第6話 First Atempt

 耕作地から元の修行場に戻ると、監一とは違い青い色をした、1つ角の鬼に出迎えられた。

 鬼の迎えは、あまり良い知らせではないのかもしれない。

 楽しかった旅の気分が、一変し恐怖を覚えた。

「おお、帰ってきたか。どうだった? 何か旨い物でも作れそうか?」

 だが、予想に反して機嫌良く話掛けられた。

「耕作地から、色々と届いておるぞ」

「届いているって?」

「あ~俺がさっき耕作鬼、耕一だったか? コーヒーやフルーツ等、お前が興味を持っていた物を、届けるように頼んでおいたのだ」

「監一さん本当ですか? 早速何か作ってもいいんですか?」

「監一? 耕一? 何だそれ?」

「こいつが付けた俺の名だ」

「名だと~」

 やばい、これって俺達の内緒事だったんじゃ……

「お主が監一か。良いな。わしにもくれ」

「え、あははは。名前ってそんなにバンバン付けちゃっていいんですかね?」

「構わん、構わん」

「まいっか。じゃあ、、、、監二かんじさんって、安易過ぎますか?」

「こいつが、監一で、わしが監二か。覚えやすくていいぞ」

 そう言うと喜んでくれた。

 良かった~ まだ俺、子供いないし名前なんて、金魚すくいで貰った、金魚にしか付けた事ないっつうの。焦った。

「で、お前の名は何だ?」

 そう言えば、俺がここで名前を呼ばれたのって、閻魔大王だけだ。

「俺、あ、僕の名前は武田玄信たけだげんしん。現世ではげんって呼ばれてました」

「玄」

 監一、監二共に呟いた。

「はい」

「それも覚えやすくていいな」

「じゃあ、玄、早速だが耕作物をなんとかしろ」

「分かりました。有難うございます」

 おおおお、早速、送ってくれているなんて、耕一さん達優しいな。それにしても、転送って便利だな~ あっと言う間に着いちまうんだから。そんな事を考えながら、耕作物のある方に向かった。そして見えて来た、食料の山が!

「コーヒーだ! しかもこんなに。あと、フルーツもある。あっでも、フルーツってやっぱりこの場所だと、暑いので直ぐに腐っちゃいますよね?」

「そうだな。あまり長くは保てんな」

「やっぱり」

 コーヒーより先にフルーツをなんとかしないと、そう思案しているとサトウキビが目に入った。耕一さん達、ジャムの話を覚えていてくれたんだ。

「じゃあ、まずジャムを作ろうと思います。火の気と鍋は修行場にありましたけど、包丁って持ってます?」

「玄、先に話しておく事がある。その料理とやらをするのも修行の一貫だ。簡単な作業ではないと心しておけ」

 監一に怖い顔で告げられた。

 あははは、そうでした。ここ地獄でした~ 

「わかりました。覚悟して取り掛かかります」

 料理したさに、そうは言ったものの、

「覚悟って、、、、」

 内心は恐怖で一杯だった。

「あちらに行けば普段は使わない修行場がある。ここの修行場が罪人で、一杯になった時だけ、利用するのだが、ここと殆ど同じだ」

「なるほど」

 火の気と鍋はあるってことだ。

「サトウキビを切るのに包丁が必要です」

「修行場には串か槍しか無かったか。分かった、厨房鬼に告げておく」

 そう言うと、監一は少しの間無言になった。

 もしかして、厨房鬼と交信中?! 

