第19話 Great Team

 俺達が食事と休憩を終え、マフィン作りに取り掛かろうとした時、急に俺の胸元で音がした。

「なになに?」

「玄、携帯だよ」

「あ、そっか! 耕三さんからかな?」

「携帯ってなんや。そんなんが地獄にあんの? 玄が持ってんの? ペットも飼ってるし、玄って特別やな、凄いわ」

 俺は慌てて携帯を握ろうと思ったが、緊張のあまり携帯が俺の手の平で踊った。

「なにやってんだよ、早く出ないと切れちゃうぞ」

「分かってるよ」

 俺はなんとか携帯を掴むと、電話に出るマーク(現世と同じ)を押した。

「もしもし」

 俺は緊張のあまり声が裏返ってしまった。勇と義晴はそれを見て吹き出しそうになるのを堪えていた。

「もしもしとは、玄、面白いな」

「あ、耕三さんでしょうか?」

 電話の向こうの声はやはり耕三だった。

「俺様だ。今からそっちにデカイ、型というのを送る。袋に入らないのだ、ボトボトと降って来るから気を付けろ。それから玄、近々こちら、耕作地に来てもらう。勇が1人でもマフィンなどが、焼けるよう鍛えておけ。暫く滞在する事になるからな」

 そう告げると、電話の向こうは、まるでブラックホールのように何も聞こえなくなった。

「耕三さん何だって?」

 勇が飛びつくように聞いて来た。

「なんかさぁ~ 上から大きい、、、、」

 上空を見ながら説明しようとした途端、頭上に月のような丸い物が浮かび上がった。

「上見て! あれが降ってくるから危ないらしい」

俺は慌てて2人に注意を促した。勇と義晴も頭上を見上げると、

「ほんまや」

「あっちに逃げよう!」

 俺達は叫びながら岩場へ向かうのと同時に、月の様な物体が、次から次へと降って来た。落下というほどのスピードでは無かったが、あのまま下に居たら、きっと頭を打っていただろう。

「さっきの電話この事だった。袋に入らないからって」

 10個ほどだろうか、丸い物体が降った後、袋が2つ転送されて来た。

 俺達は、耕三が送ってくれたもの確認するため近づいた。

「お、デカイケーキ型だ。袋には何が入ってるんだろう?」

 俺の厨房一帯に、直径1メートル以上もある鉄で出来たケーキ型が転がっていた。俺達は1か所に集めるため、型を1つ1つ拾い始めた。

「それにしても、大きいな~ デッカイケーキ焼くねんな」

「鬼さんの食べる量が半端ねえからな」

 ケーキ型の山を眺めながら、俺は色々なデコレーションを考えていた。

「玄、なんでニヤついてんの?」

「あ~ 玄の頭ん中は鬼飯の事で一杯なんだ。ああなる時は、メニューを考えてる時」

「へぇ~ ほんまに鬼さん想いやな」

「玄、袋の中見なくていいのか?」

「あ、そうだった」

 俺達は、袋のある方に向かうと開けてみた。

「お! フライ返し、これもデカイな。でも大きいパンケーキには、兆度良いサイズだ。こっちは何が入ってるんだ? 巨大泡立て器、しかも先が4つに、グルグル回すハンドル付きのやつだ」

「でもクリームを泡立てるって言ったって、あのケーキのデコレーション用だったら、どんなけ要るんだよ。大量だぜ」

「だな~ でもさっすが、耕三さんこの泡立て器なら、俺達でも扱いやすいし、大量に泡立てられるはず」

「めっちゃ楽しみになってきたわ」

「修行だってことお忘れなく」

 俺と勇は同時に義晴に警告した。

「あははは、怖いな、2人共」

「えーと、卵はまだ100個ほどあったし、ステビアとホエイ、どうしようバター使ってみる?」

「パンケーキに置いておこうぜ」

「だな~ じゃあオリーブオイルに、ちょっとだけ酵母を使おう。それにこれ!」

 耕三がステンレス製の巨大ボールを、僕達が出入りし易いように梯子付きで、幾つか送ってくれていた。木の器よりも軽いので扱い易いだろう。

「そっか、梯子の事忘れてた! バターの時使えたかもな」

「だな~ でもちょっと小さくないか?」

「いやいや、勇君、耕三さんを見くびったらダメですよ。これ収縮式」

「まじで~? だったら岩場も必要なかったじゃん」

「あははは、すみません。次から楽に出来るはず」

「バター作ったん? 凄いな。ほんで今からスポンジケーキを作るん? デコレーションは生クリームと何?」

「昨日、耕一さんが、マンゴを送ってくれたから、それ使う」

「マンゴ、贅沢やな~」

「じゃあ、まずはメレンゲだ。3人で泡立てたら出来るかな? メレンゲが多分1番難しいと思う。無理だったら残念だけど、パウンドケーキにするしかないね。マフィンの大きい版だけど、クリームを間に挟むから、見た目や味は違うはずだ」

「どっちでも旨そうだぜ」

「それと、チョコなしのケーキの場合、メレンゲは冷やして泡立てた方が、いいんだけど、冷やすと泡立て難いから、今回はここでやってみる。もしちゃんとメレンゲが出来たら、次からは冷やしながらするな」

