第12話 よい笑顔

 しっとりと濡れた栗色の髪、桃色に染まった頬、雪景のように白く透き通った柔肌。どれもこれもが、上質な素材で彩られた匠の逸品とでも言うべきか。自然、視線が釘付け――自然、鼻の奥が熱くなる。


 話を戻そう。


 僕の失念していた箇所はここだ。前回、僕が変態行動をした際にも感じていたことだけど、天子には一般的な善悪に対しての境界線がない。普通なら犯罪の域に入る行動に対してもナチュラルだ。


 ある意味、神様らしいといえば神様らしい。


 人類が裸で生活していた時代から、存在していた可能性もあるからね。だけど、時は令和――一般社会、現代なわけで。


「む、どうした? 謝らぬのか?」


 そりゃ、激しく無理難題を言ってくれるね。

 んんっ? 口の周りに違和感が――ぺろり。突然のラッキーイベント、いやいや、アクシデントに鼻血が噴出していたようだ。


 現状を把握しよう。


 第一、ここに来るまでに若干ながら疲弊している。


 第二、水野さんを見つけて頬が緩んだ。


 第三、故意ではなく鼻血を確認してしまった。


 第四、ラミュアにより、シャツが破れてワイルドになっている。


 つまり、僕は今――荒々しい呼吸をしながら、水野さんの裸を前に笑顔で鼻血を舌なめずりして、半裸で野生スタイルということか。


 ハイレベルな登場すぎて涙が出そうだ。百歩、千歩、万歩、ゆずって――客観的に分析しても、やばくない箇所が一つも見当たらない。


 せめて、三項目までに収めたかった――いやもう、そんな問題じゃなくてね。とりあえず、冷静に鞄からハンカチを取り出して鼻血を拭いてみる。ああっ! これ水野さんのやつじゃないか。

 数秒の沈黙、水野さんは全身を朱色に染め、


「……っ。や、やだ。見ないで」


 水野さんから、か細い声が漏れる。


「っそぅほおおお!」


 同時、景色が歪んだ。

 僕は情けない叫び声と共に、廊下の中央辺りまで、強制的にリターン――吹き飛んでいた。あまりの衝撃に意識が消し飛びそうになる。


 簡潔に言おう、水野さんのグーパンチだ。


 想像を絶する速度、破壊力が僕の顔面を襲った。痛いなんてものじゃない――首から上が吹き飛んだかと錯覚するほどに、ラミュア並の脅威が垣間見えた。

 悶絶しながら倒れる僕の真上、大きな影が覆いこみ、


「姫になにをしたのかな? 逆巻くぅん!」


 そう、ラミュア並の――ほほっ、ほほぉお! 

 噂をすれば、死神が復活していた。回復力、高すぎない? て、天子ぃ! と、涙目で助けを懇願するが、


「……いかぬ。これ以上は危険じゃ」


 天子が首を横に振る。

 き、危険? 確かに、危険だ。僕の生命の灯火的な意味で。しかし、天子が言う意味合いは違うように感じる。

 霞んでいく意識の中、僕が最後に見たものは、


「ははは。捕まえたぞぉ」


 二度目まして、ラミュアの素晴らしい笑顔だった。

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