第8話 The Finding

 俺がかなり近くに寄っても狐らしき生物は、もう威嚇してこないようだ。そしてやはり動けないようだ。

「ちょっと看せて、って俺に治せるか分からないけど」

 ただここは暗くて良く看れない。明るい所に連れて行けないだろうか?

「あのさ、ここ暗過ぎて君が怪我をしているのか分からないんだけど。向こうの方に連れて行ったら嫌かな?」


「何をやっている?」

「うわ―――― びっくりした」

 突然頭上から声を掛けられ、奇声を上げてしまった。

 暗黒の世界に俺の絶叫が木霊した。

 動物を刺激しないように気を付けていたのが無駄になった気分だ。慌てて動物の方を見るとまだ同じ位置で座っていた。

「よかった~ ごめんね。ビックリしたでしょ」

 と言いいながら頭上を見上げると鬼がいた。監一ではない。誰だ?

「あ、監二さん」

「何やってるんだ? 玄を見に行けと監一に言われた。お、狐鬼こきではないか? 何故こんな所に居るんだ?」

「こき? って言う動物なんですか? 漢字だと狐に鬼かな? さっき発見したんですけど、動かないんです。暗いから怪我しているのか分からなくて」

 説明すると、

「こいつらは通常耕作地辺りに居る。あそこなら食べる物があるからな」

 監二はそう言うと、狐鬼に近づき抱き上げた。

「冷えておるな。随分と弱っているようだ。熱光の所に連れて行こう」

「監二さん、狐鬼大丈夫?」

「体温が下がっておる。長い間何も食べていないのかもしれんな。怪我をしているのか明るい所で看てみよう。しかし不思議だな。通常ここに住むモノは治癒力が高いのだが」

 やっぱりそうなんだ。怪我や病気をしても治るってことだよな。

 俺は小走りで監二の後を追った。

 監二が小動物をそっと地面に下した時、やっとその姿をはっきりと確認出来た。

 第一印象は、

 「真っ白だ~! モフモフの尻尾! やっぱり現世だと狐かな? 少し大きい気もするけど、、、、犬ぽい?」

 動物園の狐や、神社に祀られているのを思い浮かべると若干犬っぽい気もする。

「この狐鬼には角が無い、半狐か? それに白いとは珍しい。さてと、どうしたんじゃ? 耕作地で悪さをして番竜に追い払われたか?」

「地獄に居る狐にも角があるんですね。でもこの子には無い、、半狐? 狐鬼も耕作地の作物を食べちゃうんですか?」

「耕作地では十分に食べる物があるのだが、たまにな悪さをする物がおってな。あまり度が過ぎると番竜が追い払うのだ」

「番龍ってもしかしてドラゴン?」

「どら、、、、何だ? 地獄の龍だ。めったに姿を現す事はない」

「龍! すげ~」

「何はさておき、こいつの状態を確かめないとな」

「あ、そうでした。すみません。ごめんな~ お前狐鬼なんだな」

「恐らく耕作地から落ちてしまった衝撃で腹かどこかを強く打ったんだろう」

「耕作地からの落下! それは大事故じゃん。骨とか折ってるんじゃ?」

 監二は優しく慎重に狐鬼の両足や身体全体を確認した。

「擦り傷が身体中にあるようだが骨に異常はない。しかし衰弱が酷いな。もう何日もあそこで蹲ったままだったのだろう。まぁここでこうして熱光を浴びていれば体温は上がる。あとは食い物を用意するか。」

 監二は無言になった。きっと誰かに信号を送って食べ物を送って貰うんだ。

「便利だよな~」

 食べ物を待っている間にコーヒー豆の乾燥具合を確かめながら、全体的にかき混ぜた。

「良い具合に乾燥してきている。期待通りに早く作業が終わりそうだな」

 機嫌良く狐鬼の居る所に戻ると、監二が食料を与えていた。

「食べそうですか? きっと水分も必要でしょうね」

 監二と狐鬼の様子を覗き込むと、鬼の手が特大なため世話をするのが容易ではないようだ。

「あの~ 監二さんの手、大きいから大変じゃない? 俺が世話しましょうか? コーヒー豆の乾燥具合も確認が終わったしね」

「そうだな。じゃあ頼めるか」

「はい、俺動物大好きなんで、嬉しいです」

 俺は狐鬼の横に座っていた監二と交代した。

「上から落っこちまったのか? 痛かっただろう。ほら、水分取れるか?」

 話掛けながら水の入った器を狐鬼の口元に置いた。しかし反応がない。そこで俺の指に水を含ませて狐鬼の口を湿らせた。すると舌で少し舐めたので何度か同じ事を繰り返すうちに器から直接ほんの少しだが、水を飲んでくれた。

「えらいぞ~ お前。早く元気にならないとな。何か食べれるか? ここに旨そうなレタスとマンゴがあるぞ」

 あれ? 狐って肉食じゃなかったっけ? 地獄では殺生出来ないからベジタリアンなんだろうか? 

