第4話 Field Trip

 厨房からの帰りは下りだったので、割と早く修行の場に戻ることが出来た。

 先ずは針山だ。ここで何か料理の道具として使える物を探そう。修行は相変わらず苦痛ではあったが楽しい事を考えているからか、脳と身体が分離している様な感覚で、耐え難いものでは無くなっていった。

 熱い鉄板では炒られながらも、これでコーヒー豆を焙煎出来るかと思ったら、興奮のあまり熱さもそっちのけで、あっという間に通り過ぎた。

 蒸気道だ。この勢いがある蒸気に取り付ける管か何か似たような物があれば、エスプレッソが可能だ。牛の乳って牛乳だよな! すげ! もしかしたら、ラテも夢じゃない! 蒸し器に使えば、天津も出来るぞ! あ、でも、地獄ってやっぱり、殺生しないだろうから、ベジタリアンかな? 野菜だけでも旨いのを考えないと。ちょっと待て、カフェから遠のいたか。蒸しケーキでいいか。違う違う、鬼さん達の賄いを考えるんだ。

 思考をフルで回転させている間に最後の串刺しの刑で死んでいた。

「え~ 蒸気で色々と考えていたら終わっちまったよ~」

 あれこれと料理の事を考えていると毎日の修行が少しずつだが楽に感じられた。

 修行中でも絶え間なく続く独り言と時々ニヤケる俺を、鬼達は愉快そうに見ていた。

 そんなある日、以前に厨房に連れて行ってくれた鬼が、配給された食事をしていると話掛けて来た。

「よお、お前、鬼長に話したぞ。耕作地行きの許しが出た。毎日しっかりと精進していたようだからな。俺も付いて行く」

 まじで! この鬼、本当に親切だし頼りになる。

「わ―――― 本当ですか‼ 有難うございます。毎日、料理の事を考えていたら、修行も楽しくて色々とアイデアも浮かびました」

「がはははは。楽しいとは、初めて聞いたぞ」

 そう言うと、バンと背中を叩かれた。あまりの強さに食べていたパンが口から出た。

「すまんすまん」

「ゴホンゴホン…… 大丈夫ですよ、あははは。ところで、鬼さんは、瞬間転移出来るんですよね? 俺、否 僕に付き合わせてすみません」

「構わん、道中はお前の修行の場だ。見張りが必要だからな」

「あははは。やっぱり」

 道中の修行は恐ろしいが、ここに来る食材が育っている畑や果樹園が見れるのだ。なんてラッキーなんだろう! そう考えると、直ぐにでも出発したい気分に駆られた。

「いつ行けるのですか?」

「今からだ」

 直ぐに行きたいと確かに思いました。でもマジかよ! まぁいいや、支度する必要ないわけだし。食後に始まる修行に行く変わりに耕作地へ向かう途中にある修行をするのだ。

「分かりました。宜しくお願いします」

 そう告げると立ち上がった。

 鬼に連れられて、地獄ではまだ足を踏み入れていない方向へ歩を進めた。

 いつもの修行場から離れてすぐ、ここでも最初に出現した難関は、針山だった。それもかなりデカイし、生えている針もいつものよりも長かった。しかしここで死ぬわけにはいかぬ! 俺の決して長いとは言い難い足を懸命に伸ばしながら、1つ1つ針を超えた。

「しかし、多いな~ とほほ」

 途中、くじけそうになりながら鬼に急かされ何とか針山は越えられた。この後も、蒸気道や溶岩が流れる川越えなど、まあ相変わらず厳しい場ではあったが、何とか耕作地の近くまで来たらしい。