 すっげ~ 

 その後、監一は耕作地から届けられた食材に触れた。すると、フルーツやコーヒーが次々と消失した。

 もしかして、転送してるのか? まじで? 便利過ぎ~ 

「じゃあ、行くぞ」

 監一はそう告げると再び歩き出した。

 鬼の1歩は、俺の3歩程だ。俺は小走りで後に続いた。

 進んだ先には、針山が見えて来た。誰も居ないが確かに修行場の様だ。フルーツとコーヒー豆の山も見えて来た。

「やっぱり、転送されてたんだ」

 食材の横に何かが横たわっていた。

「あれは何だろう?」

 そう言いながら、近づくと長身である俺の足の長さくらいの、、、、

「これ包丁だ! でっかいな~」

 そう、鬼サイズの包丁が2つ横たわっていた。

「どうやって使えってんだ」

 ブツブツ言いながら、持ち上げてみた。

 トホホホ 

 片手で持ち上がる訳がない! 両手が塞がれたんじゃ、どうやってサトウキビを切るのだ。包丁としては使えない。

「何をしておる?」

「ああ監一さん。この包丁大き過ぎて使えない。ほら両手でしか、持ち上げれないですよ。まじで重いし、どうしましょ?」

 刃を上に立てて使うしかないな。すると兆度良い岩が並んでいるのが見えた。

「あそこの岩に挟みます。よっこらしょっと」

 手を切らないように持ち上げると、岩場に向って歩き出した。

「どうするのじゃ?」

「刃の部分を上にして、あの岩と岩の間に挟んでみようかと」

 包丁の持ち手部分だけを持っていると、時々落としそうになる。足の上に落下したら確実に、俺の足は無くなるだろう。怖々だが岩場に辿りつくと、包丁をセットした。

ハハハハ、まるで逆ギロチン。刃が丁寧に研がれていて、輝きを放っている。何でも簡単に切れそう、、、、勿論俺の身体も! 取扱注意だ。

「じゃあ、早速サトウキビ切ってみようっと」

 この包丁の上に乗せると、サトウキビが小さく見える。

「とりあえず、皮を剥いて中身を出さないと」

 巨大包丁の刃で、自分の手を切らないように、切れ目を入れた。あとは、手で剥くしかない。竹のように固いので、時間が掛かりそうだ、と思いながらも、何とか皮が剥けた。

 その間、監一は無言で俺の作業を見ていた。これも修行だ。手伝って貰う訳にはいかない。

 サトウキビを縦割りで細くすると、次はフルーツも切っておこう。届いてあったのは、大量のしかもジャンボサイズのイチゴだ。

「現生だったら高級だろうな~」

 手で苺のヘタを取りながら、横に置いてあった大きい木の器に入れていった。林檎は芯が付いたままボールに放り込み、レモンは絞った。

 苺は潰して水分を出しておきたい。そう考えボールに歩み寄った。俺の腰の高さほどもあるボールだ。どうやって潰す? 手で潰すのは面倒なので、服を脱ぎボールの中に飛び込んだ。イチゴプールだ~ 

「げ、やばい、沈む」

 そう思いながらも、苺の良い香り漂う中で泳げるなんてある意味、贅沢な体験だ。苺が大き目でも現生と同じサイズ。身体全体で踏みつぶすと、あっという間に水分が出た。足で踏むのは罰当たりな気がしたが、器が大き過ぎて手で潰せないのだ。

