第3話 Hell's Kitchen
厨房は、小高い丘の上に位置していた。想像していたよりも俺達人間の修行場から離れていて、地獄のような蒸し暑い環境では無かった。
「それにしても、この地響きと唸るような音は何だ? え! もしかしたら鬼達のイビキ?」
聞き耳を立てると、
「この音は間違いない、、、、あの大きい鼻と口から発せられる寝息だ~」
どうも鬼達の寝床もこの辺りにあるようだ。俺達人間が脱獄しないように一応、夜通し交代で監視をしているのだろう、この時間に休んでいる鬼達が数人いるようだ。
「この先だ」
そう言うと、鬼が指差した。
そこには、大きな倉庫? のようなシンプルな建物が1つあり、煙突だろうか? 煙が出ていた。
台所があるんだ、と考えると急にワクワク感が湧き出た。そして勇気を出して鬼に話掛けた自分を褒め称えた。
倉庫のような建物にドアはなく大きな入口だろう、そこから中に入ると、エプロン? のような物を身に付けた、鬼がそこに5人いて、休憩時間だろうか、床に座り何かを飲んでいた。
俺は、鬼のエプロン姿に
「ちょっと可愛いんですけど」
と心で呟いた。
厨房鬼の1人が俺に気付き、ここまで案内してくれた鬼に話掛けた。
「何だ、その人間は? 味見するのか?」
すると、他の厨房鬼も会話を聞いて、俺の存在に気付いた。
「人間を喰うとまた昔に戻っちまうんじゃないのか?」
「そうだったな。それに人間は旨くないとも聞く」
「人間を喰ったらどうなるんだっけ?」
「でかくなるんだな。しかし不味い者を喰って業が長くなるんじゃ採算が合わん」
あの~俺を喰う話になってるんですけど? まじで? でかくなるって俺がか? もしかしたら、騙されてここに連れて来られたんじゃ!
地獄での修行と違って、喰われちまったら俺はまた元に戻るんだろうか?
おどおどしていると、
「違う違う。こいつを喰うんじゃない」
「何だ、違うのか? だったら何だ?」
「こいつが、飯を旨く出来るって言うからな」
「旨くだと?」
そう聞いた厨房鬼達の眉間のしわが、更に深くなった。
おいおい、ヤバいじゃん。鬼さーんここに連れて来てくれた事は有難いんだけど、いつもの食事が不味いって意味じゃないんだし、そんなにストレートに言わなくても……
「旨くなるとは、どう言うことだ」
他の厨房鬼もせっついてきた。
「どうやったら、旨くなるんだ」
「お前、また説明しろ」
「いつも、食事を作ってもらって、有難うございます。いつもの食事が美味しくないと言ってる訳じゃありません! 鬼団子も最高ですし、果物なんて生きてた時に食べた物よりずっと美味しいです」
「そうか」
ちょっと嬉しそうにするエプロン鬼達を見て安堵した。雲行きが少し怪しかったからだ。
「旨くするってどうやってだ?」
おおお、興味ありそうなんですけど!
「食材、あ、野菜とか煮込んでスープにしたら違う味も楽しめます。ちなみに塩とか砂糖とかあるのでしょうか? お酒は?」
「塩は、清め用の岩塩が至る所にある。酒も神主どもが供えに来るし、こちらの人間界でも作っておるようだ。砂糖も供物であるが上の人間界の奴らが取ってしまいよるので、いつもは手に入らぬな。しかしサトウキビなら育っておるぞ」
そう言うと、実物を持って来てくれた。
「うわ~ すっげ! これからジャムとか作ったら美味しいと思う。現世でやったことないけど、白い砂糖を使うより断然いいはず」
つい興奮してしまった。目を輝かせて語る俺に興味を持ってくれた鬼は、
「ジャム?」
「おお、こいつが言うには、鬼団子に付けて食べたら旨いらしい。果物から出来る物だ」
「甘いのか? それは旨そうじゃな」
「他に何がいる?」
「そうですね。前に卵を見たのですが、鶏がいるのですか?」
「卵? あ~ 畜生界に動物がいるからな。卵や牛の乳もある」
「まじで! 最高。そしたら、さっき話したバターも出来ますし、ケーキやマフィンや、、、、他にも色々!」
「あの~ 今度で良いので、耕作地にも連れて行って貰えないでしょうか?」
こうなったら勇気を出してお願いしてみた。
「そうだな、あそこに行けばもっと何が作れるか分かるな」
大きく『うんうん』と首を上下に振って俺は頷いたが、
「しかし、遠いぞ。お前は毎日修行をせねばいかんからな。今日もそろそろ戻らねばならぬ」
あちゃ~ やっぱり修行はあるんだよな。仕方ない。
「待てよ。耕作地への道のりも修行みたいなもんだぞ。あそこに歩いて行くなら剣山や赤の川があるしな」
厨房鬼の1人が教えてくれた。
「そんな場所からいつも食材が運ばれて来るのですか?」
「ああ、しかし俺達、鬼は、転移出来るから問題ない」
転移! わ~ さすが鬼は違うわ。他に何が出来るんだろう?