 すると、急に地獄で感じるような猛暑ではない環境に出て来た。まだ暑いと言えるが、どちらかと言うとトロピカルな感じで、苦痛ではない気温だ。

「あれが、耕作地だ。今回の修行では最後に死ななくていい。ここまで来た意味がないからな」

「本当ですか?」

 その事は、少し気にはなっていた。いつものように死んでたんじゃ時間が無駄だと。

「それは助かります。耕作地の見学に、出来る限り時間を費やしたいと思っていましたので」

「早く行くぞ。飯も耕作地にある物を食うぞ」

「やった~」

 喜んで鬼の後に続いた。すると、

「あれって、、、、あの光ってなんですか? まさか陽の光なんて地獄にないですよね?」

 後ろで興奮気味に呟く俺に気付いた鬼が振り返った。

「なんだ。あの光か?」

「はい、あれって」

「天界から漏れ出る後光の光だ」

「後光‼ 天界、、、、仏様」

 その光があまりに有難く感じ、思わず手を合わせた。

「ありがたや、ありがたや…… 家内安全⁇」

 残念ながら死んでしまった俺にはもうお願いする事は無かった。俺のお袋と親父どうしてるんだろう。ふと現世での家族の事が気になった。ここに来て以来初めてだ。犯罪者の家族として苦労していない事を祈ろう。そんな俺を鬼は急かさずに待ってくれた。

「そうか」そう言うと、俺は手をポンと叩いた。

「後光の光で、植物が育っているのか! 素晴らしい! だからマンゴーもあんなに甘くて美味しいんだ」

 そう渡された食事はどれも味付けはシンプルだが、食材その物の味が楽しめた。緑黄色野菜も、色が今まで見た事のないほどに鮮やかだった訳が分かった。

「御仏の有難い光を浴びた食材を口にすることで、少しずつだが汚れた魂が浄化されるのだ」

「本当に有難たいです」

 そう言うと、もう一度、その光に向かって手を合わせた。そして足をその光の方へ進めた。

「行くぞ」

「あ、はい」

 鬼と俺は、耕作地の門前に着いた。鬼が門を通るには、しゃがみ込んで入らないといけないほど、鬼には小さい門だった。

「この門、随分と小さいですが、入れますか?」

「ああ、何とかな。耕作鬼は人間と変わらない大きさだ、よってこの門も小さく作っておる。まぁ、監視鬼がここに入る必要もないので問題ないがな」

 そう言うと、鬼は四つん這いになって、何とか大きいお尻をつかへながら門を通り過ぎた。

 俺もそれに続き、念願の耕作地に辿り着いた。

「ここは!」

 感激度、100パーセント以上だ。ある程度の想像はしていた。日本の田畑の様な感じかなと。ただ、俺は都会育ちだ。旅先の車窓からやテレビでしか田畑の風景も見た事が無かった。

 後光の光が差す中、目の前に野菜畑が広がっていた。そこにはレタスやキャベツ、ネギも育っていた。他にも緑が見えたが、俺には何かよく分からなかった。その奥には、お米かな? でも田んぼじゃない。穂のような物が育っていた。上を見上げると、木が沢山あって赤や黄色の実がなっていた。果樹園だろう。マンゴあるかな? 

「想像していたよりも、広大な田園風景! こんなに沢山の作物が育ってるなんて、まじで凄い!」

 俺が興奮していると、肩を叩かれた。

「こんにちは。人間。どうやってここへ」

耕作鬼こうさくき、邪魔する」

監視鬼かんしき。人間をここへ連れて来たのはお前さんか?」

「ああ。前もって言ってなかったな。驚かせたか。すまん」

「随分と興奮しておったが畑が好きか? ここで修行でもする事になったのか?」

 俺の前に、俺よりも20センチほど高いだろうか? 普通の人間ではバスケ選手のような長身で体格の良い、1つ頭に角を持つ鬼が話しかけて来た。きっと、耕作鬼こうさくきと呼ばれる鬼だろう。