 イチゴをかき分けながら、よじ登ろうとしたら、監一が摘まみだしてくれた。

「サンキュー、、、、じゃなくて有難うございます」

「さてと、後は全部煮込むだけだ。鍋は確か、向こうの修行場だと、最後の方だ、、、、とほほほ、勿論飛ばして行けないよな~ でも食材を抱えて行けないし」

「あの~ 監一さん、鍋の場まで行きたいんだけど、このボールを運んでは無理です」

 両手が使えないのだ。最初の針山で即お陀仏だろう。だいたいこんなデカイ器、持てるはずもない。

 じゃあ、飛ばして鍋まで行っていいよ~って言葉を期待したが、

「じゃあ、材料は俺様が運んでやる」

「あはは、やっぱり」

 念のために、スペアで届いていた包丁も、一緒にとお願いすると、俺は針山に向かった。

 やっとの思いで、鍋の近くまで行くと、監一が立っていた。そして鍋を見ると、いつもなら熱湯か油の様な物が、入っているのだが、空っぽだった。

「ここにこれ全部入れるのか?」

 監一に尋ねられた。多分鍋を空っぽにしてくれたのも監一だろう。

「はい、器の中身を全部鍋に入れてください」

 そうお願いすると、監一は無言で材料を鍋に入れた。

「かき混ぜるのをどうしよう。監一さん、フルーツを混ぜないと焦げちゃうんですが、、、、」

 と言った後、ぞっとした。もし竹など混ぜる棒があったとしても、あの巨大な鍋の中身を、かき混ぜるなど俺には無理だ。と言う事は、、、人間混ぜ棒だ。これ鍋業だもんな。トホホホ

