第30話 Almost
「じゃあ、最初はこっちを試してみて。こっちの方が牛乳の量が多いから、コーヒーの苦さがそれほどでもないよ」
「ほぉ、綺麗だな。これはハートと言うのか?」
茜の努力の甲斐あってラテアートはそれなりに描けたようだ。
「良い香りだな~ あのお茶がね」
「甘い方がいいなら、蜂蜜かステビア入れてもいいよ」
「先ずはこのまま頂いてみる」
監一と監二はお互いの顔を伺いながら、思慮深そうにコーヒーを一口含んだ。
「これは、なんと表現していいのか」
「苦い、否、味わい深いと言うべきか」
「牛の乳をこんな風にして飲めるとはな」
まるで料理研究家の様に口々にコーヒーの味わいを言葉にしていた。
「ね~ 監一さん、俺達も一口味見してもいい?」
「ああ、勿論だ。玄の語るコーヒーが、この味なのか確認してくれ」
「やった――」
俺達の心の声が噴き出した。
「地獄ラテ♡ いただきます」
大きい器を皆で回し飲みしてみる。
「くわ~ カフェルージュで出していたのより断然旨い」
「玄君、本当だわ。良質の水がキーかな」
「コーヒーの木も後光の光で育ってんだよな。乾燥から焙煎も電気使わずって、お袋喜ぶだろうな」
「勇のオカンって自然派やったなぁ」
「素材が格別ってことですね」
「耕三さんの造った道具を使うと、魔法、違った、神通力に掛ったように、全て美味しく出来上がるんだよ。ピストンレバー式のエスプレッソマシーンなんて、普通素人に簡単に扱えないはずだしね」
「確かに玄君の言う通りだわ」
「技術者兼科学者で神様で男前ときた。肩書総なめやんか」
「だな~」
俺達男は、心の底から耕三を、羨ましいと思った。
「ここまで耕三に送って貰ったのか?」
突然思い出したかの様に監一が尋ねて来た。耕三に用があったのだろうか?
「ううん、耕三さんは人界に行ってしまった。代わりにコンの尻尾に摑まって帰って来た」
「そうだった、玄って空から降って来たな」
「コンちゃん飛べんの? スーパーペットやな」
俺達がコンの事で盛り上がっている時、監一と監二はラテを口に含みながら、
「もうそんな季節か」
「そのようだな」
と語り合っていたのに俺は気付かなかった。
「じゃあ、次はカプチーノ。フォーミング結構上手くいったと思うけど、どうでしょ茜先輩」
「生きてた時より上手だわ」
何気ない茜の言葉に少し複雑な気持ちになった。
「監一さん達、シナモン、桂皮って大丈夫?」
「おお、そんな物まで乾燥してたのか。抜け目ないよな、玄は」
勇が腕を組んで感心してくれた。
カプチーノと言えばシナモンパウダーかチョコパウダーが必須だ。
「ああ、問題ない」
「わしも大好きだ」
俺は、出来上がったカプチーノの上にシナモンパウダーを振りかけた。コーヒーの香りと重なり、ここが地獄だと忘れさせてくれるようだ。
監一達は、コーヒーの入った器を覗き込むと、カプチーノを味わった。
「こっちは確かに少し苦い」
「コーヒーとやらの味がもっと分かるな。桂皮が良い演出をしてるぞ」
「あ、そうだ。監一さん、例の物を転送して貰える?」
突然勇は何かが、脳に入り込んだように監一に尋ねた。
「ああ、そうだったな。もう上には告げてある。そろそろ届くだろう」
「例の物? 何だよそれ?」
「へへへ、お楽しみだ」
勇と義晴が何か悪い事を企んでいるように、可笑しな顔をして両肩を上げた。
「何ですか? 変なお2人ですね」
そう告げた理子の前に、上から木箱が降りてきたため、彼女は無意識に手に取った。
「すみません。私思わず掴んじゃって」
「理子有難う。俺が頼んだ例の品だ」
悪巧みを装っているが、嬉しくて仕方ないと言った風に勇は木箱を受け取った。
「玄、俺と義晴で作ってみました」
「え? もしかして、チョコレート」
「何だよ、どうして分かるんだよ」
「脱脂粉乳を耕三さんに頼んだじゃん。バレバレ。それより早く見せてくれ」
「チョコレート! 素敵」
「勇さん達が作ったんですか? すごーい」
