第2話 Suggestion
高一の時からガス爆発を起こしたカフェルージュでバイトをしていた。長年真面目に働いた勤務態度が認められて、大学生になってからは調理やコーヒーを淹れる仕事まで任されるようになっていた。カフェで働く面白さに目覚めた俺は、高校の時に親に連れられて訪れた外国にあるような、ラテとマフィンが食べられるカフェの経営を夢見るようになっていた。
「俺の過失って閻魔大王が言ってたな」
あの時、確か他の従業員が、ガス臭いと訴えていたのを思い出した。週末の昼時で、忙しく構ってられなかったのだ。俺が、注文のパンケーキを焼こうとフライパンに火を付けた途端、爆発が起こったのだ。
「やっぱ、俺のせいなのかな」
「
「告白も出来なかった。ちくしょう」
茜先輩もカフェの経営に興味を持ちだしたらしく、最近になってバイトのない日の大学の帰り、2人で他のカフェ調査をし始めたところだった。
「無念じゃ~」
そう呟くと、最後の1片になったパンを口に放り込んだ。
食べ終わると同時に鬼に急かされ、また列に並び、昨日なのか分からないが同じ様に針山から始める修行をさせられ、また最後に息の根を止められて本日の業は終わりだ。
どれくらいだろうか同じ修行を繰り返すうちに、ふと興味深いことに気が付いた。
まず、ここ地獄は、調理道具が結構揃っているのだ。人間を炒るためのフライパン、蒸気が湧き出る道具、鍋や串に槍。粘土質の土壌のため、粘土でオーブンも造れるだろうし、石もゴロゴロしているので、これらも使えそうだ。火の気は大量にある。水も三途の川から流れてきているのか、現世よりも綺麗で美味しい飲み水だった。問題は食材だ。今までに配られた食事は意外と多岐にわたっていた。ごはんや野菜も出た。卵もあった。それにこのパンの歯ごたえからすると、水と小麦粉だけじゃない気もする。イーストやベーキングパウダーに乳製品もあったりして。しかしこれまでに出た食事では、パンやごはんなどの主食以外は、茹でてある物もあったが殆ど生のままだ。飲み物は、俺たちはただ流れている水を手ですくって飲んでいたが、鬼達は湯気の出る物、多分お茶だろう、水以外も飲んでいるようだった。しかし、それ以外は鬼も俺たちと同じ食事をしているようだ。ここに居る人間は、1食しか出ない食事に文句を言う者を見掛けなかったが、鬼達は違うようだった。俺の死体の傍で、人間界での食事が味わってみたいと話しているのを時々聞いた。
「欲じゃないのですか~」
と突っ込みたくなったが仕事の後で毎日この食事では同情してしまう。
「人間界って現生の事だろうか? それともあの世にも人間界ってあるのだろうか? 人間にまた転生出来る人は、あの世にある人間界からの蘇りかもしれないな」
「じゃあ、あの世の人間界では、どんな物を食べてるんだろう」
なんだか無性に興味をかき立てられた。
「鬼に話掛けたりしたら、即時阿鼻地獄行きだろうか? でもこのモヤモヤ感嫌だし、聞くしかねえな」
そして、ある日いつもの様に食事を落としていく鬼に勇気を出して話掛けた。
「あの~ ここでも、もう少し美味しい食事を作れるかもしれませんよ」
これまでにも、縋り付いて助けを求める者や、攻撃してくる人間はあったようだ。それに、食事の事で文句を言う者も少なからず居ただろう。しかし、俺がさっき提案したような
「美味しい食事」
なんて事を、言い出す奴は居なかったからだろうか、鬼は通り過ぎずに立ち止まった。
「お前、何か言ったか?」
何故だろう、鬼に話掛けられても怖くなかった。のんびりの大男に応じて貰った気分だ。
「あ、はい!」
「このパンとか、食事も凄く有難いのですが、働いてらっしゃる鬼の方々まで同じ食事をされているのは、少しお気の毒と思いまして」
「例えば、このパンに、このイチゴで作ったジャムを付けて召し上がったら、もっと美味しいだろうな。あとは、パンがあるなら小麦粉があるんですよね? 小麦粉があるなら、パンだけじゃなく、俺、否、私の得意なスコーンやマフィンなども作れるかな~ と思いまして。牛乳や卵など、どんな食材があるのか教えていただかないと、はっきりと言えませんが」
