第23話 Exceptional

 俊足で林を駆け抜ける耕三を追っていると、行く先に光輝く物体が見えて来た。

 俺は、有りっ丈の力を振り絞って走り出すと、耕三の横に並んだ。

「見えて来たな。もう分かったか?」

「やっぱり、って事は出来たの?」

「まぁ、近い物はな。ただ玄の絵だけでは、実物がサッパリ分からん。その目で確認して貰いたい」

「あははは、改めて、絵が下手ですみません」

「高さなども使い勝手よく造ったつもりだが、玄、お前そんなに小さかったか? 縮んだのか?」

「縮んだぁ~ え? マジで? 分かんないよ。地獄で身長測ってないし。って、耕三さんが、また大きくなったんじゃないの? 足、嫌味なくらい長いし」

「そうか?」

 俺が無駄話をしていると、期待していた物体が目の前に登場した。

「うわ~ これ、エスプレッソマシーンだよ‼」

 そこには俺の背丈位の高さで、その2倍より少し長い横幅の、銀色に輝くエスプレッソマシーンが置いてあった。

 抽出口が2つあり、その上には、なんと伝統的なマシーンに設置される、ピストンレバーが、それぞれの抽出口の上に聳え立っていた。

 これは俺の絵とは異なったが、耕三が考えたのなら流石だ。

 そしてスチームノズルが両側に1つずつあり、これもレバーで調節出来るようだ。

 ボイラー圧力計と抽出圧力計までもが取付けてあった。

「実物と大きさは違うだろうが、あんな感じか?」

「あんな感じどころじゃないよ。まんまだよ。もう最高の出来!」

 俺は無意識に耕三に抱き付きそうになると、うまくかわされてしまった。

「そうか、ただ玄の身長であのレバーに届くか? それからこれだ」

 耕三が、ポルタフィルターを指差した。

「うわ~ 巨大フィルターだな~」

 俺は地面に転がっているポルタフィルターを手に取った。中にちゃんとフィルターバスケットが装着していて、横にタンパーも置いてあった。

「懐かしいな~」

 俺はまたカフェルージュに意識が飛んでいた。

 ミルで粉にしたコーヒー豆をポルタフィルターに詰め、タンパーを使って押し固めていく。俺は、この作業が1番好きだったのだ。

「さてと、物思いに耽っている玄、そのフィルターを持ち上げて抽出口にはめ、上のレバーを下せるかやってみろ」

「あ、うん」

 ここにコーヒーが入ったとしても、差ほど重さは変わらないはずだ。現世でも抽出口にしっかりと、ポルタフィルターをはめるのは重要な事だ。

 俺は足の力を使ってフィルターを持ち上げた。見た目ほど重くはなかった。これならいけそうだ。

 次に俺の腰から胸の高さにある抽出口にはめてみる。横から入れて手前へ回すとはまるはず。

 さすがに大きいので最初の数回は、はめる部分が分からなかったが、1度コツを掴むと後は現世と同じ要領だった。

 次に上のレバーを下す。レバーには手を挙げると軽々と届き、下ろすことも容易だった。

 後ろで俺の動作を見守っていた耕三に振り返り、

「全然大丈夫、これなら使いこなせるよ。わざわざ俺達の身長まで考えてくれて本当に有難う。これマジで最高だから!」

 一言では言い表せないくらい耕三に感謝した。そして俺の興奮で爆発状態にある心の叫びが、耕三に届いて欲しいと願った。

「ふっ」

 俺に微笑む耕三が、かっこよく立っていた。

「その機械の後ろにもう1台あるだろう」

 俺は耕三に言われた通り、巨大エスプレッソマシーンの後ろに目をやった。

「うわ~ これ現世と同じ」

 そこには、巨大エスプレッソマシーンに比べれば、随分小型の物が置いてあった。

「ああ、俺達にはそれでコーヒーとやらを作ってくれ」

「了解」

「それから、牛乳を泡立てるのに使うのは、そのカップでいいか?」

 ステンレス製の、巨大なミルクピッチャーが2つ、現世と同じ大きさの物が2つ、温度計と一緒に小型エスプレッソマシーンの横に置いてあった。

「耕三様、完璧でございます」

 俺は、その場にひれ伏した。

 その様子を見て、耕三は満足気に大笑いし、コンがひれ伏している俺の顔を舐めていた。

 今日は最高の日である。心が暖かくなった。


 俺は耕三と一緒に見晴らしの良い丘の上で、勇と義晴が送ってきてくれた、スコーンとジャムを食べる事にした。

