第34話 Finally Made It

「何を食べられますか?」

 メニューを裏表覗き込んでいた耕三達に、俺は興味津々丸出しで注文を取った。

「玄なら何を食べたい?」

 想定外の事を問い掛けられ、俺は言葉が口から飛び出すどころか飲み込んでしまった。

「え? 耕三さん達が選んでくれていいんだよ。今なら全商品揃ってる」

「いや~ 儂も玄のお勧めでいいぞ」

「そうだな、俺もそうしてくれ」

『はぁ~?』

 心の声が喉から出そうなるのを堪えると、逆に笑いが漏れた。耕作鬼らしいからだ。

 午前部に来た鬼達は、メニューから自身の食べたい物を選ぶのが楽しくて仕方がない様子だった。だから、耕三達たちも同じだろうと想像し、好物が知れるとワクワクしたが、どうも俺の空振りだ。肩透かしを食らった気分だった。

「分かりました。じゃあ、お勧めをドーンと持ってきますね」

「おお、楽しみだな」

 俺はまだ耕作地に送ったことの無い、チーズピザ、チーズスコーン、パッションフルーツケーキに生チョコと少しだけ残っていたミルクチョコをテーブルに持って行った。

「これが前に話してたピザか?」

「うん」

「この茶色いのは何じゃ?」

「あ、チョコレートです」

「カカオの種か?」

「そうです。ここに居る勇と義晴が作ったんです」

「ほぉ~ 皆感心じゃの」

 耕三達が、全ての料理を行儀よくユックリと味わいながら食べる姿は、紳士的で、地獄カフェである事を忘れそうになった。

『神様が食事をする姿ってこんなんだろうか?』


「玄の作る物は、ほんに旨いの~」

「素材が良からな、ははは。だが、真心が込められた味がする」

「チーズを熱すると伸びるのだな。これ心底美味しいぞ、玄。他の耕作鬼に送ってやれるか?」

「勿論です。耕次さん。やっぱり皆さんは来れないのですか?」

「交代で来るだろう。皆楽しみにしておったからな」

「さっき、厨房鬼さんにも渡したのですが、メニューを持って帰ってください。注文を頂いて転送します」

「それはいい。皆喜ぶ」

「うん、耕三さん」

 どの品も旨いと褒めてくれたが、結局耕作鬼、特に耕三が甘党なのかどうなのかも分からぬままに食事を終えた。

「玄、すまないが、まだ獄卒の事を大王に話せていない。いつも俺様を避けているが、今回は人界で問題が起きたので、呼び出されているみたいだな」

「え? 閻魔大王が留守の地獄ってこと?」

「オリジナルは居ないが、奴にはコピーが数体もある。地獄に支障はない」


『オリジナル、、、、ははは。俺に沙汰を出したのはコピーだったのかな?』


「帰ってきたら、取っ捕まえて発布を却下させるが、それまでは十分に気を付けろ。分かったな」

「うん。分かった。今は修行だと思って頑張るよ。有難う」

「いよいよ明日開店じゃな。気張るんじゃぞ」

「前に耕作地で会った時とは、見違えるように魂が成長したのぉ、玄。お主なら良い仕事をするだろう」

「これも全て耕作鬼さんの助けがあったからです。本当にありがとうございました」

 俺はまた感情的になり、胸が詰まった。

「玄君、また泣いてる。生きてる時と全然変わらない」

 小刻みに震えている俺の背中を見つめながら、茜は昔を思い出すように呟いた。


「それでは、そろそろ開店じゃな? 儂等はお暇するかの」

 耕一の言葉が合図だったように、耕次と耕三も椅子から尻を外した。

「また絶対に来てください」

「そのつもりじゃ」

「ああ」

「またな、玄」

 耕三達は来た道を戻らずに、店から姿を消した。


「うわ~ 肩書一杯持ってる耕三さん。かっこよすぎるな。でも勇全然喋ってないやん。えらい消極的やな」

「超緊張したぁ」

「あははは。じゃあ午後の部開店するぞ。エイエイオー」

「またかよ~」

「あははは、エイエイオー」

 時刻は【60:53】皆で一斉に両手を天高く上げた。


 10時間営業の午後の部も、前半部と同じく、ほぼ完売の勢いで幕を閉じた。

 少し要領を得た俺達は明日からの本格的なオープンに向けて、少し自信が持てた。しかしプリオープンの客は、見知った顔もあり、温厚な鬼達ばかりだが、明日からは他の地獄からもやって来るのだ。気持ちを緩める訳にはいかない。

