第28話 Can't wait
「お~い、監一さん、監二さん。只今ぁ」
監一と監二が自身の器を持って、こちらに向かって歩いて来た。
「玄、久し振りだな。どうだった、耕三との旅は?」
『あははは、旅って言っていいのだろうか? 俺、地獄の罪人なんですが』
「あ、うん。色々とすっごく勉強になった」
あまりに濃厚な体験を多数したため、どれから説明していいのか、頭の中で順番を決める必要がある。
「皆さんに重要なお知らせがあります。先ずは、チーズをゲットしました! ピザが焼けるぞ」
「まじかよ。上に住んでる耕作鬼さんが、作ってたってことか? それを分けてくれるのか? すげえな。玄、それはお手柄だぜ」
「ほんまや、ピザってめっちゃ楽しみや」
茜と理子は、チーズが無い事を知らなかったが、皆の喜ぶ様子から、朗報なんだと理解した。
「それから」
「まだあるのか?」
「エスプレッソマシーンが完成しました! しかも耕三さん、既にここの蒸気道に、運んでくれてる。帰って来る時に上から見えた」
「え? ホウレン草を蒸気道に運んだ時は、なかったぞ」
「僕等が、退いてからドカンとやって来たんやで」
「エスプレッソマシーンかぁ! すっげぇな! 早速、コーヒー豆を挽くぞ!」
「地獄コーヒーか、はよ飲んでみたいわ。あ、だから監一さん達、自分の器持って来てんの?」
「絶対にカメラがあるぜ」
監一達の手に握られている器に、皆の視線が集まった後、勇の言葉で解散したかの様に、隠しカメラを探した。
「それから、テーブルとチェアーも考えてくれるって。店の看板は木の板に俺が、絵を描けって言われた。冗談だといいけど」
「それも良いと思うぜ。個性的でさ」
「なになに? 玄って絵が上手なん? ちなみに僕も絵描くの好きやから手伝うで」
「そうだった。義晴が描けるじゃん」
看板の話は、義晴が描く事で話が進みそうだ。
「いよいよ、オープンだな」
「凄いよ。玄君。地獄で夢を叶えちゃうなんて」
「私も尊敬します。私なんてここで終わるのだと諦めてましたから。メンバーに加えて貰えて有難うございます」
理子が俺に礼を言うのと同時に、他の皆も俺に祝福の眼差しをくれた。
「皆で頑張ろうな! エイエイオー」
「あははは、出たよ、玄のエイエイオー」
「あれ、生きてる時から玄君の口癖だから」
「やっぱり」
「ええやん。エイエイオーや~」
キッシュの焼き上がる香りと共に、俺達の笑い声が木霊した。
「しかしまぁ、耕三さんは正真正銘のGenius《天才》だな」
「何で急に横文字なん? 僕も勇に同感やけどな。こんなん普通作れるか?」
「耕三さん、、、、」
耕三には本当の名前がある事を思い出した。耕三と呼び続けていいのだろうか。
「玄、どうした?」
「あ、いや何でもない。耕三さんと暫くの時間を過ごしてみて分かった。彼ならこれくらい朝飯前だよ」
「耕三さんって、エンジニア兼サイエンティストって方ですよね?」
「そうそう、しかもイケメンらしい。僕もまだ会ったことないねんけど」
「はぁ~ ここに耕三さんが現れたら絶対、茜と理子のハートは取られちゃうな。玄、最強のライバルだぜ」
「あははは、闘う前から完敗だよ」
「ダメだこりゃ~」
俺達は、蒸気道に設置されていたエスプレッソマシーンを前に、耕三の話で盛り上がっていた。
「耕三さんも、噂されたら、くしゃみするんだろうか? ははは」
蒸気道からはスチームだけでなく、熱湯も所々噴き出しており、耕三はエスプレッソマシーンのタンクと繋げていた。電気が無くても熱湯が、常にタンクに補充される。また溢れ続ける熱湯に対応して、タンクが満タンを超えないように、排水管も取付けてあった。蒸気圧もバルブが付いており管理が可能だ。
実物のエスプレッソマシーンに触れた事の無い耕三が、まるで全てを熟知していたかの如く、機械を短期間で造ってしまう彼は、正しく神だと言える。
「じゃあ、玄、早速やってみっか?」
俺達は先程、巨大な石臼を男3人掛かりで動かし、コーヒー豆を挽いたのだった。
「実にいい匂いだのう」
監二は楽しみで仕方ないのか、先程から鼻をひくひくとさせるので、俺達は吹き出しそうになるのを、堪えるので必死だった。
「こんな感じでいいんじゃない? 玄君」
フィルターにコーヒーの粉を、押し固める作業をしていた茜に尋ねられた。
「あ、上手にタンピング出来てる、さすが先輩」
「このタンパーすっごく使いやすい。体重をかけれるから、この作業なら、女の私達でも出来そう。でも、ポルタフィルターを、あの抽出口に取り付けるのは、玄君達のヘルプが必要だわ」
「茜さん、私の背が低くて、ごめんなさい」
「理子ちゃん、身長なんて気にする事ないわ。コーヒーを詰めるの、私1人じゃ出来きなかったわよ。手伝ってくれて、有難う」
「そんなぁ」
「玄君、この機械レバーって事は手動式。私使った事ないから、お役に立てないわ」
俺達はカフェオープンに向けて、役割分担を決めようと考えた。出来る事、出来ない事を、事前に把握しておくためだ。
理子は背が低かったので、エスプレッソマシーンの扱いや、大きい器などを運ぶのには、不向きであった。性格も控えめで口数も少なかったが、「奥ゆかしい」と、鬼達には喜ばれた。
「茜先輩、ピストンレバー式、実は俺もよく知らない。1度だけ家庭用の使っただけ。あははは。でもやってみるしかない」
「どういう事だ? エスプレッソマシーン使った事ないのかよ」
「最近のは、お湯の量も圧力も全部、機械で管理されてるから、ボタン押すだけでいいんだよ」
「なるほど、それやったら誰にでも使えるなぁ」
「まぁね。でもこれは手動式。電気が無い時点で地球のとは違うんだし、手探りで使いこなすしかないな」
「とにかく、やってみようぜ」
「耕三さんの造った機械は、神がかってるから、なんとかなるって」
「だな~」
「じゃあ、お湯出してみるよ。ここにちゃんとガードを付けてくれてるけど、飛び跳ねると危ないから、少し離れてくれ」
いよいよエスプレッソマシーンの試運転だ。
皆の熱い視線が、俺の背中に向けられているのが、振り返えらずとも感じ取れた。
緊張で張り詰めた空気に、時折聞こえる監二の鼻息が、皆の遠慮がちな笑いを誘っていた。
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