きっと俺が話した事があまりに想定外だったのだろう、鬼は立ち止まったまま暫く考えていた。すると、向こうから食事を配り終えた鬼達が、俺の横で立ち止まったままの鬼の様子が気になったのか、集まって来た。
「何をしてるんだ?」
「こいつに何か言われたのか?」
「どうした?」
鬼に囲まれると高層ビル群の中に居る気分だ。
「お前、さっき俺に言ったことを、もう1度、仲間に説明しろ」
「あ、はい。あの~ どのような食材があるのか分からないので、お約束は出来ませんが、それでもきっと今皆さんが召し上がっている食事よりも、美味しい物が作れると思います」
「ここ地獄には、フライパンなどの調理器具や火も水もありますし、お野菜など生ではなく、料理した方がもっと美味しくなるはずです」
「さっき話してたジャムだったか? あれも説明しろ」
「あ―― ここでマンゴやイチゴを食べさせていただきました。これらに火を入れると、ジャムが出来ます。まあ、お砂糖やペクチンも必要なので、人間界で食べられてる物と同じじゃないかもしれませんが、パンに付けて食べると美味しいです」
俺は、今日配られたパンを手に取って説明した。
「パンって、そのボソボソしたやつのことだな。前に誰かに教えてもらった」
「そうです。これです」
「それが旨く食えるのか?」
「はい。クリームがあればバターも出来るかもしれません。そしたらもっと美味しいです」
鬼が俺の話に興味を持ってくれている事に嬉しくなった。
「ちなみに、パンやご飯はどこから来るのですか?」
「パン、、、、鬼団子や飯は、厨房鬼が作っている。食材って何だ?」
「お野菜やフルーツにお米の事です」
ここにも料理人が居るんだ。ってことは、台所があるんだろうか? 鬼団子、、、、うける! 日本で商品化したら売れそう!
「ああ、それのことか、殆どがここで育っている」
「え? マジで! すげ~…… あ、間違えた。それは本当ですか? 田畑などがあるってことですか?」
「田畑? 耕作地の事か? ああ、それは耕作鬼がやってくれている」
「すげー! あのマンゴは絶品」
「お前、面白い事を言うな。ここでの修行が大したことないって事か?」
え、、、、まずいなんか話が違う方向へ行きそうな予感がした。
「ととととととんでもないです! 痛いのなんのって、毎日死にそうですって、もう死んでますけど。でも修行ですから。自分が炒られながら、これでコーヒー豆を焙煎したら美味しいだろうなって考えたりしますが。ここの火力最高なんで」
「がはははは」
何故か、鬼の皆に笑いが起こった。他の人間も食事を止めてこっちを見ていた。
「コーとか、ばい何とかやら意味不明だが、厨房鬼に会ってみるか? あいつらが作る飯が不味いと言ってやるか?」
「めめめめっそうもない! 美味しくないなんて」
「まあいい、儂等だって、旨い飯が食いたいからな」
すると、他の鬼達も
「そうだな」
「俺も食いたい」
と続いた。
そう言うと、両脇を抱えられ俺は立ち上げられた。
「あ、今から」
俺まだ今日の食事してないんだけど……まっいいか。そう思っていると、1人の鬼が俺の食事を渡してくれた。
「歩きながら食え」
鬼の見た目は超怖いが、心は意外と優しいのかもしれない。
渡された食事を広げ食べ歩きしながら、突然厨房と呼ばれる場所へ向かう事となった。
俺と鬼の会話を知らない他の人間は、きっと俺が何か悪い事を仕出かして、どこか違う地獄へ送られるのだろうと考えているに違いない。
俺も、厨房鬼と呼ばれる鬼に会える興奮とは別に何か粗相をしたら、即刻阿鼻地獄に送られるかもしれない不安を抱え、怖々と歩を進めた。
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