第22話 Unpredictable

「これを粉にして湯を通せば、コーヒーと言う黒い飲み物になるのだな」

「あの、白豆の茶がこんな風になるとは、不思議だな」

 監一と監二は、口々に焙煎が終わったコーヒー豆の感想を述べていた。

「で、こっちも焙煎とやらをするのか?」

 乾燥が終わったカカオ豆を覗き込んで監一が質問してきた。

「玄達、この果実食ったのか? 旨いだろ」

 監二に羨ましそうに尋ねられた。

「ごめん、発酵の過程で果実も必要だったから、全部使ってしまった。勇と一口だけ味見したら、本当に美味しかった」

「カカオの実ってそんなに旨いん? 僕も食べてみたいなぁ。フルーツの部分は食べて、残った種だけを使うちゅうのは、無理なん?」

「玄と俺も同じ事考えたけど、それじゃ多分俺達が求めるチョコレートの香りが、出せないと思うんだな」

 勇は自分に確かなチョコレートの知識があればと改めて後悔し、申し訳なさそうに監一と監二に詫びていた。

「香料ってやつがあれば、出来るんちゃうの? 地獄には無いかぁ。でも無添加チョコっていいやん」

「だな~」

俺は質問してきた監一に向き直ると、

「これも焙煎させるんだよ。でも先にお湯で洗って少しの間、浸しておくんだよな、勇?」

「そう、汚れているからって理由だったと思うし、虫食いとかあったら洗っている時に取り除くんだ」

「50度位のお湯だったよな? って事は、あっちの川だな」

「ああ、あの川熱かったな」

 俺達3人で、それぞれカカオ豆の袋を持ち上げ、川に向おうとした時、また俺の胸元で音がした。この携帯の音に少し慣れて来た俺は、一旦カカオ豆を下すと、電話を手に取り応答した。