「いよいよだな」

「ああ、頑張ろうぜ」


 こうして、俺達は、正式に「地獄カフェ」をオープンすることになった。

 昨日の打合せ通り、午前の部の接客は、茜と理子に任せた。茜は接客の経験は豊富でベテラン並みだ。理子も茜に真似ながら昨日の時点で、一通りの流れは掴んだようだ。男の俺達は厨房で最初のオーダーを待った。

 本格オープンは開店早々に普通サイズの座席が一杯になった。猶予地獄以外で働く鬼達は、監一達ほど大きくないモノばかりだったからだ。耕三が普通サイズを多く送って来た意味が理解出来た。

「うわ、物凄い美人が地獄に居るぜ」

「うわ~ ほんまや」

 厨房から商品を作業台に並べていた勇達が、美女鬼に気を取られていた。

「監一さん達に、あの鬼さんに惚れたら刀葉林に連れて行かれると言われたぞ」

「どこだそれ?」

「葉が刀になってる林だって」

「うわ、怖いな。もう見んとこ。仕事仕事」

 女鬼がここに来るのは2度目だ。それほど頻繁に現れないうえに、耕三が彼女たちは大丈夫だと述べていたのを思い出した。

 他の地獄からやって来た鬼は、デーツスコーン好きで、それに加えエスプレッソまたはカプチーノの注文が多かった。どうも苦い味が気に入ったようだ。色々と注文する猶予地獄とは随分嗜好が違うのには驚かされた。これも頭に入れて今後の仕込みを考えないと。

 鬼達は木札1つで1品しか注文できないため、毎日は来店しないのかもしれない。プリオープンで見た鬼達の姿を今日はあまり見なかったのだ。

「またデーツスコーンとコーヒー、あエスプレッソで」

「わかった。あ、あああ、やばい器が足りない」

「え? そうか普通サイズのカップって、そんなに用意してなかったか」

「どうした?」

 様子を見ていた監一が助け船を出してくれた。

「ごめん、監一さん、耕作地からこのサイズの器を取って来て貰ってもいい? 今の時間、耕作鬼さんは寝てるか食事中かもしれないから、電話するの悪くて」

「承知した。直ぐに戻る。しかし獄卒が現れたら連絡しろ」

「了解。ありがとう」

 監一に頼んだ後、俺もスコーンの焼き上がりを見に窯へ向かった。

 監一と俺が客席広場から離れて直ぐ、獄卒が現れたのだった。しかも今回は4鬼だ。

 コーヒーの香りと和やかな鬼達の会話が広がっていたカフェに一変して重い空気が漂った。

「また来た。あいつ等だ、理子ちゃん気を付けろ」

 勇の助言は理子に対して相応しくなかった。今まで、卒なく仕事をしていた理子であったが、その瞬間恐怖のあまり動けなくなってしまったからだ。

「大丈夫よ。私が対応するから」

「あ、でも監一さん達に任せろって言われてる」

「でも今、器を取りに行って貰ってるはずだわ。戻るまで放っておくわけにいかなし。注文だけ取ってくる」

「茜、用心しろよ」

「らじゃ」


 茜も内心は恐怖心で一杯だったが、接客の経験があると自負していた。

 遠目からは、問題なく獄卒の注文を取り、こちらに向かって戻ってくるように誰の目にも映っていた。

「キャー」

 防火を施した割烹着を身に着けていた茜は、突然誰かにフードを引っ張られ後ろに倒れ込んだのだ。

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