「なんや難しいて、よう分らんわ。とりあえず、やってみようや。おもろそうやん」 

 最初に俺達は慎重に卵を割り、白身を大きなボールへ、黄身はバケツへそれぞれ入れて行った。次にパンツ姿になった3人は、器に入りひたすら泡立て器のハンドルを回した。

「この体勢、腰にくるな」

「おっさんか」

 俺は数回に分けて加えていたステビアの残り全部を混ぜ合わせた。

「なんかいい感じかも? 地獄でメレンゲ出来たら俺まじで嬉しい」

「あははは、ほんまや玄の頭は鬼飯のことばっかりやな」

「だな~」

 鬼飯作りが3人になったことで作業がより1段と楽になった。がむしゃらに泡立て続けるとメレンゲが立ち始めた。

「もうちょっとだぞ~」

「おお」

 2人の元気な返事が嬉しかった。

「やった~ 地獄メレンゲの完成! じゃあ、2人はそのままでいて、卵黄持って来る。動き回ったら、メレンゲ沈むから気を付けろよ」

 俺はボールから梯子を使って簡単に這い出ると、バケツに入れた卵黄を2人に渡し、再びボールの中に戻った。卵黄を少しずつ入れながら、3人で無心に混ぜ合わせた。

「俺素人だけど、これ良い感じに仕上がって来てるって分かるぜ」

「うん、現世でも難しい作業なのに、キメ細かく仕上がって、2人のお蔭だよ~」

「まだやで、こんなん始めたばかりやん。次はどうすんの?」

「そうだった。これに小麦粉を混ぜるから取って来る。2人はまだそのままで居て」

「了解」

 小麦粉、ホエイ、オイル、酵母、重曹、全ての材料を混ぜ泡わせ、ケーキ型に油を塗ると生地を流し込んだ。最後に3人で巨大ケーキ型の回りをトントンと叩き、空気抜きを試みた。

「さて、窯に投入だ」

 俺達はそれぞれにケーキ型を持つと窯に入った。

「うわ―― これは最恐の修行やわ。背中痛い」

 義晴は半泣きになりながらケーキ型を窯の奥に並べると、慌てて窯から脱出した。しかし再び違うケーキ型を持つと、背中の火傷が治らないうちに再び窯に入った。

「義晴、無理しなくていいからな」

「俺、窯業で1回死に掛けたから~」

「え~ ほんまか。けど大丈夫やで~ 生きてる時に動かれへんかった分、地獄で頑張りたいねん」

 義晴も勇と同じだ。現世では病弱のため激しい運動など出来なかったのだろう。地獄で身体を思い切り酷使出来る事が嬉しいのだ。

「これで最後や」

「それじゃあ、焼いている間にウィップクリーム作ろう。あと、マンゴの下準備もしないとね」

「腰痛いけど、頑張るぞ」

「お、勇、いいね~」

「あはは、ほんま勇変わったな」

「そっか~? 修行のせいかもな。心が清められてるんだぜ」

「じゃ、次々」

「マンゴからしよか?」

「おい、お前等、本当の事言っただけじゃん」

 厨房に再び俺達の笑い声が広がった。


「そうそうここにな、巨大な包丁が、逆さギロチンみたいに設置されているんだぞ」

 俺達は先日作って貰った人間サイズの包丁で、マンゴの皮を剥いていた。

「え~ 怖いな」

「玄のアイデア。デカ過ぎて扱えないから岩場に挟んであるんだけど、それでカカオの実を切る時、マジでビビった」

「カカオの実? それってチョコレートの材料ちゃうん?」

「ああ」

「勇、生きてる時にお父さんの話を、ちゃんと聞いとったらよかったって後悔したやろ」

「ああ」

「やっぱり」

「勇、結構知ってたよ。だって今、発酵させてて、きっとチョコレート作れると思う」

「すごいな。勇役に立ってるやん」

「まぁな」

「で、皮剥いたら、小さく切る? 種ってこんなに大きいねんな。僕、マンゴって剥いてあるのしか食べた事ないわ」

「適当に切ってくれていいよ。それと、種は耕作地に返すからバケツに入れて。それにしても、料理したことないのに2人とも包丁捌きは上手だね」

「お見舞いで貰う、フルーツばっかり剥いてたからな」

「ほんまや」

「さてと、マンゴはこれでオッケー。ちょっとケーキの焼き具合見てみるよ」

「俺等も手伝う」

 3人で竹串を持ち、窯に入ってケーキを確認した。

「なかなか良い感じで膨れてきてるな。じゃあクリームしよう。あ、でも泡立てた後、ケーキが冷めるまでクリームを寒い所に転送して貰わないと」

「大丈夫じゃね? いつも焼き上がる頃に監一さん達やって来るじゃん」

「あはは、そうだった。もし来なかったら、これあるしね」

 そう言うと俺は携帯を手にした。

「じゃあ、クリームは向こうの冷たい川の上で、浮かばして泡立てよう。ここじゃ暑すぎる」

「了解」

 俺達は、クリームをボールに移すと、川へ向かった。

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