 レタスを与えても興味が無かったが、マンゴに変えると少しだけ舐めた。

「食べないと早く元気にならないぞ~ マンゴが食べれるなんてラッキーだな。やっぱりお前にも名前はないんだよな」

「名前は持っていないだろう。どうだ玄なら何と呼ぶ」

 監二は俺と狐鬼を交互に眺めながら尋ねて来た。

「コン かな? 狐の定番の名前だけど」

「コン 覚えやすくていいな。 お前はコンだ。 耕作地に戻れるまでは玄に世話してもらえ」

「え? いいの? だったらめっちゃくちゃ嬉しいけど」

「第1発見者だしな、わし等じゃ図体がデカイから捻り潰しても困るしな」

「…… あははは」あり得る話なので突っ込めない。

 こうしていると、俺が子供の頃に路上で見付けた仔犬の事を思い出した。保護をして暫くの間、面倒を見てやったのだ。

「あいつどうしたのかな? 幸せになれたのかな?」

 狐鬼にあの時の仔犬が重なって見えた。

「さて、あのコーヒー豆とやらに後どのくらい掛るのだ」

「現生なら2週間は掛かるけれど、ここの環境だと少し早く乾燥するかもしれない。それでも1週間は要すると思う。だから時々監二さんか誰かが、俺をここに連れて来てくれるなら、もう少し乾いた後で、一旦修行場に戻っても大丈夫。泥棒なんていないでしょ?」

「そんな不届き者は居らんな。妖にも食われないだろう。承知した。ではわしはその事を監一に伝えに帰る。玄はまだここにコンと居ろ。飯も持って来てやる」

「え? もう帰っちゃうの? 分かった。じゃあお願いしたい事があるのですが」

「何だ?」

「ここでコーヒーの世話をしている間に、何か他にも乾燥しようかなって。マンゴとかドライにしたら旨いんで」

「マンゴが必要なのか?」

「レモンも、それと可能ならトマトと塩も欲しい。あと包丁も、、、、と言いたいけどあのデカイサイズの包丁しかないのかなぁ? 耕作鬼さんって包丁使わない? ハサミでもいいけど」

「じゃあ耕作鬼に尋ねてみるとする」

「お願いします」

「承知した、、、、逃げるなよ! がははは」

 笑い声を残して消え去った。

「監二さん、何しに来たんだろう。でもコン良かったな。俺だけだったらどうしてやったら良いのか分からなかったから、助かったな」

 ちょっとだけコンの顎の下に手を近づけ、そっと優しく触ってみた。

「コン」

 嫌がらずに触らせてくれたのだ。フワフワの毛並。もっとバサバサしているのかと思ったけど犬や猫と変わらない感触だ。次にゆっくりと怖がらないように頭を撫でてみた。

「コン 可愛いな~ フワフワだな~」

 目を細めて俺が撫でるのを受け止めてくれた。感動である。まさか地獄で動物と触れ合えるなんて夢にも見なかった事だ。

 ダメだ、、、、俺はもうすでにメロメロじゃん!

 コンの頭を撫でながら、

「狐鬼ならここに角があるんだ~ どんな角なんだろう? コンは落下した時にどこかで失くしちゃったのか?」

 と思ったが、頭に傷も無いようだ。

「悪い事って何したんだ? 耕作地には、たくさん美味しそうな物があるし、食べたくなるよな。でも元気になって耕作地に戻っても今度は気を付けるんだぞ。龍に追い掛けられたらおっかないよね~」

 コンと居ると久々に心が安らいだ。恐怖心を抱かずに普通に話せる相手が出来たみたいだ。

「本当に可愛いな~」

 コンの世話とコーヒー豆の乾燥作業をどれくらいの時間行っていただろう。

「誰も来ないな~ 俺忘れられたか?」

 監一も監二も現れず少し不安になった頃、突然目の前に食事の入った塊と竹筒が空中に出現し、ゆっくりと俺の前に落っこちた。

「お! 飯だ! 竹筒には水かな?」

 喉が渇いていたので竹筒の栓を開け飲んでみた。

「これ! コーヒー豆のお茶だ~」

 何故か特別扱いされているようで恐縮してしまう。

「よ! 遅くなってすまんな」

 監一が戻って来た。

「監一さん。食べ物と、このお茶有難う。俺の分だけじゃないぽいけど、監一さんも一緒に食べるの?」

「いや、念のために多く送っただけだ。それよりそいつが保護した狐鬼か」

 監一がコンの方を見た。

「そう、可愛い奴なんだよ~ 監二さんがコンの調子が快復するまで俺が面倒見ていいって。本当にいい?」

 俺はそう説明すると、コンの頭を撫でた。

「それは構わん。しかし珍しいの、狐鬼が人間に触れさせるとは」

「え? どういう意味? コンは大人しいよ。多分衰弱してるからだと思うけど」

「ここ黄泉の国で住むモノは俺達鬼も含め、遠い昔は人間の世界で暮らして居った。あやかしと呼ばれる物だ。知っておるか?」

 監一は自分達の過去を語り始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る