第24話 Toward The Above
耕三に注意をされた様だが、意味が分からなかった。
「え? そろそろって何が?」
大声で聞き返したが返答がない。
「どういう事だ?」
俺は辺りをキョロキョロと見廻した。何かが登場するのだろうか?
いや、もしかしたら、温泉場でよくある間欠泉が噴き出すのかもしれない。俺は足元を確認した。
そこには特に変わった様子もなく、ただ動物園にいるような匂いがあるだけだった。
すると再び何故か笑顔の耕三が、俺に呼び掛けてきた。
「そこから20歩、東西南北どちらかに動け。早くした方がいいぞ」
俺はあまり切迫感のない耕三の呼び掛けに、危機感を全く抱かなかったが、俺の立ち位置が危険なのだと言う事は、理解出来た。
俺はとりあえず、耕三の言うように前に歩き出した。
「20歩って数えるのかな? 東西南北って、俺はどっちに歩いてんだ?」
独り言をしている俺の耳に、今まで無音だった上空で、地面を何かが引き摺る音が届いた。俺は急に嫌な予感に襲われ、急遽、全力疾走をした。
「ドッドドドドドーン」
俺が走り出したのと同時に、上から何かが落ちて来たようだ。しかし後ろを振り返る勇気がなく、そのまま耕三に向って突き進んだ。そして必死で逃げる俺を、突然背後から異臭を含んだ砂埃が包み込んだ。
「ゴホゴホ」
もう死んでいる身体とは言え、砂埃を吸い込んではいけない気がして口を手で押さえ、脇目も振らず耕三に飛び掛かる勢いで林に逃げ込んだ。
息を切らしながら、俺は恐る恐る後ろを振り返ってみた。
「いったい何が起こったんだ?」
俺がさっきまで居た場所に何かの山が出来ていた。
「土? でも湯気が出てる」
「畜生の糞だ」
「え?」
「堆肥にするんだ」
「え?」
「玄もうちょっとで、あの糞の山に埋まるところだったな~ がははは」
耕三は、やんちゃ坊主のように大笑いした。
「え、ええ―― 糞が落ちて来るって知ってたなら、俺があっちに行く前に教えてよ~」
「動物の匂いがすると言っておったから気付くかと思った」
全く悪気がないようだ。
俺は暫く山のように積まれた、畜生界で暮らす動物達の糞を眺めていた。
この堆肥によって、色彩豊な作物が出来るんだ。感謝しなければならない。
もうちょっとで埋もれそうだったけど!
「畜生界の動物は糞をするんだね。地獄に居る俺達は排泄しないのに。食べてるから凄く不思議だったんだけど」
「後光で浄化された物を頂いているだけだ。腹に入っているのではない。考えてみろ、ここに来る人間はもう死んでるだろう。内臓など、とっくにない」
「でもお腹は空くし、満腹にもなるよ」
「煩悩だ。玄の居る所はまだ猶予地獄だから飯が出る。他に落ちたら空腹の業が加わるってことだ」
「うわ~ 他の地獄に堕とされたくないな。作るのも食べるの好きだから」
「猶予地獄で、空腹感が消えれば、人間界に転生される」
「じゃあ、人間界では食べないってこと?」
「ああ、現世に戻る者は腹が空かん。人間界で食べておるのは、あそこで働いてる妖や耕作鬼だけだ」
「え? じゃあ鬼さん達や妖さんは排泄してるの?」
「ああ、しかし畜生と違い、体内で浄化している。だが、邪心が生まれた時、排泄物が出る。すると違う修行場に送られる。地獄の低層や、畜生界へな」
「大変なんだね。って事は監一さんも同じ?」
「そうだな、修行はしているが、邪心などは生まれないはずだ。そうであって欲しい」
耕三の複雑な思いが声になって零れた。
「あのさ、鬼さん達って前までは質素な食事だったのに、俺が来たせいで色々食べるようになって、喜んでくれてるけど、本当にこんなことして良かったのかなって、時々不安になる」
俺が作る食事を取る事で、欲や、今、耕三が触れた邪心が生まれて欲しくなかった。
「ここに居る鬼は、人間の玄が奴等のために、一生懸命に飯を作ってくれる姿に喜んでいる。まるで昔に戻ったようだとな」
耕三の表情が少し曇った。胸に溜まっている何かを思い出したかの様に、どこか寂し気な顔をした。俺は耕三にこんな表情をさせる過去に悲しくなった。
「そう言えば、獄卒が飯を食いに来たと聞いた」
「うん。獄卒って鬼はそんなに怖いの?」
「やっぱりそうか、大王もとんでもない事をしたもんだ。その沙汰には文句を言ってやる。何かされたか?」
「いや、今のところは大丈夫だけど。怖いよね」
「あ~ 奴ら根っから腐っておる。しかし地獄には、奴等以上に悪霊と化した罪人も来るからな、人を喰らう獄卒や