「もしもし」

「玄、俺様だ。こっちに来れるか?」

「え? 今から?」

「ああ」

「ちょっと待って、今からカカオ豆を洗って焙煎しようと思ってて、勇達だけで出来るか聞いてみる」

 と応えながら2人に目を向けると、勇は指でオッケーサインを、義晴は親指を立ててグッドサインを俺に示していた。

「耕三さん大丈夫みたいです」

「そうか、じゃあ電話の9番を押せ。その前に勇に伝言があれば済ましておけ」

「え、あはい、じゃあ」

 俺は電話口に手を添え2人に問い掛けた。

「今から耕作地に行って来る。2人に作業を任せても大丈夫? 鬼長が言う助っ人が早く来てくれるといいけどな」

「大丈夫、大丈夫。でも暫く向こうに滞在するかもって言ってたな?」

「具体的にどれだけって聞いてない」

「そっか、じゃあ俺達で、このカカオの実はやっておくな。他は俺と義晴だけじゃ、スコーンとマフィン、あとジャムしか出来ないけど、いいよな? 監一さん監二さん」

 勇が会話を聞いていた監一達に尋ねた。

「ああ、耕三が呼んでいるのだ。重要なのだろう。2人でやれるだけでいい。俺も必要であれば手伝う」

「強い味方やわ~ 大丈夫やで、何やよう分らんけど、はよ行っといで」

「そうだぜ。もしかしたら、エスプレッソマシーンが、完成しつつあるかもしれないぜ」

「だな~ じゃあ皆に任せて行ってくるよ」

「俺が転送させればいいのか? 耕三がするのか?」

 監一が携帯を眺めながら聞いて来た。

「耕三さんが電話の9番を押せって言ってた」

 そう告げると、再度耕三に確認せず何気に9番を押してみた。

 俺は知らなかったのだ、単に9番を押すだけで、耕作地に空間移動してしまう事を。

 別れの言葉を告げる間もなく、一瞬にして玄を失った、勇、義晴、監一と監二は、何が起こったのか分からずに立ち竦んでいた。


「よぉ、玄、現れ寄ったか」

「え、ええええええ! 耕三さんじゃん!」

「ああ、俺様だ。何を今更」

「俺、皆にバイバイしなかったよ。コンも連れて来れなかった」

 そう言うと、頭を抱えた。

「9番を押す前に伝言を済ませと言っただろ」

「ああ、そうだった。でも押したら瞬間移動だなんて、頭になかった」

「で、向こうは大丈夫そうか? 耕作地の皆が、毎日送ってくる玄の飯を楽しみにしてるからな」

「それは大丈夫。新メニューはないけど、勇達だけで作れる」

「ほお、上出来だ。それと、コンってのは、付いて来てるぞ」

「え?」

 俺は足元にフワリとするモノを感じ下を見た。すると丸い瞳で俺を見上げるコンが、尻尾を振っていた。

 俺はコンを抱き上げると、これが最後にならないように祈った。

 耕作地がコンの住処ならここでお別れかもしれない。再び不安が過ぎったが、たとえそうであっても、また会える気がした。

「さ、行くぞ」

 今、耕三に声を掛けられたと思ったが、既に俺の随分前を歩いており、慌てて追いかけた。

 耕三の足は俺よりもはるかに長く、しかも歩く速さもまるで走っているようだ。登り坂に差し掛かると尚一層追従するのが大変だった。

 そんな耕三は後ろで必死に追いかけて来る俺を一瞥すると、

「なんだその体力は。地獄での修行が足りんのか?」


『イエイエ、もう十分です』なんて言えるはずがない。


 俺の歩調に合わせてくれるコンに苦笑いをした。

 草木が生い茂る、まるで密林を歩いているようであったが、暫く進むと急に視界が開け、大きなテントのような物が見えて来た。

「うわ~ 沢山の耕作鬼さん」

「ああ、前に来た時は、全員に会っていないからな」

 俺の存在に気付いた耕一が向こう側で手を振っていた。

「あ、耕一さ~」

 と大声で呼びかけようとした時には、既に俺の前に立っていた。

「久しゅうの、玄。お主が作る飯は好評だぞ」

「耕一さん、お久し振りです。いつも食材を転送して貰って、本当に有難うございます。こうやってちゃんとお礼が言えて良かった」

 俺は耕一に一礼すると、テントの下や周辺で働いている耕作鬼に目をやった。

「こんなに沢山の耕作鬼さんが働いていたんですね」

 まるで俺の声が聞こえたかのように、皆が作業を止め俺に手を振ってくれた。

「うわーー お疲れ様です。いつも美味しい食材、ありがとうございますぅ~」

 俺の感謝が耕作鬼の耳に届いくよう大きな声で伝えた。

「お主は変わらんのお」

「皆さん何をしてるんですか?」

 テントの下には大小異なったサイズの、鉢植えが、数多く綺麗に並べてあった。

「苗の準備をしておるのじゃ。マンゴやパンナップルが沢山要るようじゃからな」

「そう言えば、耕三さんから忙しいって聞きました。僕、このお手伝いに来たのですか?」

「玄がうろついたんじゃ、かえって時間が掛かる」

「耕三さんのおっしゃる通りです」

「だが、ちょっと様子を見るか?」

 耕一が誘ってくれた。興味津々だった俺は、大きく頷いた。

 俺の想像していた「苗を育てる」と言うのは種からであった。

 しかし、耕作鬼達はなにやら、俺の知識とは異なる作業をしていた。

 植木鉢にしっかり育っているマンゴの先端をちょん切り、切った部分に枝を刺し、その箇所をテープの様な物でグルグルと巻いていた。

「何をやってるんですか?」

「玄は見た事ないか? 接ぎ木をしておるのじゃ」

「接ぎ木?」

「はぁ~ 人間が、ここまで怠け者になってしまったとは、嘆かわしい。俺達が苦労して教えた事を忘れたか」

 耕三が後ろでブツブツと苦情を言っていたが、気にせず耕一に意識を集中した。

「苗って種から育てるんじゃないんですか?」

「ああ、種も育てる。しかし、果樹は種から育てたのでは、時間が掛かる。時間を掛けて育てたとしても、実を付けるとは限らんからの、こうして親木から必ず実の付く枝を切って、種から育てた苗に接ぎ木するのじゃ。マンゴだけでない、ほとんどの果樹でしておる。トマトでもするぞ」

「トマトでも! でもあれは何ですか? 枝がそのまま土に刺さってるみたい」

「あれは、挿し木じゃ。儂等は、この時期に果樹の剪定をするでな。その時にとっておいた良質の枝を、ああやって土にさしておけば、根が張って来るのじゃ」

 俺は料理の知識は人より多い気でいたが、その料理に使う食材については、全くの無知であった事を反省した。

「耕一さん、教えていただいて有難うございます。あんな繊細な作業、不器用な俺には手伝えそうにないです。すみません」

 役立たず感が倍増した。

「イヤイヤ、儂にはあんな旨い物は作れんからの。持ちつ持たれつじゃ、ほほほほ」

 耕一は満面の笑顔をくれた。

「いや、玄にでも出来る事があるぞ。パイナップルだ。どうだ手伝ってみるか?」

「パイナップル?」

「ああ、あそこでやっている」

 10人ほどの耕作鬼が数列のうねで、作業をしているのが見えた。

 耕一に礼を告げると、そちらの畑に歩みを進めた。近づいてみると、青々としたパイナップルの先が畝から顔を出していた。

「収穫した時に実の頭部、つまり葉部分と、親株から株分けした物を、こうやって植えるんだ」

「腰が痛そう」

「作業の前から、音を上げるのか」

「いえいえ、やりますよ」

 そう言うと、台車に多数乗っているパイナップルの子株を持てるだけ手に取り、他の耕作鬼を真似て土に植えていった。

「腰が、、、、」

 子株を取りに起き上がる度に、ぎっくり腰になるのではと不安になるほど、腰を真っすぐにするのが大変だった。

 その様子を見ていた耕作鬼達に笑われながら、なんとか畝1列は完了した。

「ほ~ なかなかやるな。ご苦労だった」

「耕三さんは見てただけ?」

「バカな事を言うな」

 そう言うと小高い所にある畑を指差した。遠目だが小さな緑の植物が一面に植えられていた。

「苺だ」

「あれ、全部耕三さんがやったの? もしかして神業?」

「そうかもしれんな、はははは」

 仁王たちで満足気に微笑んだ。

「苺も株分けするんだよね。それはお婆ちゃんの庭で手伝ったから知ってる。小さなランナーが、沢山親株から出て来るのを土に植えて、根が付いたら親株から切り離すんだよね」

「正解だ」

「あれも腰痛作業だよな。でも耕作鬼さんって神業使えるなら、パパっと作業終われそうだけど、能力とか使わないの?」

「ああ、俺達は根っからの百姓だからな。トラクターなどは使うが、こういった繊細な仕事は手作業だ。それに苗1つ1つに触れることで魂を入れているからな」

「魂、、、、凄いな」

「さぁ、社会見学はここまでだ。次行くぞ」

「え? このために連れて来られたんじゃないの?」

「そんなわけないだろう。他の耕作鬼が玄を一目見たいと言っていたから、立ち寄っただけだ」

 そう告げると、耕三は再び歩き出した。









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