「うわ~ ここで他の人が作ったスコーン食べるの初めてだ。勇と義晴いただきま―す♡」

「旨――――い♡」

「そうだな、玄の作るのと変わらんな。なかなかやるではないか。義晴とは新入りか?」

「うんそう。耕三さんはまだ会ってなかったね。あとまだ2人も、鬼長が助っ人を呼んでくれるらしい。いよいよ、カフェがオープン出来るよ」

「ほぉ、それは楽しみだな」

「うん、これも耕三さん達や、監一さん達が手伝ってくれたお蔭です。本当に有難うございます」

 俺は耕三に向き合うと改めて頭を下げた。

「俺みたいな地獄に落ちた人間の言う事を聞いてくれて、作った物を食べてくれて本当に嬉しいんだ」

「そうか」

「そうそう、カフェをオープンするのに、テーブルや椅子が必要かなぁって、考えているんだけど、どう思う? 鬼さん達は、今の岩場で満足している気もするけど、コーヒーとか飲み物を置くようになると平な方がいいかなって」

「なるほどな。考えてやろう」

「本当? 有難う。あと、看板も欲しいって言ったら贅沢?」

「看板? 店名を表示するためか? 何て名だ?」

「そりゃあ、地獄カフェ」

「そのまんまだな」

「それ、勇と義晴にも言われた。ダメかな?」

「悪くはない。看板は、木の板に描いた玄の素晴らしい絵画でどうだ」

「耕三さん、虐めないでください」

 そう言うと、口を膨らましながら、スコーンを口に運んだ。

「マジでうめ~」

「そうだ、先程、勇が監一を通して脱脂粉乳を依頼してきたぞ。例のカカオの実で何かするんじゃないか?」

「え? マジで? だったらすげぇな」

「さてと、玄にはまだ見せたい物がある」

「え? 何? エスプレッソマシーン以外に注文していた物あったっけ?」

「畜生界を見せてやる」

「え? 本当に? あ、でも俺、地獄の罪人だよ。やっぱりそれはマズいのでは?」

「なぁに、俺様は神だ。問題ない」

「あははは」

 前は神だってバレるのを嫌がってたようなのに、今日はアッサリ認めちゃったよ。

 でも確かに耕三の放つオーラは他とは全く異なる。こうして近くで接していると、光に照らされて心が豊かになるみたいだ。

 ふいに、以前、監一から耕三達、耕作鬼も昔は人間の世界に居たのだと、聞かされたのを思い出した。

『耕三達も最後に辛い思いをした』

 と語っていたのが、ずっと頭のどこかに引っ掛かっていたのだ。こんなに優しい耕三達に昔人間が一体何をしたのか、機会があれば聞いてみたいと思っていたのだ。

「耕三さん」

「なんだ」

 喉かな耕作地の田園風景を眺めていた耕三が、俺の呼びかけに澄んだ眼差しを向けた。その瞬間俺は、まるで心臓を掴まれたように動けなくなり、同時に何故か懐かしさと愛おしさが込み上げて来た。

 俺は、今のこの雰囲気を崩したくなかった。とても心地よかったからだ。

「何でもない。また今度でいいや」

「なんだ? 可笑しな奴だな」

 そう言うと、再び優しい笑顔を向けてくれた。俺は耕三の瞳に吸い込まれていく感覚に陥った。

 ふと我に返るとコンが俺の膝に顎を乗せて俺を眺めていた。

「じゃ行くか」

 そう告げると、耕三は軽快に立ち上がり、またもや俊足に密林を抜けていった。

 耕作鬼が作業している畑に戻るようだったが、急に方向を変え山道を登り出した。

 耕三はあまり転移を使わない。俺と一緒だからだろう、それとも単に歩くのが好きなのか? そんな事を考えながら耕三に付いて行くと広場のような場所に出た。

「う、何この匂い」

 そこには何処かで嗅いだことのある臭いが漂っていた。

「あ、動物園の匂いだ。って事はここが畜生界?」

「まさか、畜生界はこの上だ」

 上を見上げると木々が邪魔をして視界を阻んだ。俺は、駆け出していき拓けた広場の真ん中辺りに立つと、再度頭上を観察した。

 しかし、後光の光が反射して、やはり何がどうなっているのか全く分からなった。耳を澄ませば何か聞こえるかと、音に集中してみたが、時折吹き降ろす風に揺られる木々の音しか聞こえず深々としていた。

「静かだな~」

 そう俺が呟いた時、

「お――い、そろそろだ。そこを退いた方がいいぞ」

 耕三が意味不明な事を言ってきた。

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