「ごず? 女の鬼さん?」
「女も来るのか?」
「うん」
「奴等は猶予で暴れる事はないはずだ。元は人間なのだ。怨念が強すぎて鬼と化した哀れな者だ。牛頭や
「頭が牛? 見た事ない。それも怖そうだな」
「さ、玄が糞まみれにならずに済んだし、行くぞ」
「畜生界?」
「そうだ。ここから上界は石の影響で重力が徐々に薄まっている。だが玄に飛ぶのは難しいだろう。たとえ浮かべたとしても、乱気流が来れば何処かに飛ばされる可能性もある。転移してもいいが、畜生界までの景色も見せてやりたいし、妖とも会えるかもしれん。なので俺様の手を掴め」
耕三が、俺に手を差し出した。
お手手繋ぐって事? いや~幼少期以来ないんですけどぉ。
彼女は2人出来ましたが、俺は超が付くほどの奥手なので、手なんて握れませんでした。まぁきっとそれが原因でフラれたのだが。。。。古傷が痛む。
「何をしてるんだ。早くしろ」
「あ、はい! それでは失礼して」
俺は手を服で綺麗に拭った。
『きゃ~緊張する! 勇ごめんな~』
耕三ファンである勇に詫びると、耕三の手を掴んだ。
耕三の手は、大きかったが、畑仕事をしているわりにゴツゴツしていなかった。どちらかというと、綺麗な手をしていた。って何、俺、耕三の手をまじまじと吟味してんだよ!
「行くぞ。しっかりと手を握っておけ」
「うん」
いや~ 照れるな、、、、、浮かれていた俺の顔が急激に青褪めた。
「ひゃあああああ――――」
俺の足が宙に浮いたかと思う否や、一機に眩い光を放つ後光に向って飛び立った。
俺、高い所が苦手だったぁ~ 耕三の手を握る事で頭が埋まり「飛ぶ」の言葉の意味を、しっかり理解していなかったと自責した。
こういう時は、下を見ない方が賢明だと知っていながら、つい目を落としてしまう。
「ぎゃああああ――――」
俺は、片手だけで握っていた耕三の手を、両手で思い切り掴んだ。
「どうだ、気持ちいいだろう」
俺の絶叫が聞こえていないのだろうか? 耕三が可笑しな質問をして来た。答える余裕など俺には全くなかった。
『早く畜生界に着いてくれ~』
と心の中で叫んだ。
すると、突然、俺の身体を下から何かに支えられる感覚に陥った。裸足の足にぬくもりを感じ、ギュっと瞑っていた眼を少しだけ開けた。
「え? 俺何かに乗ってるの?」
俺自身に一体何が起こっているのか、全く理解出来なかった。
次に何を思ったのか、耕三が突然握っていた俺の手を離した。
「うわ――――」
一瞬、落ちるのではと思い、咄嗟に下で俺を支えているモノに抱き付いた。
「耕三さん、助けて~」
耕三に俺の悲鳴が届かなかったのか、俺を置いてどんどんと天高く昇って行く。すると俺を支えているモノも、耕三の後に続いた。
「え? 僕の事を乗っけてくれてるの?」
恐る恐る俺は、低い体勢になっていた上半身を起こし、俺が跨っているモノを確認した。
俺の両側にバタバタと大きな耳の様な物が風で揺れており、目の前には2本の白く輝く長い角が立っていた。
その角の向こうでは、長い髭が風と戯れているようにユラユラと動き、俺は、フワフワとした毛布のような青く輝く獣毛に座っていた。
俺を乗せたモノは、安定よく俺を振り落とさないように気を遣いながら、身体を若干上下に動かして飛んでいるようだ。
それは、巨大で長い身体を持つモノ、、
「え! もしかして俺、番龍に乗ってるのかぁ?! ドラゴン~」
俺を乗せてくれている龍は、隼の如く飛んでいる耕三に追いついた。すると、耕三の横にはコンが躊躇なく飛んでいるのが目に入った。
「耕三さ~ん え? コン!」
コンは、俺を運んでいる番龍に怯える様子を見せず、近づいて来た。
「おお、どうだ、気分は? 最高だろ」
コンが飛べることもビックリだったが、まずはこの龍の事を確かめなければ。
「俺って番龍に乗せて貰ってるの?」
「番龍? 監一から聞いたのか?」
「うん。でもコンが怖がってないみたいだし」
俺は未だ宙に浮いている事に怯えながら応じた。
「玄を乗せているのは、
「え? 青龍って神様じゃ?」
「まぁ、そうだな。天界に仕えておる」
「俺が跨ってていいの?! 恐れ多いよ~」
あたふたしている俺と、コン、青龍に、耕三は虚ろな眼差し向け、
『なるほど、そういう事か。こんなところまで追いかけてくるとは』
と呟いたのを、俺の耳では捉えられなかった。
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