第39話 This is Who You Are

 小角おづぬは2鬼を紹介した後、再び真剣な面持ちで耕三と向き合った。

「実は、これらに藤原千方ふじわらのちかたの動向を追わせていたのだ。彼の者をご存知か?」

「否、聞いた事がない。その者が何か?」

千方ちかたも法術師だ。そして金鬼、風鬼、水鬼、隠形鬼の4鬼を使役させておる。朝廷の横暴さに耐えかね、反乱を起こそうとしているのだ。我は加担せんと断ったものの気掛かりでな。無茶をしなければ良いのだが」

「なるほど。それは難儀だな。心労を察するぞ」

「ああ、頭の痛い事だ。これ以上、人間と妖との間に火種をつくりたくない。千方の妖への想いは理解できる。ただ近頃は人間を殺める事に躊躇せぬようになってな、暴挙振りは朝廷と変わらぬ」

「その4鬼は巨大化せんのか?」

「そのようだな。千方ちかたの実兄も素晴らしい法術使いで、妖を擁護しておった。しかし千方が幼い時、目の前で朝廷に処刑されたのだ。その時に千方ちかたから出た怨念によって、地獄から引き寄せられたのが奴等4鬼だ。元は獄卒じゃ、人間の生き血を力に出来るようだ」

「獄卒とは。厄介だな」

「ああ。さて、義覚ぎかく義賢ぎけんよ、千方の様子はどうだった。あまり喜ばしい話ではないようだな」

「残念だが、千方は味方を集め着々と反乱の準備をしている。厄介なのは地獄からも邪鬼を呼び寄せているのだ」

「なんと」

「間違いないよ。だって女子供が多数喪失している。糧にされてるのさ」

「まさか、そこまでするのか。気が触れたか」

「どうも千方の側近に内通者が居たようだ。奴の女房と子供がはりつけになった」

「そんな恐ろしい事を」

 小角おづぬは茶碗を持っていた手を膝に置くと首を垂れ唇を噛み締めた。

「もう引き返せんようだな。ここに居ては丸にも迷惑を掛けることになろう。我等は即刻立去るとする」

「妖達に隠形を身に着けさせるのだろう。もしここまで戦火が来るようなら、その時考えればよい。今動くのは得策とは言えぬぞ」

「しかしこの安息の地を血で汚したくはない」

「俺様達も今まで常に安泰であったわけじゃない。それなりに経験しておる。心配するな」

「丸。そなたに出会えた事、心から感謝する」

 言葉を震わせながら頭を下げる小角おづぬの肩に、耕三は優しく手を添えた。すると、これまでの小角の苦労が耕三の脳裏を駆け巡った。小角の肩から手を離した耕三は、雲一つない青空を見上げ、この平和が長く続く様にと強い祈りを捧げた。


 小角おづぬ達の話を聞いていた玄は、あまりに次元離れした内容に言葉の意味さえも呑み込めずにいた。ただ妖と朝廷との間に重大な危機が起ころうとしている事だけは、曖昧だが理解出来た。

『獄卒って、俺が地獄で会ったあいつ等の事なのかな? 千方って人間なのだろうか?』

 そして、懐かしさを感じさせる声の持ち主。

『この声って、監一さんに似てるな? 女鬼は誰なんだろう? 奥さんだったりして?』

 目の前に現れた鬼の容姿は赤い身体以外は、角も牙も小さく、地獄で会った監一とはかなり違う。それに加え、耕三と同様に若干若く見えるのだ。ただその口調と声音は監一の面影と重なるほどに似ていた。


