第33話 Huge Welcome

 鬼長達をテーブルに案内し入口に戻ると、複数の巨大な足音が近づいて来たと思ったが、監一達と同様に一旦看板の前で止った。

 義晴の作品に対する感性は、鬼と人が共通していたのだ。

「あ、厨房鬼さん! お久し振りです。作業台や分離機など色々と送っていただいて、有難うございます」

「お、玄だ。久し振りだな。お主が送ってくれる飯は旨いぞ。初めてここへ食べに来た」

「ようこそ、いっらしゃいませ。どうぞ好きな席に座ってください」

 厨房鬼達は辺りを見回しながら鬼長近くのテーブルに着いた。

「エプロン姿って事は、厨房鬼さんか?」

「そう、分かり易いよな」

「エプロン姿、めっちゃ似合ってる、可愛いなぁ」

「あれも燃えないんじゃないか?」

「だろうね。俺達の割烹着と同じ素材ぽい」


 鬼長が注文したのは、カプチーノだった。コーヒー初体験をした監一達から色々と聞かされた様子で、自身も飲んでみたいと考えたようだ。またシナモン好きの鬼長にはカプチーノだと勧められたらしい。

「監一さん達、しっかり営業してくれてるよ」

「だな~」

 監一の注文はパンケーキ、監二はチーズスコーン。

 一方、初めてここへやって来た、厨房鬼達は代表して半分の5鬼で登場し、皆それぞれ違う品を注文してくれた。

 鬼達の嗜好が分かれるのを知り、メニューの中から好きな物を自身で選べるのは、正解だったようだ。

 厨房鬼達は、全員一緒での来店は難しいようで、今まで同様に転送しても欲しいと言ってきた。

 恐らく耕作鬼も同じだろう。先日耕作地を訪れた際も、とても忙しくしていた。なかなか来店出来ないかもしれない。

「耕三さんは来れるかな?」

 俺は無意識に口から漏れた。


 厨房鬼達は、デーツスコーンやパンケーキも注文した中、1番お気に入りだったのはチーズピザであったことから、鬼が決して甘党なのではなく、監一が特別そうなのだと悟った。そう言えば、最初からジャムが大好きで常に欲しがるのも監一である。

「あははは。耕三さんはどうなんだろう」

 俺は、あの旅以来、耕三の事を考える時間が、増えていた。


 厨房鬼達の到着後、休憩時間に入った鬼達がぞくぞくと現れた。

 実は、今回はプリオープンという形式で、カフェのオープンに関して、特にお世話になった耕作地、厨房、監視場にだけ、鬼長から連絡して貰った。

 皆の好みや、俺達の仕事の流れなど、正式オープン前に確認しておく機会も設けたかったのだ。

 本格的に他の地獄から来客があるのは明日からとなる。

「耕三さん、獄卒さんの事、大王に文句言ってくれたかなぁ」

 耕三が心強い事を提言してくれたのを思い出した。

 この黄泉の世に居る全てのモノに、分け隔てなく俺の作った品を食べて貰いたいとは思う。でも最後に訪れた時の獄卒からは、嫌な予感しか残らなかった。


「はぁ~ 接客業って疲れるんだな」

「僕も初めて働いたけど、結構大変やわ」

「私10時間労働って長いなぁって少し不安だったけど、アッと言う間に終わっちゃった感じよ」

「そうですね。でも私は人と接するのが苦手だったので、鬼さん相手でも接客は緊張しました」

「そっかぁ」

「でもさ、鬼さん達があんなに喜んでくれたから、カフェオープン出来て良かったって思ったよ。皆ありがと。お疲れ様でした」

「玄~ お疲れぇ」

「じゃあ、疲れてる所、悪いんだけど次の仕込みがあるし、さっさと食べちゃおう」

「玄が、鬼より鬼に見えた。一瞬」

「あははは」

「ほんまや、せっかく、賄い作ったのに、玄あげてまうし」

「だって、最後に来た鬼さん、俺の作った飯食べた事無いって言うし。なんか悪くてさ。本当にごめん」

 俺は、両手を顔の前で合わせて皆に詫びた。

「俺だって、同じ事してたぜ。あんな顔見たら断れねぇよな。義晴だってそうだろ」

「そうやな。無理やわ。めちゃめちゃ喜んでくれてたし」

「本当にあんたたち良い男よね」

「私もそう思います」

 プリオープンとは言え、後半部のために余分に作っておいた品と俺達の賄いも含めて完売となり、地獄カフェの初日前半部は大盛況で閉店となった。

 ここの鬼達は時間通りに働くようで、長居するモノもおらず、就寝や就業時間となる前には足早に引き上げてくれたため、現世の様に閉店を告げる必要も無く簡単であった。

 ただ閉店前に商品が売り切れてしまったのは今後の反省点であり、その場合は来店する前に知らせる必要があると鬼長に伝えておいた。

「厨房鬼さんが送ってくれたし、鬼団子食べようぜ。ジャムはあるからさ」

「おう」


「他に何かする事がありますか?」

「えーと、今キッシュを窯に入れたし、ピザの下準備も出来たよな。パンケーキの生地もバッチリだし、ケーキも解凍OK。後は、勇達がやってるマフィンとスコーンを窯に入れるだけだね」

