第53話 A New Beginnings
千嘉良の法力でカフェに戻って来た勇達に、俺から転生する事を説明した。
皆の反応は、寂しさを心の奥に押し殺した、祝福の言葉だった。
「おめでとう、玄! 修行からの解放じゃん。それに無罪だったなんて、災難だったな、、、、あっでも俺は、ここで玄に逢えたから、ごめん、俺にとってはラッキーだったけどな。転生かぁ~ 寂しくなるけど、本当に良かったぜ」
勇は、懸命に動揺を隠し、ウィンクをした。
「玄、良かったやん。僕、嬉しいで、、、、離れるのは、めちゃくちゃ悲しいけど、地獄から脱出するんや。目出度い事や。玄、鬼さんのために一生懸命したもんな。お疲れさんや」
悲しい時に表れる、義晴らしい作り笑いをくれた。
「私、玄君が事故で死んじゃった、あの時に全部の悲しみ使い果たしたの。また会えるなんて、信じられない事が起こって、一緒にカフェをオープン出来て、本当に全部が、夢の様だったから。有難う。私、凄く楽しかった。
玄君がまた死んじゃうんじゃない。赤ちゃんに戻って、新しい人生を始める玄君には、おめでとうの言葉以外、何もないよ。
カフェの事は大丈夫だから。私がみっちり新人を鍛えるからね」
茜は喉を詰まらせながらも、頑張ってすっきりした笑顔を見せた。
「俺、地獄でだけど、皆に出逢えて本当に良かったって思ってる。転生するのは、嬉しい。1つだけ悲しいのは、ここであった出来事を全部忘れてしまう事だけ。でも耕三さんが、ここで皆と逢えたのは、きっと縁があったからだって。だから、絶対にまた会えると思う。
修行頑張って、早く地獄を出てくれよな。向こうで待ってるから」
「おう!」
「玄、エイエイオーや~」
義晴の掛け声に、目頭が熱くなりながらも、優しい笑いが漏れた。
「
皆に最後、もう一度コーヒーを作ってもいい? もう一度、耕三さんの造ってくれたエスプレッソマシーンを使いたい」
「玄、お主は、ほんに優しい男だの。勿論じゃ。皆も喜ぶだろう」
「玄、俺達マフィンを沢山作ったし、食べ物も出そうぜ。手伝う」
「勇、有難う」
「勿論、僕も頑張るで~」
「私も!」
これが最後の共同作業だ。俺達の心の片隅にでも、思い出が残る様に祈った。
耕作鬼達と厨房鬼達は、バラバラだが何とか時間を工面して、玄の最後のコーヒーを味わいに、カフェに訪れてくれた。
「鬼長、色々と本当お世話になりました。有難うございました」
「儂も長年、地獄に居るが、別れを惜しまれるのも、惜しむのも初めてじゃ。玄、達者でな」
「はい」
「耕一さん、耕二さん、監二さん、沢山助けて貰って。本当に有難うございました」
「耕三は、時々人界に行きよるでな。玄の様子を聞かせて貰える。頑張るのだぞ」
「あ、はい」
「そうだ。耕三に黄泉の物を、運んで貰えるかもしれん。期待して待っておれ」
「うわ~ 耕二さん、そしたら嬉しい。宜しくお願いします」
「わしは、玄に会えて良かった。旨い物を食わせてくれて有難う。寂しいな」
「監二さん。こちらこそ有難う。そう言って貰えると嬉しい」
その場には、監一こと、義覚と、ヤコも同席していた。
「なぁ~ 義覚よ。そろそろ人界に来てみないか? そちは地獄での修行など無いはずだ。身体もデカくなどしよって。せっかく元の姿に戻したのだ。義賢が祀られておる山へ行ってやれ」
「
「やれやれ。もう十分ではないか? そこに座っておる、デカくなった鬼共もだぞ。そち等の力を持ってすれば、人界への行き来など容易い事。玄に会いに行ってやれ」
「そうだ、義賢さんって義覚さんのお嫁さん?」
「ああ」
『まじで』
俺は、冗談のつもりだったが、本当だったらしい。
「我を、守るために祓われてしもうたんじゃ。可哀想な事をした。反省せぬといかんのは、我の方よ。申し訳なかったな」
「小角、止めてくれ。分かった分かった。人界に行く。小角や玄に会いに行く。義賢の山にも行く」
義覚は、観念したように、人界に行く事を約束した。
「玄、余の事も忘れないでくれ」
「あ、ヤコ! もしかしたら、俺が小さかった時に、少しだけ世話をした犬って、ヤコだったの?」
「ああ、間抜けな法術師を覚醒するためにな」
「あははは」
靄の
「余は、稲荷神だ。覚えておいて欲しい」
「うん、お稲荷さんなら、きっと訪れるはず」
そして、俺は、カフェに来てくれた皆に目を向けた。
「地獄では、本当にお世話になりました。有難うございました。俺、生まれ変わったら、皆の事、忘れてしまうと思う。それでも、会いに来て貰えると嬉しいよ。待ってるから」
俺は、深々と下げた頭を上げると、瞳の奥に皆の姿を焼き付けた。
小角が地獄カフェの上空で、一旦停止をしてくれたため、再度、勇、義晴、茜、そして鬼達に別れを告げる事が出来た。
上空から俺の地獄カフェの全貌を眺め、エスプレッソマシーン、窯、厨房にある特大のフライパン、分離器や石臼にも礼を述べた。
すると、色々な記憶が、走馬灯のように脳裏に駆け巡ったのだ。
「俺の厨房、本当にお世話になりました。有難うございました。そして、お疲れ、武田玄信」
「さようなら、地獄カフェ」
鳥のさえずりが聞こえ、暖かい陽の光が照らす中、部屋のカーテンが風に時々揺れている。
オルゴールのベッドメリーが、天井近くで、ゆっくりと回転しながら、優しい音色を奏でていた。
「この子、本当によく笑うわ」
「だな~ いちゅも、ご機嫌さんでちゅね~ 玄信」
ベビーベッドの脇で、若い夫婦が赤ん坊の顔を覗き込んでいた。
玄信と名付けられた赤ん坊は、この世に出でてから、常に沢山の笑顔に囲まれていたのだ。
両親に微笑み返す玄信の瞳には、彼等とは別に、元来の大きさに戻った鬼や、身体を小さくした龍、そして、狐や仏の姿も捉えていたからだ。
玄信が上へと伸ばした両腕の右手は、優しく母親に受け止められた。そして、左手の小さな手は、大嶽丸こと耕三の指を掴んだのだ。
そう、武田玄信は優しい夫婦の家庭に転生し、同じ名を受け継いだ。
そして耕三が予想した通り、玄は見鬼の才を失わず、黄泉の国から訪れる妖達に、見守られながら、健やかに成長した。
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