第13話 New Source
俺達の休憩はいつもよりも少し長くなっていた。
監一が、
「耕作地から何やら面白い食材が届くらしいぞ」
と教えてくれたので、それらを待つことにしたのだ。
今のところ、俺が作る鬼飯のメニューはジャムとスコーンだけだった。ジャムは数種類違う味を提供したが、小麦粉や米粉を利用してスコーン以外を作ってみたかったのだ。
「しかしまぁ、地獄ってのに、色々食い物があるんだな。耕作地だっけ? 他にどんなのが育ってるんだ?」
勇が地獄の食材の豊富さに感動しながら尋ねてきた。
「だな~ 確かに食材は豊富そうだよ。俺も1度しか行ったことないから全部は知らないけど、前に話したの以外だと何だろう? あ、カカオがあったよ。でもチョコってどうやって作るか知ってる? コーヒーと同じように焙煎するんだよな」
「カカオか~ すげえな。そんなのテレビでもなかなか見掛けないぞ。あのさ、実は俺の親父スイス人なんだよ。口下手で日本語超へったくそだったけど、俺が入院すると退屈凌ぎにチョコレートの事をよく話してたな。俺、入院した時はいつも食事制限させられてたから、チョコの話するなんて非情な親父だと思ったけどな」
「あははは、それは辛いな」
「チョコレートに関する本とか一杯持って来てさ、別にチョコレート職人とかパティシエじゃないのに、何故かチョコに対する情熱はあったな。スイス人って皆あんなだろうか? 確か発酵と焙煎して皮剥いて練り状になるまで潰すんだったかな」
あの美味しそうに育っているカカオを利用しないなんて勿体ないと、初めて見た時から頭にあった。でも俺の力じゃどうしようもないと諦め掛けていた時に勇が現れたのだ。
「いーさーむ君♡ マジで~ 凄い凄い! チョコレート作ってみようよ」
俺の目はきっとハートになっていたのだろう、勇は少し焦った様子で仰け反った。
「玄、ちけえよ!」
俺は前のめりになっていた姿勢を正して、舌を出した。
「頭ん中、鬼飯の事しかねえな、玄は。チョコ作り勿論手伝うよ。確かコーヒー豆を乾燥してるんだったな。どんな感じ? 上手く乾燥出来そう? コーヒーが作れるなら同じかなぁ? あ、でも砂糖とかは?」
「砂糖は時々手に入るらしい。お供え物だって。俺はまだ見た事ないけど。それから牛乳あるよ。地獄の上に畜生界があるんだって、だから卵とかもそこから届けられる」
「畜生界って本当にあるんだ。動物うじゃうじゃ居んのかな? 牛乳が手に入るって有難いな。でもチョコに入れるのは水分を飛ばした脱脂粉乳だけど、玄、バターを作るって言ってたな? となると、クリームがあるんだな。じゃあ脱脂乳は、どうしてるんだろう」
「脱脂乳?」
「あ~ 生乳から脂肪分、要するにクリームだな、その部分を取り除いた残りの部分だ。その脱脂乳を乾燥させたのが脱脂粉乳。ミルクチョコを作るには欠かせない。カカオ100パーのビターチョコなら無くても可能だけど、俺はミルクチョコが好きだな。あとカカオをちゃんと練り状にしないと歯ごたえが砂利砂利するって親父が言ってた。それと、カカオバターも要るぜ」
チョコレートって奥が深い。俺の中からチョコレート作製という希望の文字が出て行く気がしたが、慌ててそれを掴んだ。諦めたくない。勇と一緒なら何とかなるはずだ。
当の勇は、暑いという感じで手をパタパタさせながら、
「だいたい、この地獄の熱さじゃ、チョコが固まらないぜ」
と愚痴った。
「上界に転送して貰ったら涼しいみたいだから、固まらすのは問題じゃないと思う。ココアバターってカカオから脂肪分だけ取るんだっけ? 確かに難しいかもな。ココナッツバターじゃダメ?」
「ココナッツバターじゃ、あのチョコの風味が出ないと思う。それにチョコ特有の薄くてパリってのもココアバターなしにはな。でも、ローチョコレートってココナッツバターとココナッツオイルで作るだったっけ? 食べた事ねぇから美味しいのか分かんない。あ――親父からもっとちゃんと聞いておくんだった! 地獄でチョコ作ることになるなんて知らなかったしよー ちくしょう!」