一機に勇と義晴の株が上がった。女子は地獄でもチョコに弱いらしい。
「おおお、ちゃんと出来てるじゃん」
「カカオバターが、そんなに取れないかもって考えて、カカオ豆の半分を焙煎しないで、ココナッツオイルで、ローチョコも作ってみたんだぜ」
「さ、さ、監一さんと監二さん、どうぞカプチーノと一緒に召し上がれ」
「お、義晴、コーヒーと合うのか?」
「そりゃあもう」
「どこの
「カカオ豆の皮剥きが、肩凝ったで~」
「あれは大変だったけど、その他の作業は楽だったな」
俺達も勇と義晴が作ってくれた、ローチョコとミルクチョコ味わってみた。
「これは旨い」
俺が食べた事のないローチョコは、蜂蜜で味付けされており、監一達は絶賛していた。
ミルクチョコの方は女子達の心を鷲摑みにしたようだったが、かなりの手間が掛かる上に、出来上がる量が少なかったので、ほんの一口しか味わえなかった。
「カカオバターがもっと手に入ればな」
勇が呟いていたが、監一達を見る限り簡単に作れる、ローチョコの方が好評なため、暫くメニューに載せるのはローチョコに決まった。そこにチョコマフィンやホットチョコも加えた。
「そうだ、俺、青龍様に乗せて貰ったんだ」
「え?」
勇達よりも強く驚きの反応を示したのは、監一と監二であった。
「青龍が玄を乗せたのか? それとも耕三が呼んだのか?」
「う~んと、そう聞かれても分からない。突然現れて俺の事を乗っけてくれたから」
「そう言えば、玄、コンが飛べると言っていたな」
「うん。すっごく上手に飛んでた。その青龍様を怖がってなかったから、番龍じゃないとは思ったけど、まさか神様だなんてね。思わず念仏唱えたよ」
監一と監二は複雑な表情を隠しきれない様子だった。
その後、コーヒーは未知の味だが、癖になるかもしれないと感想を残し足早に去って行った。
「どうしちゃったんだろな」
「玄、龍神様に乗ったん、アカンかったんちゃう?」
「でも、耕三さん何も言ってなかったし」
「玄君、凄いね。地獄で色んな体験してるんだ」
「実は、もう少しで畜生界に住む動物の糞の山に、生き埋めにされそうになった」
「え?」
驚く女子を横目に、勇と義晴はお腹を抱えて大笑いしていた。
俺達は、ジャム作りと、送られてきたデーツでスコーンを作りながら、作業の合間に、木の板にメニューを書いてみる事にした。ちなみにジャム作りなどの、パンツ姿になる仕事は男子担当とした。
「本日のジャムは完成。さてと、メニューを考えようぜ」
川でジャムを洗い流した勇が俺に歩み寄って来た。
「ああ、まずは食べ物だな」
食べ物メニュー
鬼団子と日替わりジャム 日替わりケーキ
チーズスコーン デーツスコーン
チョコレートマフィン(時々)
パンケーキ 生チョコレート
ドライマンゴ
ドライトマトとホウレン草のキッシュ
チーズピザ
チーズとレタスのサンドイッチ
「これは、決定。どうしよう、マフィンって日替わりにする? 蜂蜜のプレーンにする?」
「蜂蜜のプレーンでいいんじゃないか?」
「了解。それから、飲み物は、
飲み物メニュー
白豆の茶 エスプレッソコーヒー
ロングブラック カフェラテ
カプチーノ(桂皮粉のせ)
フラッフィ(泡立て温牛乳)
ホットチョコ(時々)
こんな感じかな?」
「こうやって見るとまだ少ないよな。スープとかも日替わりでやってみる?」
「最初はこれくらいで始めて、慣れてきてから考えようぜ」
「だな~」
「お、また鬼さん達が来たぞ。デーツスコーンが焼き上がったんだぜ」
俺等は鬼達にスコーンを振舞った後で、カフェオープンの事で、鬼長に相談があると持ち掛けた。
地獄にはお金が存在しない。現時点では、出来上がった品に有り付けるのは、早く来れた鬼だけだ。
俺はそれが嫌だったので、カフェオープンにあたって、システムの構築をしたかったのだ。
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