「玄君、コーヒーの下準備出来たよ。他にやる事ある?」

「全部OKぽい。勇達が帰ってきたら開店まで少し休もう」

「そう? 大丈夫かな? なんか緊張しちゃう」

 俺達は後半部の開店準備に取り掛かっていた。

 前半部の汚れた器を洗う作業が、予定していたよりも時間が掛かかり、若干不安であったが意外と余裕を持って後半部の準備が出来たようだ。

 明日からの本格オープンのため、必要以上に下準備は済ませた。ただ後半部の客入り具合では、また全部食べられてしまうかもしれないが。

「お~い、マフィンとスコーンの準備バッチリだぞ」

「良かった~ 開店前になんとかなったなぁ」

「ちょっと休憩しよう。お茶入れるから」

「おお、いいね」

 俺達は前半部での改善点などを話し合った。

 客席広場のスペースが、大きいため移動するのに時間が掛かるのだ。やはり現生のようにフロアの接客担当と厨房担当を決める事にした。

 今日は、俺が挨拶をしたい鬼の来店を予想して、接客を担当することにし、勇もそれに加わった。明日からはローテーションにするが、背の低い理子が接客する確率が高いだろう。義晴と茜も理子を手伝うと手を挙げた。確かにカフェには花がある方がいい。

「じゃあ、明日からの正式なオープンでは、茜先輩と理子ちゃんをメインに接客して貰って、時々交代するって事でいいよな」

「オッケー」

 俺達のプチ会議がそろそろ終わろうとした頃、入口付近で何かの気配がした。

 現世でも開店前にやって来る客はいる。しかし周辺に迷惑が掛からないなら、開店時間まで外で待たせるのが暗黙の了解だが、地獄ではどうだろう? 

 などと考えていると、聞き覚えのある声が俺の意識を入口へと集中させた。

「おお、これは見事だな。玄の描くのとは比べ物にならん。義晴とやらがエスプレッソマシーンを描いてくれていたら、もう少し分かり易かっただろうな」

「まぁまぁ、玄の一所懸命さは伝わる絵じゃったと、儂は思うぞ」

「俺は久々に玄に会えるのが楽しみじゃ」

「そうか耕次は、先日、入れ違いだったのか」

「ああ」


 俺と勇は咄嗟に立ち上がると、競争するかの様に入口に向って走り出した。

「なんやあの2人。器片付けもせんと」

 義晴達は気付かなかったのだ。今の声の持ち主が誰であるかを。


「耕三さ―――――ん」

 勇のように下心のない俺は、緊張する事なく耕三の名を呼んだ。

「おお、まだ開店前だろ?」

「大丈夫、準備はバッチリだから、入ってくれていいよ」

「厨房の道具の調子と、エスプレッソマシーンも確認したい。じゃあいいか?」

「勿論です。耕一さん、先日は色々と勉強になりました。有難うございました」

「もっとコーヒー豆とカカオ豆も育てる事にしたぞ」

「それは助かります。あ、耕次さんお久振りです。その節はお世話になりました。お蔭様でお店を開店する事が出来ました」

「久し振りだな、玄。活躍しているのは聞いておったぞ」

「耕一さん、耕次さん、こいつ勇です。他にもメンバーが3人も居ます。どうぞ宜しくお願いします」

 勇と共に頭を下げた。

 耕三達には食事をする前に厨房にある分離機や石臼の具合を見て貰い、次にエスプレッソマシーンに足を進めた。

「ほ~ これがそうか。こうして見ると立派じゃのぉ」

 俺と勇は早速、エスプレッソマシーンを作動し、茜も加えてカプチーノを作って見せた。

「蒸気圧は常に一定に保っているようか?」

「うん、バッチリ」

「そうか。ここの蒸気道は常に一定なはずだが、念のために気圧は頻繁に確認しろよ。それと冷蔵庫はどうだ?」

「あんなに大きいのが冷凍庫付きで来ると思ってなかったから、感動しちゃったよ。これからどんどん下拵えが出来るから、本当に助かります」

「ありがとうございます」

 皆で一斉に頭を下げた。

 一通り案内した後、耕一達にはテーブルに着いて貰った。勿論器に入ったカプチーノも運んで来た。

 今、俺の興味は耕三が何を注文するかの一点に集中していた。恐らく勇も同じだろう。

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