第20話 Additional

 スポンジケーキは現世のように、とびっきりフワフワでは無かったが、満足出来る仕上がりだった。泡立てたクリームをケーキの間にマンゴと一緒に挟み、上にもデコレーションを施した。

 義晴が加わってから初めての共同作品、地獄マンゴショートケーキは、3人の自信作になった。

 鬼達は相変わらず知らせなくとも、ぞくぞくと俺の厨房に集まり、岩場に腰掛けケーキの登場を待っていた。

「こんなに鬼さんが集まると怖いな」

「まぁな、それにしても何でいつも焼き上がりが、分かるんだろ?」

「多分、皆この馬鹿デッカイケーキを、1人1個食べれるとか考えてると思うけど、、、、甘いな」 

「玄、なんや怖いで」

 俺は、厨房鬼と耕作鬼に1つずつケーキを転送した。残りの8個のうち半分を冷凍して欲しいと監一に頼んだ。

「何だ食べれないのか?」

 と少し不服な顔をしたが、天上界に送ってくれた。

 残りの4個を小さく切り分け、鬼にとっては一口サイズになってしまったが、蜂蜜入りのウィップクリームとマンゴの相性はバッチリで、皆満足そうに味わいながら話に花を咲かせていた。

「まるでカフェだな。ここ」

「だな~」

「ほんまやな」

 俺はいつもの様に、コンに予め冷ましておいたケーキを与えていた。相変わらずコンは、勇には近づこうとせず、それは義晴に対しても同じだった。

「今度さぁ、耕作地で耕三さんに会った時、テーブルとかトレイとかさ、カフェに必要な物を頼んでみようと思う」

「なんか、いよいよって感じだな。ワクワクするぜ」

「夢を地獄で叶えるって、かっこいいやん。尊敬するわ。僕って夢あったっけ?」

「俺も夢なんて考えた事ないな。元気になりたいってのは願いだったしな。でもさ、死んでから玄の夢に便乗できて、俺嬉しいんだぜ。ありがとな」

「勇、、、、俺だって、勇が手伝ってくれたお蔭で、夢が叶えられるかもって思えた。サンキューな」

「あらまぁ、素敵な友情だこと、出遅れたけど僕も忘れんとってや」

「ああ」

「もちろん」

「店名何にするんだ?」

「そりゃあ、地獄カフェ でしょ」

「まんまだな」

「まんまやな」

「あははは」 


 俺達3人は最高のチームであった。下準備、ジャム作り、マフィンにスコーン、それぞれの仕事を分担すると、同時に幾つもの作業が可能になった。相変わらず、焼きあがる度に、鬼達はこぞって現れたが、常に出来上がりの半分は冷凍して貰った。着々とカフェオープンに向かって準備を整えつつあった。

「お、お帰り、玄」

「只今」

「乾燥場ってどんなとこなん?」

「どんなどこね~ ヒーター、いや程よく風が吹いてるからドライヤーの下? かな」

「へぇ~」

 俺は、先程、発酵の済んだカカオ豆を乾燥場に運んだのだった。カカオの果肉、所謂パルプと共に発酵したカカオ豆は、全体的に白っぽかったのが、若干茶色ぽくなっていて、チョコレートに近づいた感じだった。

「それと、すごく乾燥してる。雨が降らないからだと思う。何も生えてない。そうそう、乾燥場でコンを見付けたんだ」

「そんなとこに居ったんか~ 玄に会えてラッキーやったな」

 俺の居る地獄では、雲がなくとも時々雨が降った。耕作鬼が畑の水やりをする際に、お零れがこの地にも流れて来るのだと説明してくれた。

「あ、沢山割ってくれたんだ。それで100個位?」

「それくらいやわ」

「じゃあ、あと50個割ってくれる。俺はパンの発酵具合みて、デカ型に敷き詰める作業を始めてるから、終わったら手伝って」

「りょ」

「オッケー」

 俺達は新メニューにチャレンジすることにした。鬼は甘党かもしれないが、乾燥させたトマトを使ってキッシュを作ってみることにしたのだ。バターは出来上がったが、パイシートを作るのは手間なので、パン生地を台にして焼く事にした。

 パンの発酵は、やはり地獄の環境だと、あっと言う間で、遠目にもボールからパン生地が盛り上がっているのが見えた。

「うーーわ、早いな。もうあんなに膨らんでる」

 俺は、さっそくデカ型に入ってオイルを塗った。

「さてと、どうやってパン生地を伸ばそうか」

 通常ならパイシートや生地は、ローラーで型の大きさに合わせて平たくしてから敷き詰めるのだが、この型は大き過ぎる。かといって実際型の中に入ってみると、この中での作業も大変そうだった。

