったとは言えん。農作物を必要以上に荒らしてしまうモノもおったしな」

「そんなのは今でもいるよ。前に見た蝶だって人間の世では害虫。人間に必要じゃないモノは全部排除するんだ。俺達は何も変わっていない」

「こいつ等コン達も、もともとは妖狐でな。人間に随分懐いておった。しかしこいつ等は人間に化ける癖があってな。人を惑わせてるつもりは無いのだが、人間に不都合な事が起こると妖狐に騙されたからだと訴えるようになり駆逐の対象になっていったんじゃ。それでも犬などと混血し半妖として未だに人の世に住んでおるモノの少なくないが、人間に裏切られたと考え俺等以上に人間を憎んでおる狐鬼が多い」

「まだ現生に居るんだ。会ってみたかったな~ コンも辛い思いをしたんだね。ごめんよ」

 コンの頭を撫でながら告げた。

「コンに角が無いってことは半妖なの?」

「いや、どの半妖も黄泉では暮らして居ないと聞くが。陽の光が必要だからか、食べ物が無いからなのかは分からんが」

「そっか~ 後光と太陽って違うんだ。それに犬も狐も肉食だもんね」

「俺、黄泉で暮らす鬼さん達に旨い物を作るよ。償いになんてならないけど、せめて地獄での生活がもっと楽しくなるように非力だけど俺頑張る」

 そう言って両腕に力こぶを作った。

「あははは、楽しみにしておる。さてと話が長くなってすまんかったな。飯の時間だぞ」

「あ、そうだった。監一さんの話で何だかお腹、否、胸が一杯だ。あははは」

「そうか、がははは」

「食事をしながらでよい、コーヒーとやらはどうだ?」

 食事の包を広げると、オニギリとスターフルーツが入っていた。

「美味しそう! 俺随分と甘やかされてない?」

「いや、お前の食事を取っておくのを忘れておってな、耕作鬼にマンゴを頼んだついでに飯もお願いしたのだ。耕作鬼の飯の方が好きか?」

「うん、、、、、いやいや厨房鬼さんのも好きですよ」

 危ない危ない。でも厨房からはオニギリはあまり出ない、と言うか手が大きいからかオニギリじゃなくて、茶わんをヒックリ返したご飯みたいな、それにこんなに程よく塩が効いてないんだよな、と思いながらオニギリにかぶりついた。

「やっぱ、うま~い」

おっと、口に出してしまった。監一はチラリとこちら見たが俺は気にせず話を続けた。

「ここの熱風がコーヒーの乾燥に適していて早く出来そう。だけど俺肝心な事を忘れていて、コーヒー豆は乾燥した後、一定期間休ませるんだよ、場合によっては2カ月とか。そこまで厳密にしなくてもいいと思うけど、今乾燥しているのかなり大量だから10日ずつ期間を置いて焙煎していこうと思う。どれだけの期間を休ませてから焙煎するのが美味しいか味比べが出来るしね」

「なるほど、なかなか大がかりじゃな。じゃあその間に他の物を作れるか?」

「うん、もっとジャムも作りたいし、注文したマンゴとトマトをここで乾燥する。あとは厨房にある窯なんだけど、修行場で似たようなのない?」

「窯か。そう言えば使ってない古いのが、玄が作業している修行場にあったはずだ。窯に人間を入れる業は、出入り口が混雑するので止めになったのだ」

  あははは、俺1人だと混雑しないし窯業はやらされるな…… しょうがねぇ

「鬼団子を作る材料を全部ください。あと牛の乳の脂って分かる?」

「あの、ドロッとしたやつか? 確かクリームとか言ってたような。上の人間界では人気じゃ」

「人間界、さすがだね~ クリームに砂糖を混ぜて泡立てて食べてるんかな?」

「いや、甘くはないようだぞ。耕三の話だと脂っこいだけで旨くないと言っておった」

 げ! もしかしてそのまま飲んでるとか? 