「あの~ 俺が鍋に入って混ぜます」

 そう言うと、監一は無言だった。無言の意味が分からなかったが『当然だ』なのだろう。

「えええい」

 気合を入れると、鍋に飛び込んだ。

「あつ――い。イチゴ達はいつもこんな思いしてたんだ~‼ 美味しく作ってやるからな~‼」

 叫びながら言葉通り、必死の思いで焦げ付かないようにかき混ぜた。

「監一さ~ん! 火が強すぎて焦げちゃうかも。もう少し弱火に出来ないですか~?! あと、ヘラみたいなのが欲しい!」

 そう大声で監一に叫んだ。

「あ、なるほど」

 と言うと監一はしゃがみ込んだ。俺は鍋の中に居るので、監一が何をしているのか分からないが、火加減が徐々に弱まっていくのが肌で感じられた。

「オッケーです。弱火になりました」

 そう告げる俺の頭上から、なにやら大きい板の様な物が降って来た。

「ヘラだ~」

 デカイ鍋にちょうどいい、俺くらいの大きさのヘラが現れた。これで焦がさずにすむ。

「完璧です。サンキュー」

 もう一度、監一に礼を言った。

 鉄鍋だからか火の通りがよく、割と直ぐにジャムらしくなってきた。

「もう少しだ」

 鍋からは一刻も早く出たいが、せっかくなら美味しいジャムが作りたい。

「良い匂いだな」

 監一が頭上から覗き込んだ。

「もう少しで出来上がりますよ~ 出来たら言うので、火を消すか鍋を火から下して貰えますか?」

「承知した」

 暫く弱火でかき混ぜると、ちょうどいい具合にトロミが出て来た。

「監一さん、出来ました」

 と告げると直ぐに、グラグラと鍋全体が宙に浮かんだ。

「すげーな。この鍋持ち上げられるんだから。しかも素手だ。しかしまだ熱いんだよね、、、、早く出たい」

 鍋から脱出するタイミングを逃した、と思っていると、鍋が地面に着いたのと同時に、監一は俺を摘まみ出してくれた。

「はぁ~ 熱かった~ でも出来た~」

 全身が火傷で真っ赤になっていて、俺もジャムと化しているようだったが、めげずに腕に付いているジャムを舐めてみた。

「旨い。人間ジャム機、上出来じゃん」

 そんな俺を見た監一も、鍋に巨大な指を突っ込んでジャムを味見した。

「旨い、これは旨いな」

 そう言うとニッコリ笑った。

 その笑顔を見ると、何とも言えない満足感が湧き出た。これだから料理を作るのは楽しい。

 俺も監一にニッコリと笑い返した。すると、突然監一に腕を掴まれた途端、一瞬だけ辺りが真っ暗になった。そして、いつの間にか鍋と共に、厨房に到着していた。

 厨房には、待ち侘びた様子の厨房鬼達と、耕作地で会った耕一達が居た。

「よお、ジャムってやつが出来て、監一が旨いって言ったから、味見しに来てやったぞ。俺様達が育てた苺だ。最初に食う権利がある」

 相変わらず俺様の耕三が告げた。こいつ良くみると、結構男前だったんだ。角が頭になかったら、現世ではモテるだろうな。

「おい、聞いてるのか? それに何故パンツ一丁なのだ?」

「あ、ああ。ごめんごめん。いきなり転移してて、ビックリしたんだ。服も向こうに忘れて来た」

 転移初体験。身体に支障はないようだった。腕だけ転移されてないとかだったら、ビビったと思う、ははは。

「そうだよな。苺とか有難う。初めて作る地獄ジャムにしては、結構上手く出来たと思う」

「鬼団子に合うと言っていたな。ほれ」

 そう言うと、厨房鬼の1人が手渡してくれた。

「で、どうやって食うんだ」

 デモンストレーション出来るって事は、俺も食えるのか?! まじかよ

「え~と、では皆さんに鬼団子の苺ジャムのせをお見せします」

 そう言うと、一礼した。ちょっと調子に乗り過ぎか? でも苦労して作ったジャムだ、ちょっとくらい天狗になってもいいだろうよ。パンツ一丁で全身ジャムだらけだが、、、、

「先ず、鬼団子をこれくらいの大きさに、、、、耕作の鬼さんはこれくらいで、他の鬼さん達は、自身の一口サイズを手に取ってください」

 そう教えると、鬼達は鬼団子を回しながら、それぞれに一口サイズをちぎり手に取った。

「次に、私がさっき作ったジャムを、この鬼団子にのせます。こうやって」

「おおお、旨そうだな」

 次に興奮した様子で、鬼達はしゃもじを手に持ち、ジャム鍋の周りを囲みながら、自分の手の中にある鬼団子にジャムを注意深くのせた。

 意外と皆几帳面である。

「そして、クライマックスは、このジャムのせ鬼団子を口の中にパクっといきます」

 そう言うと口の中に放り込んだ。

「くぅぅぅぅ、旨い」

 満足そうな俺を見て、

「おおおおおお」と歓声が上がった。

 そして鬼達も全員ジャムのせ鬼団子を口に入れた。

「旨い」「これはなかなかの物だ」「苺がこんな風にして食べられるとは」

 鬼達は喜んだ様子で語り合った。

「もっと食いたいが、これは他にも配った方がよさそうだな」

 今厨房に居るのはほんの一部なのだろう。

「器に分けてそれぞれの場所に持って行ったらどうですか?」

 そう提案すると、

「そうだな。そうするぞ」

 あっと言う間に鍋にあったジャムがなくなり、サトウキビの粕だけが残った。

「おい、お前。なかなかやりおるの。気に入ったぞ。これからもどんどん果物を転送してやるから沢山作れ。果物以外にも欲しい物があったら言え。あっそうだ、例の黒い飲み物はどうなった?」

「今日は、ジャムだけで死にそうだったんで、まだです」

「そうか、とろいの。まぁ、いい次を楽しみにしてるぞ」

 耕三はそう言うと、ジャムがてんこ盛りに入った器と共に消えた。

「苺以外にどんな物がいい? マンゴとかもジャムになるのか?」

 耕一達も喜んでくれたようだ。

「マンゴも美味しいです。パイナップルも作った事ないけど、甘味が強いので絶対にいけるはず、、、、です」

「そうか、じゃあ次はそれを調達するとしよう」

「鍋に入ってかき混ぜるのが死の技なので、そんなに1度に沢山の種類は出来ないですが」

「承知した。毎日1種類ずつ送るとしよう」

 そう告げると、耕一と耕次は鬼団子を手に目の前から消えた。

 厨房鬼達には、一通り作り方を伝授した後で、鬼団子の材料を尋ねた。

 小麦粉か米粉に塩とココナッツオイルかオリーブオイル、それに水、時々卵も加えるようだ。これらの材料に酵母を足して作るらしい。酵母は、ここの人間界から葡萄酒や清酒を醸造した時に出る、粕を利用しているようだが、耕作鬼達が樹林から採取した酵母もあるらしい。あとベーキングパウダーはないが、重曹は鉱石が取れ簡単に手に入るようだ。

「完璧である」

 そう心で呟いて、初めてのジャムのお披露目はお開きとなった。

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