「そうだ、鉄のトレイを使おう」

 俺は、早速スコーン等を焼く時に使うオーブントレイ(ただの鉄板だが)に、小麦粉をまぶし、その上で生地を伸ばすことにした。

「ローラーもデカイ。でもこれくらいでないと、時間が掛かり過ぎちゃうしな」

「おーい。卵割るの終わったぞ~」

「パンツ一丁で四つん這いって、セクシー過ぎんで、玄」

「あははは、まぁね」

「あの幼い義晴のセリフとは思えん」

「だから25やて」

 2人は背後から俺を眺めていた。

「で、俺等もそうやって伸ばせばいいのか?」

「そう、2人もあそこにあるパン生地をちぎって、こうやって伸ばせる?」

「面白そうやん。やるやる」

「じゃあ、トレイに小麦粉を塗すの忘れないでくれ」

「あいよ」

「分かった」

 俺達はローラーでパン生地を平たく伸ばした。

「あのさ~ パン生地に俺の膝や足型が付くけどいいのか?」

「問題ないよ、後で穴を開けるから。あんまり薄くだけしないで」

「え? 穴開けんの? なんで?」

「ピケって言って、生地や生地の底に入り込んだ空気で、パン生地が膨らむのを防ぐためだよ」

「なるほど、奥が深いな。ケーキは膨らむ方がいいし、これは膨らんだらダメなのか」

 トレイの上で平たくなったパン生地をデカ型に敷き詰める作業は、2人1組で行った。

「じゃあ、“せーの”でヒックリ返すぞ」

「OK、成功してくれ~」

「せーの!」

 俺と勇は声を合わせ、同時にトレイを型の上でヒックリ返した。すると、伸ばされた生地が、平たい状態で型の上に乗っかってくれた。

「おお、成功じゃん!」

「だな~ 大きさもピッタリだ。じゅあこの要領で、勇と義晴は生地を置いてってくれる? 俺は、型に敷き詰めるから」

 俺達は10個の型全てに生地を敷き詰め終わった。

「パン生地が第2発酵している間に具を作っちゃおう。また泡立て器の登場だ」

「泡立て器と梯子が届いて以来、随分と作業が捗ってるよな」

「だな~」

 勇と義晴が卵を割り入れたボールに、泡立て器を手にした俺達が近づいた。

「いつも思うんだけど、これだけの卵があると、気色悪いな」

「たしかに、一杯目玉があるみたいや。ここの卵デカイし」

「悪いけど、勇と義晴は中に入って、卵を軽くほぐしてくれる? で、次にクリームと塩を加えて、よく混ぜてて。俺は、蒸気道で蒸してる、ホウレン草を取ってくるよ」

「ホウレン草、結構な量だったからさ、俺も手伝うぜ。ここは義晴だけで大丈夫じゃね?」

「そう? 助かるけど。義晴、1人で大丈夫?」

「全く問題ないわ。混ぜればいいだけやろ? クリームとかもバケツで用意してくれてるし、2人で行ってきて。ホウレン草を運ぶ方が大変やで」

「じゃ、出来るだけ早く戻って手伝うからな」

「サンキュ、義晴」

 俺と勇は、早歩きで蒸気道に向かった。

「おお、笊から盛り上がってた、ほうれん草が見えなくなってるぞ」

「ほんとだ。蒸されたって事だな。あんなにあったのに凄いパワー」

「あの蒸気でなら、エスプレッソって出来そうだな」

「耕三さんの神業があれば何でも可能な気がする」

「だな~」

「おお、良い具合に蒸しあがってる。あち――」

 ほうれん草の笊を覗いた途端、蒸気が噴き出してきた。

「気を付けろ。玄、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」

「あははは。窯とかは背中や足が痛いけど、こうやってイキなり顔に、攻撃を受けるのも怖いな。大丈夫、ありがと。じゃあ笊を持ち上げよう」

「おう」

 俺達は蒸気道に置いてあった、ホウレン草の入っている大きい笊を下すと、担いだまま俺の厨房に戻った。

「お帰り~ って玄、顔どうしたん?」

「あ、さっき蒸気攻撃を受けた。そんなに酷い?」

「顔だけ真っ赤やからビックリしただけや、目、鼻、口、しっかり付いてるで」

「あははは、良かった」

「今から、クリームを注入するのか?」

「そう、塩はもう入れた」

「手伝うぜ」

「じゃあ、そっちは勇と義晴で頼むよ。俺はホウレン草の粗熱を取る」

「あいあいさー」

 2人は声をそろえて応えた。

「息ピッタリだな」

 俺は蒸し上がったホウレン草を2つの笊に分け、広げて早く粗熱が取れる工夫をした。次にドライトマトを耕作鬼の植木バサミで細かく切っていった。

「よしと、後は例の物を足せば具材は完成だ」

 と、口ずさんだ時、

「おーい、玄、混ぜ終わったぜ~」

 完璧なタイミングで勇達の作業も終わったようだ。

「オッケー、そっちに行くよ」

 俺は、溶き卵にほうれん草とドライトマトを加えると、パン生地が敷き詰めてあるデカ型の方へボールを3人で運んだ。

「お、届けてくれてる」

「あ、例のやつ?」

「牛乳とレモンだけで出来るなんて知らんかったわ」

「チーズはスターターとか熟成が必要だけど、カッテージチーズは簡単だろ」

 俺は冷やしておいた、カッテージチーズも具材に加えた。

 パン生地の2次発酵も終わっており、俺達は底に小さな穴を幾つか開け、生地を流し込んだ。

「あとは、焼くだけだ~」

「めっちゃ旨そうやで」

「だな~」

 それぞれキッシュが入っているデカ型を持つと、いつもの様に窯に侵入した。

「玄はさぁ、鬼さんは甘党だから、こういう総菜系は、嫌いじゃないかって心配してんだよ」

「そうか~? 何でも食べそうやけど。もし嫌いやったら、僕全部食べるわ」

「かなりの量だぜ。でもこれは味見だけじゃなくて、ちゃんと食べてみてえな」

「パン生地で作った事ないけど、きっと旨いはず」

 俺達は、ワクワクしながら窯の前で、

『地獄ドライトマトとホウレン草のキッシュ』の焼き上がりを待った。



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