「いえいえ全然、勇は頼りになるよ。俺なんて手も足も出ないって感じだったから」
「チョコレートを作るよりも、マフィンとかケーキが作れるようになったら、練り状にしたカカオを香り付に使ったら? あとホットチョコとか、ドリンクにするとかは?」
チョコ作りが壁にぶち当たった気がしたが、勇のアイデアを聞いて突如俺の視界が開けた。
「勇様~♡ 天才! 本当に料理人じゃないのか?」
「何だよ気色悪い」
「勇のアイデア、頂きました! そうしようバターも作れそうだし、もう直ぐマフィンも出来そうな気がする。天才勇君の案を採用して、先ずはチョコマフィンやチョコドリンクに挑戦してみよう! それと、そのローチョコレートってのも食べてみたい! やるぞ、エイエイオー」
「えいえいお―って、玄は古風だな、あはは」
ハイテンションの俺を、勇が揶揄っていたが、俺はメニューがどんどん増える喜びで、ニヤつきを止められないでいた。
「この調子だと、地獄カフェのオープンも夢じゃな――――い」
俺の雄叫びが地獄に響いた。
「それにしても、色々とメニューを増やしたいなら、もっと人出が必要だよな」
「確かにな~ 従業員2人であの大食い達のサービスは無理、他の地獄からも来るんだし、、、、絶対にまた死ぬ」
折を見て、また監一に人員の補給をお願いするしかない。
「さてと、食材届かないし、何か作ろうか」
そう話しながら休憩を終え立ち上がった時、2人の眼前に沢山の袋が届けられた。
「奴等、俺達の行動をどこかで監視してんじゃないか?」
勇がキョロキョロとしながら小声で呟いた。
「ありえるな~、これ、監一さんが言ってた、面白い食材かな?」
「何が届いたんだ?」
俺達は気もそぞろで袋に近づいた。
耕一達は相変わらず忙しいようで、スコーンやジャムは好評だと聞かされるが、暫く連絡が取れていなかった。
「耕三さん俺に用事って何だったんだろう」
ふと、死の淵から蘇った時に監一に教えて貰ったのを思い出した。
「何?」
「ほら俺が窯業で死に掛けてた時に、イケメン耕三さんが俺に連絡くれてたみたいでさ。この面白い食材の事だったのかなって。袋の中に何入ってるんだろ~」
いつもの様に麻袋を開けると、
「これ何?」
「食べれるのか?」
薄緑色の粉末が入っていた。
「ハーブかな? ちょっと舐めてみるよ」
「玄は勇気があるな」
俺は一摘まみすると思い切って口に入れてみた。耕作鬼が毒なんか送って来ないと信じていた。
「あめ~」
「え? 甘い?」
「人工甘味料? あ、もしかしたら、これステビアかも?!」
「ステビア!」
「うん、絶対そうだ。耕作鬼ってツワモノだよな。こんな物まで育ててしまうとは!」
勇も味見をすると感動していた。
「勇! これ見てくれ!」
他にも幾つか届られた袋を開けてみると、鉄で出来たマフィンサイズとケーキサイズの型が麻袋一杯に入っていた。
俺はガッツポーズを決めた。すると、
「玄、念願のマフィンが焼けるな。良かったな」
勇が言ってくれた。
「この日を待ってたからね~ ばっちりのタイミングで厨房から卵と牛乳も届けてくれてたし、ステビアで甘味を付けてプレーンを焼こうか」
「完璧じゃん」
と言う訳で、勇と共に待望の地獄マフィンを焼くことにした。
材料を混ぜる作業は幾度と焼いたスコーン作りで、手慣れてきていたため容易に完了した。耕作鬼には通常のマフィンサイズ型、監一達デカ鬼用にはケーキ型を使い、ココナッツオイルを塗ったら生地を流し込んだ。
「あとは、焼くだけだな。マフィンは確か低温、170度前後だったな。となると窯の入り口の方がその位の温度だったはずだ」
念のために再度温度計で窯の入り口付近の温度を確認した後、鉄板上に並べたマフィンを窯に投入した。
俺と勇は窯の入り口で、柏手を2つ打った。
「どうかどうか、膨らみますように。美味しく焼けますように」
そう願う俺を勇は横目で見ていた。
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