第28話 雷坂弘樹という男
死?
言っている意味がわからず、僕は怪訝な顔をしていただろう。雷坂は不意に方向転換をして、コース外へと僕を引っ張って行く。あれ、あれれ? 先ほど指差した場所とは、全く違うところに向かってるよ。
……目の前に崖、壮大な景色が広がる。
うーん、この雄大な自然を見せてくれようと思っていたのか――なんて言うほど、僕は鈍感ではないし危機感がないわけでもない。しかしながら、今の体力で雷坂に抵抗したところで勝ち目はないだろう。
つまり、ないない尽くしというわけだ。
「……雷坂、僕をどうするつもりだ?」
「ここから落とす」
「率直すぎないかな? 落とされる理由もわからないよ」
「安心しろ。夕凪君にはお前が急に走り出して、崖から元気にダイビングしたとでも言っておくさ」
「割と本気でリアルな話、さすがに死んじゃ――」
「ああ、一秒でも早く死んでほしいんだ」
「――つっ!」
一片も躊躇せず。
雷坂の姿が、一瞬にして視界から遠ざかる。まずい、まずい、まずい――天子、天子ぃいい! 即座に助けを求める。
病み上がりに、またしても『神人』はどうかと思うけど、出し惜しみをしている場合じゃない。早く、早いとこ、この状況を――、
「天、子? 天子!?」
――返事がない。
いつもなら、仕方ないのうとかなんとか、高慢な態度が返って来るはずなのに。冷たい汗が頬を伝う、地面までの距離は残り数秒もないだろう。
……どうする? どうする? どうする?
なんて、現状で僕だけにできることは一つしかない――巻き戻せ、巻き戻すんだ! 僕は強く念じる。
――『巻き戻れ』――
地面に足が付く。
浮遊感から抜け出し、自然とバランスが崩れた。周囲を見渡すと、つい先ほどに見た光景――目の前には先頭を行く雷坂、続いて水野さん、最後尾には僕、と。焦る余り、巻き戻した時間はごく僅かだったようだ。
天子、天子? と、脳内で声を掛けてみる。が、やはり返事はない。なにかのアクシデントに見舞われた? しかし、原因は思い付かない。
……この数分後、僕は雷坂に崖から突き落とされる。
「はぁ、はぁ」
さぁ、天子もいない状況で――どうする?
押し寄せる疲労感、荒くなる呼吸、隠しきれるわけもなく、このままでは――同じ道をたどってしまう。水野さんが心配そうに僕を見やり、
「逆巻君。大丈夫?」
「はは。大丈、夫だよ」
「本当に? 無理しないでね」
「……よし、ここらで少し休憩を挟もうか。あの木陰まで行こう。あそこなら、道行く人の邪魔にならないだろうし」
次いで、雷坂が言う。
「……気持ちだけ受け取るよ。本当に僕は大丈夫だから、先に行こう」
「無理はよくないさ。夕凪君、念のため先生に報告をして来てくれないかな? 少し遅れる旨だけを――」
雷坂が肩を貸してこようとし、
「手間が省ける、って言いたいのかな?」
その善意に見せかけた悪意を、僕は振り払った。
「――予想通り。『神力』を身に宿しているようだな」
僕の一言に驚くわけでもなく、雷坂は平然と答える。
言った。今、確かに『神力』と言った。予想通り、とはどういうことだ? 一体、こいつは何者なんだ? どこまで知っているんだ? 疑問ばかりが浮かぶけど――唯一、わかることがある。間違いなく、僕の敵だ。
互い睨み合いが続く。そんな中、困惑したような声で、
「ふ、二人共、急にどうしたの? なにかあったの?」
水野さんが問う。
「……仕方ない。あまり、この手は使いたくなかったが、夕凪君がいる手前に文句も言ってられないか」
雷坂は僕から視線を外し、水野さんを見やり、
「『自ら落ちろ』」
不敵に呟いた。
同時、どこかで静電気のような音が鳴り響き――、
「あれ? どうしたん、だろう。あれ?」
――水野さんが声を上げる。
異変。言葉から察するに、雷坂がなにかをしたんだ。おぼつかない足取りで、水野さんがどんどん道から外れていく。
「おや。夕凪君、どうしたんだい? そっちは、コース外だよ」
一歩、また一歩と、
「水野さん!? 雷坂、なにを――」
「さあ、お前の能力とやらを見せてみろ」
「――く、そっ!」
完全に負けキャラの一言だ。
二度目にしても、同じような状況を――僕は全力で地面を蹴り飛ばす。間に合え、間に合ってくれ! もっと警戒するべきだった、なんて後悔しても遅い。
水野さんは真っ逆さまに、崖から落ちて行き――、
「水野さんっ!」
――見覚えのある景色、雄大な自然が広がった。
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