「今日はひとまず引き上げて修行しろ。俺が、鬼長に尋ねてやる」
鬼ってきっと心優しいんだと思う。生きてる人間より話せば分かり合えるみたいな。
「有難うございます。宜しくお願いします。じゃあ戻りましょう」
修行から逃れるための口実を作っていると思われたくなかった。ここは地獄だ。俺は罪を償わないといけないのだ。
しかし、帰り際、
「茶でも飲んでいけ」
「そういや、こいつ飯は道中で済ませたが水分を取らせていなかったな」
そう言いながら、俺をここまで連れて来てくれた鬼が、厨房鬼から器を2つ受け取った。
俺は、その器を受け取ると頭の上に持ち上げて、感謝のポーズを取り一口飲んでみた。
何だこの味は? お茶だと思ってただけに、甘いお湯の様である。中を見ると、白い粕の様な物が沈んでいた。
「このお茶は何ですか?」
「これか?」
そう言うと、再び立ち上がり、、、、(何度も取りに行かせてすみません)白い豆のような物を持ってきた。
「これだ。これをつぶして湯を混ぜて飲んでおる」
ピーナッツではないし、これは何だろう? 匂いを嗅いでみた。
甘い? 白っぽい? この形! しかも豆の周りに赤い実が付いていた跡がある。
ええええええ! もしかしてこれは――
「これって、赤い実の中身ですか?」
「そうだ、良く分かったな。果肉があまりないが、種も旨いからお茶にしておる」
やっぱりだ‼
「これ、コーヒーです‼ どこで手に入れたんですか?」
興奮のあまり前乗りになって尋ねた。
「それも耕作地で育っておるぞ」
「すばらしい‼」
俺のあまりの感動振りに、鬼達は顔を見合わせると笑い出した。
「お前、本当に面白い奴だな。なんで地獄なんか来ちまったんだ」
「厨房に来れたってことは、まだ猶予地獄か」
「そうだ、こいつはまだ未確定だ」
鬼達の会話が理解出来なかった。猶予って何だ? 未確定って、あれでまだ本当の地獄じゃないって言うの? まぁ、いいや。俺にとっては、地獄は地獄。
そんなことより、コーヒーが飲めるかもしれない。そっちの方が重要だった。
生のコーヒー豆って実物を見た事がないが、どんな物か調べてみた事があった。
こんな所で、しかも死んでから役に立つとは! 偉いぞ、俺!
「その赤い実の中身を焙煎すれば、美味しい黒い飲み物になります。是非やらせてください!」
「何? 黒くなる」
そう言うと、鬼達は不思議そうにお茶を覗き込んだ。
「焙煎って何だ?」
ははは、全部1からの説明だ。でも楽しい!
「コーヒーの豆を炒るんです。フライパンで出来ます」
「パンか?」
「鬼団子の事か?」
あははは……
「いえいえ、地獄の修行にある大きな鉄の板みたいなのです」
「おお、あれのことか。パン」
「あ、フライパンです」
「俺、あ、僕、修行に戻ります。戻って、あそこにある道具で、何が作れるか真剣に考えたいので。お茶ご馳走様でした。器どこで洗えばいいですか?」
そう言うと、立ち上がる俺を見て、
「あんな場所に喜んで飛び込む奴も初めてだな。お前は本に面白いの」
鬼達が、また笑った。
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