「その他に何を食べてるんだろう? もしかしたらチーズやバターがもうあったりして」

「耕作鬼も厨房鬼も時々上とやり取りをするから、お前の欲しい物があるか聞いてみてやる」

「うお、さすが監一さん頼りになる。今度リストにしておく。紙とペンがあると便利だな」

「紙? 書く物の事か? 炭と木の板がある」

「おおおお、いいね~ ふ~、御馳走様でした」

 ちょうど俺が食事を済ませたタイミングで、ドライマンゴなどの材料が大量に届けられた。

「最高だ~ それにこのサイズの包丁なら扱いやすい」

 恐らく農作業に使うのだろう収穫包丁に似た物が一緒に届けられた。

 先ずトマトを半分に切ると塩を振りかけた。

「さすが耕一さん達だ。乾燥するのに適しているトマトを送ってくれた。ローマトマトかな?」

 トマトの水気を切っている間にマンゴの皮を剥き適当な大きさに切り籠に入れていった。

「監一さん達って人間の世界から追い出された後、ずっと地獄に居るの? 上には行けないの?」

 マンゴの作業をしながら監一に話掛けた。

「そうだな。俺達がここに居るのも修行だ」

「え? 修行? あっそっか人間を殺めたって言ってたね」

 俺もお伽噺の影響で鬼は恐ろしく人間を喰う化け物だと信じていた。しかし地獄で実物に会ってからそんな恐怖心を抱いた事がなかった。恐らく修行がそれに勝るからかもしれないが、ここに居る鬼は人間が苦しんでいるのを喜んだり、追い打ちをかけたりしない。ただ自分達の監視と言う仕事を淡々とこなしているようだった。

 憎っくき人間だ。ましてや鬼を殺した人に地獄で会ったかもしれない。しかし鬼にとってもここが修行なのだとしたら、憎悪の念を抱く事は仏の意思に反するのだろう。あんな風に感情を殺して仕事が出来るなんて、、、、そう考えると鬼の方が人間よりも、よほど仏に近い存在だと言える。

「鬼にも位があってな。皆、鬼神になる事を目指しておる」

  監一が続けた。

「鬼神!」

  確か節分に『鬼は内』と掛け声をする地域があったな。他の地域で追い出された鬼の神様を招き入れるんだったっけ?

「凄いな~ 監一さんも早く鬼神様に成れるといいね」

「ああ~」

  照れながら応じた。

「耕作鬼さんが小さいのは何故?」

「耕作鬼達は昔から農民でな。人間の世界でも人里離れた田舎に住んでおったため、最後までその地域に住む人間とは、いざこざは無かったようだ。しかし人口の増加によって他から移住して来る人間が多くなってな、住み難くなったようだ。耕作鬼を豊作の鬼神として未だ崇拝しておる人間も存在する。年々信じる者が少なくなって来てるがの」

「耕一さん達、神様だったんだ!」

「まあ、奴等はそんな事、微塵も思って居らん。黄泉の国で平和に暮らせればよいだけじゃろう」

「だから耕三さん、監一さんに偉そうだったんだ……」

「偉そうか? 感じた事はなかったな。耕三は技術者で科学者だ。昔は耕三達のお蔭で妖だけでなく人間の暮らしも随分と豊になったのだ。しかし最後は辛い思いをしたがな……」

「エンジニア? それにサイエンティスト? ただの俺様野郎じゃなかったんだぁ~ すげえぇぇぇええ! 辛い思いって、、、、」

「いつか耕三達と話をする機会もあるだろう? 一応奴らは神だ、難しいかもしれんが」

「監一さんが鬼神になったら人間の世界に戻るの?」

「どの神になるかにもよるな。しかし大半がそうだ。現世に祀られている神社で暮らす事になるようだな。俺達鬼も日光や大地と磯の匂いが恋しいのだ。俺は雪が好きだ。こう見えてもスキーとやらは達者だぞ」

 人間によってここに追いやられた鬼達を気の毒に感じた。

 それから、監一がスキーをしている姿を想像してみた……あんな大きな足で滑るのだろうか? あはははは

「しかし、黄泉の国に不満などない。ここは安全で良い所だ」

「監一さん色々と教えてくれて有難う。俺、トマトとマンゴの下準備が出来たから乾燥して来る」

 何故だろう話を聞いていると申し訳ない気持ちからか涙腺が緩んできた。なので慌てて監一の前を立ち去った。

「あ、でも涙って出ないんだったな」

 後ろを振り返ると監一が大きな指で優しくコンの頭を撫でていた。

「監一さん…… 熱さや痛さになんて負けるもんか! 旨い物作るぞ~

エイエイオー」 

 頑張れ~ポーズが決まったところで、マンゴとトマトにレモン汁を全体に掛け、コーヒーと同様に並べた。





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