『妖って本当に過去の地球に住んでたんだな。監一さんが教えてくれたみたいに、人間に追い出されるのかなぁ。なんか悲しい。

確かに、あそこに居る首の長い妖女とか転校生で来たら一瞬ビビるけど、人を食べないみたいだし、耕三さんをはじめ、地獄で会った皆は、良い奴ばかりだ。

外見で判断する人間の悪い癖だよな。今でも共存出来てたら、どんな世界だったんだろう』

 理想が頭に浮かんだが、玄には何も出来ない事も分かっていた。耕三や小角おづぬにさえ人間からの迫害を阻止出来なかったのだ。


「お、ヤコではないか。傷はどうだ」

「丸殿の治癒力の方が勝とは、法術師情けないぞ」


『コン? げげげ、狐が喋ってるよ! あ、でも犬とか猫が喋ってくれたら、何考えてるのかが分かって良いかもな』

『それにしても、義覚ぎかくさんに義賢ぎけんさん、コンがヤコなら、俺のネーミングセンス最低』


「ヤコ面目ない。我は自身の寿命を延ばすのに精一杯だ。済まぬな。青はどうだ? まだ孵らぬか?」

「まだのようだな」

「龍の卵か?」

「ああ、龍の子を拝めるとは有り難いことだ。延命の甲斐があった、あははは」

「1000年に1度あるかないか、だからな」

「ところで丸、申し訳ないのだが、くりやを借りれるかな?」

小角おづぬ、飯が作れるのか?」

「飯を作るのだけは得意なのだ。何日も皆にまともな物を食わせていない。今日は何かを作ってやろうと思い、ヤコに山菜を採らせて来た」

「食材なら遠慮せず好きな物を使え。豊富にある」

「それは忝い。なら丸達の飯も作らせてくれ」

「ほ~ それは楽しみだな」

「幾程の世帯がいるのだ?」

「50程だが、皆の分を作らんでもいい」

「それくらいなら容易い事だ」

「ほ~ 凄いの」


小角おづぬさんも料理好きなんだ。カフェどうなったんだろう?』

 地獄カフェが頭に浮かぶと同時に虚しくなった。

『大丈夫だ。俺が居なくたって勇達でやっていける。たとえ短期間でも自分のカフェを持てたんだ。感謝しないと』

 そう自身に言い聞かせていると、小角おづぬや妖達が台所で調理を始めていた。

『小角さん、包丁捌き、すげ~ 法術じゃないよな』

 借りている身体だが、小角の手付きに惚れ惚れとした。

『俺もこれくらい手際良く出来たらな。うわ~これめっちゃ旨そう! 味見してくれないかな』

 小角おづぬも殺生をしないのだろう。野菜だけの料理だが、嗅覚だけでなく視覚からも食欲が増した。加えて流石、耕三の畑だ。多岐にわたる食材が台所に並べられていた。


「ほ~ なかなかやるの」

「お、丸、味見してくれ。そちらの好みが分からんでな」

 耕三の前に小さな器に載せた煮物を差し出した。

「これは旨い! 皆喜ぶぞ、小角感謝する」

「大所帯の居候だ。食材まで頂戴して、我の方が感謝してもしきれんぞ」

「がははは。小角おづぬは本当に良い奴だな」

 耕三が満面の笑みで大笑いすると、小角もつられてお腹を抱え笑った。

『この2人、出会って直ぐなのに、もうこんなに打ち解けて。俺と勇みたいだな』

 もう地獄に戻れないと思うと、無性に勇が恋しくなった。どれだけの期間一緒に過したのか定かではないが、彼のお蔭で地獄での日々が充実していたと改めて思うと胸が熱くなった。


 その夜は小角の作った料理を囲んで、村に住む耕作鬼達と小角一行の大宴会が繰り広げられた。本の一時の平和なのかもしれない。皆、この時間を胸の奥深くに刻み込むように楽しんでいた。

 俺の身体の持ち主はどうも酒豪だったらしく、耕三と酒を酌み交わし話に花を咲かせた。しかし人生で酒を呑んだ経験の少ない俺には、あまりに刺激的過ぎたようで、実際に呑んでいない筈だが、何故かホロ酔い気分になって来たのだ。

『お酒に酔うってこんな感じなんだ~ えへへへ。楽しいな~』

 地に足が着かない感覚に陥り、身体が宙に浮いているようだ。

『気持ちいい』

 すると急激な睡魔に襲われ意識と反して瞼を閉じた。小角達の姿が瞳から消え、俺を囲んでいた景色が全て無になり、彼等の笑い声も鼓膜に響かなくなった。


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