「あ、お邪魔してます。突然来てしまってすみません」

 そう言うと、頭を下げた。

「はい、僕、料理が好きで、耕作鬼さん達が育てている作物に興味があったので、連れて来て貰いました」

「料理?」

「僕には、まだ簡単な物しか作れませんが、鬼団子を薄く切って、あの美味しそうなレタスですよね? それを挟んでサンドイッチにしたりとか」

「さんど、、、、、、」

「こいつは、旨い物が作れるらしい。いつも飲んでるお茶も黒くして飲んだ方が、旨いと言っていた。あと、俺はジャムとやらが早く食ってみたい。甘いらしい」

 鬼さん、説明してくれ有難う。俺が言うより説得力がある。

「へ~ 旨い物か。それは気になるな。しかし大王がお許しになったのか?」

「鬼長から言付けて貰った。俺達、鬼にも旨い物を食う権利はある」

「なるほど。まあそれなら、案内しましょか? お茶の元は1番奥だな」

 そう告げると、耕作鬼が歩き出した。すると、後方に違う耕作鬼が見えた。やはり人間より背は高いが、角が無ければ見た目は人間とあまり変わらない。

 そう言えば、鬼って名前ないのかな? お互いの名を呼び合ってるのを聞いた事がない。

「おい、どこへ行くんだ? なんで人間が居るのだ」

 そりゃ、皆さん同じ意見ですよね。また監視鬼が説明し、2人目の耕作鬼に続き、3人目も現れ、皆で耕作地を見て回る事になった。

「あの~鬼さん達のお名前を聞いてもいいですか?」

 禁句だったかもしれないが、会話をしていると「鬼さん」って呼ぶと皆が振り向く。結構面倒だったのだ。

「名か。大昔はあったがな。もう忘れてしまったな」

「大昔はあったんですか?」

「ああ。今は必要ないからな。人間の様に名を呼び合わなくても、お互い誰と話しをしておるのか分かる」

 超能力かテレパシーって事か。それは便利。でも俺には無理なんですけど。

「あの~ 俺、僕にはそう言う能力がないので、皆さんの事、鬼さんとしか呼べなくて、、、、正直ちょっと大変なのですが。名前がある方が、どの鬼さんに話掛けたいのか分かりやすいかなって」

「わしらは面倒じゃないからな」

 はい、全くその通りです。

「その名を覚えるのも面倒だ」

 はい、ごもっとも。

「でも、名があってもいいかもよ」

 鬼の年齢とやらは全く予想が付かないが、それでも最後に現れた3人目の耕作鬼は、1番若そうで、話方も俺に似ている気がした。その若鬼が名にちょっと興味を示してくれたのだ。

「なら、俺の事を何と呼ぶ?」

 大きい監視鬼が聞いて来た。

「監視鬼さんだから、、、、監一かんいちさんってどうですか?」

 そう名付けた途端、他の鬼も興味を持ったようだった。

「監一 悪くない」

 名を付けられた、監視鬼も満足そうだ。良かったぁ~ 超安易に付けたから、怒られるかとドキドキした。

「じゃあわしは、何じゃ?」

「そうですね。耕作鬼さんだから、耕一こういちさん、耕次こうじさん、耕三こうぞうさんってどうですか?」

 そこに居た、耕作鬼3人、順番に名を付けた。皆なかなか嬉しそうで、お互いを名で呼び合っていた。でもふと不安になった。名づけるって親がしたり、住職にお願いしたり確か凄く重要な仕事だ。俺の様な罪人が付けるのは良くないんじゃないか。

「あの~喜んで貰えて嬉しいのですが、やっぱり僕が鬼さん達の名前を付けるって、とんでもない気がするんですけど」

 鬼達は顔を見合わせて、少し考え込んだ。

「確かに、身分のある方のみ名があるな」

「そうじゃな」

「でも、こいつが俺様達と話しがしたい時だけだろ? 正式に名を持つ訳じゃない。いいんじゃないか」

 あははは、俺と同じようなノリだ。でもこのお蔭で他の鬼も納得がいったようだ。

「まあ、そうだな。全界に示すのではないしな」

 と言う事で、ここに監一、耕一、耕次、耕三が、俺の世界だけに誕生し、俺は皆に連れられ先ずは野菜畑を見に行く事になった。

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